西川神社群
栃木県日光市西川

道の駅湯西川から249号線を平家の里方向にトンネルをひとつくぐる。すぐ右手に湯西川ダム建設によって移転を余儀なくされた方々の新居が建ち並ぶ。人々の移転とともに水没した神社が住宅地の一角にまとめて祀られた。
仮称「西川神社群」,2012年7月現在,道の駅湯西川の案内所でも,まだ正式名称ではないといっている。
元の鎮座地の地図と4社の解説看板があるので,下の写真2枚目を見て欲しい。
2010年の5月ころには遷座を完了したらしい。
最新式の旗杭と鳥居が4社分新築され,覆屋が整えられている。一社に合祀でなく,このように神社公園の形で遷座され残されたことは喜ばしい。精神的支えに対する公的出費はどんどんやるべきだ。だれにも現在における暴挙に説明をつけられないのだし,発案者が誰ひとり責任を負うわけではないのだから。
神社の役割のひとつに周辺環境の保護があり,社とともに樹木,植物,苔類,菌類が守られる。水没によってそれらは永遠に失われる。神社公園という形式によって,新たな役割が与えられるだろうか。5百年千年後に答えが出るだろう。道の駅では「西川上野神社コース」と名付けて散策コースのひとつに加え,パンフレットを発行している。

入り口右手の大山祇神社から

元の鎮座地の地図と解説

道の駅方向

高房神社

右は大神宮,中央石祠は八坂神社

高房神社

大神宮


大神宮鳥居

春日神社

春日神社燈籠は安永七戌年1778

春日神社

八幡社大神,横向きの石祠は愛宕神社


西川九地蔵

石祠は宇迦御魂之大神(稲倉魂命)


上野の十一地蔵

大山祇神社三社

大山祇神社

万栗沢,あと二社は奥田沢,赤下沢

右水道記念碑・明治二十八年1895

左は西川山林の碑

勝善神二基,左は大正十二年

不動様

西川集会所を見下ろす

住宅地道路沿いに春日大明神入り口の看板が



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