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2012年11月現在,南和田には1社を確認しました。
星宮・磐裂神社
[ほしのみや・いわさく神社]
栃木県さくら市南和田606
旧地名:塩谷郡喜連川町大字南和田606
祭神:磐裂命・根裂命 境内社:稲荷神社・加茂神社・愛宕神社
社号は「磐裂神社」または「「星宮神社」
25号烏山矢板線が114号線と交差する三差路を西に行って江川を渡り,最初の信号を左折してすぐ右手の山腹に鎮座。
新調の旗杭が道路脇に立ち,石製鳥居が見える。
一直線に石段を上ると社殿。
外側にはどこにも社名を示すものはない。
朱鳥元年686の創立といわれるので,要は創建不詳の古い神社。文政八年1825九月再建。昭和22年に修理が行われ,大社造の萱葺が現在までにトタン葺きに改修されている。
●社号は昭和のどの時期かに磐裂神社から星宮神社に変更されたらしいが,時期と理由は不明である。
明治35年の沿革誌と『栃木県神社誌』昭和39年2月11日発行では「磐裂神社」で記録されている。
拝殿内の昭和51年10月2日付け栃木県神社庁の感謝状宛名は「南和田 磐裂神社殿」
昭和52年発行の『喜連川町誌』には「磐裂神社」
『栃木県神社誌』平成18年7月12日発行では「星宮神社」。拝殿内の和紙に書かれた由緒書きには「星宮神社」
ここから推測するに昭和52年1975までは「磐裂神社」で,平成18年2006までの30年の間に,いつからか「星宮神社」に呼び名が変わったことになる。社お隣の方のお話しでは,現在は「星宮」というが「磐裂」も記憶にあるとのことだった。いずれの社号でも祭神に不整合は生じないが。(参項:喜連川町と氏家町が合併してさくら市になったのは2005年3月28日)
*『下野神社沿革誌』巻八-13丁 明治三十五年1902
那須郡上江川村大字南和田鎭座 村社磐裂神社 祭神磐裂命・根裂命 末社四社 氏子十八戸 本社勧請年月不詳社域三百十八坪字東山に在り


田んぼ側から

明治三十一年1898鳥居

長い石段

社殿が見えてくる

右手に2社

左:稲荷神社,右:愛宕神社

震災で崩れた石祠

拝殿右手

昭和3年狛犬


石工手塚昇三郎

本殿

紙に星宮神社の文字

額に磐裂神社の文字

水田を見下ろす



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