天満宮

[てんまんぐう]

栃木県芳賀郡芳賀町西水沼1723

主祭神:菅原道真公
境内社:上宮神社。本殿裏手:琴平神社・薬王神社・金比羅神社。本殿右手:浅間神社・稲荷神社・不明社・八坂神社・大杉神社・山神神社。左手奥に境外社の豊岡稲荷神社。
嘉永元年1848石燈籠。
貞永二年1233創立。古くは北原天神と称し,維新に際して天満宮に改称。
東に芳賀町を見下ろす野元川右岸の丘陵頂部に鎮座する。国道123号線の出光給油所のとなりに見える朱色の大鳥居が天満宮の一の鳥居である。車でくぐって道なりに進むと案内板が数か所建っていて坂を上ると駐車場に着く。
とても立派な神社で小生がとくに付け加えることはない。詳しくは看板写真をご覧ください。
*『下野神社沿革誌』6巻41丁 明治三十六年1903
芳賀郡水橋村大字西水沼鎭座 郷社天満宮 祭神菅原道眞朝臣命 祭日陰歷小祭正月大祭九月 建物本社間口六尺奥行仝檜小羽葺 雨覆間口三間半奥行仝 幣殿間口九尺奥行二間石葺 拜殿間口四間半奥行二間萱葺 神樂殿間口四間奥行三間半栃葺 社務所間口四間奥行三間萱葺 末社十社 木華表二基 御供水井覆舎一棟 盥漱盤覆舎一棟 制札一ヶ所 氏子百二十戸惣代三員 社司月江玉置那須郡那須村住 社掌入江眞澄仝字住 …略… 
本社創立遼遠にして未た詳にせすと雖も本社を勧請せしより筑紫の水沼に模擬し村名を水沼と改め長崎の渡船塲大船戸を凝し字船戸と稱し京都北野の一字を取りて社地を北原と名付けて船戸北原天神と稱し明治維新に際し天満宮と改稱し郷社に列せらる,社域一千百四十九坪高燥の地にして境内には古杉老杉森々と繁茂し神寂ひて古雅を帯ふ 社前の西側には梅櫻榊を植ひ花時には一簇の香雲老樹の深翠と相映し眺矚頗る佳なり
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
芳賀郡 正一位 天満宮 西水沼郷舟戸 入江大和

駐車場の沿革看板 鳥居脇の沿革看板 茅の輪
神楽殿
手水舎 井戸
社務所
神輿庫 本殿解説
本殿裏手 中央:享保十三年1728
御神木のハルニレ
大雷神宮

大雷神宮

[だいらいじんぐう]

栃木県芳賀郡芳賀町西水沼1124

主祭神:大雷神
常珍寺すぐ北のカーブに駐車して歩く。最初左手に入ったが,はずれ。こちらには三本杉に囲まれて六手観音が祀られている。ちょうどお参りに来られた方に神社の場所を教えていただいた。もう一本下の道の左手に石段があるという。
平成17年の石鳥居額は「雷神宮」。脇に「雷神様鳥居石段改修記念」碑。通称「雷神様」のようだ。杉に囲まれた参道の奥に社が見える。昭和弐年の奉納額に「大雷神宮」
覆屋の屋根裏に打ちつけられた板書に「雷神社」の文字がかろうじて読める。社殿改築の棟札のようだが,よく読めない。
手前の石燈籠のひとつは「寛政三辛亥天1791十一月」200年以上前のものだ。
鳥居額は「雷神宮」
大雷神宮の文字 寛政三年1791
背後の山林 入口の石段 近くの石像
御嶽

御嶽神社

[みたけ神社]

栃木県芳賀郡芳賀町西水沼2240

主祭神:大雷神
宇都宮市から123号線で清原東小を過ぎ,1キロ先坂を下る途中の信号を右折すぐ。上の方に真っ赤な鳥居が見える。季節柄草ぼうぼう。社号を示すものは見当たらないが,内部に「御嶽神社修繕寄附者名簿」板書がある。
社殿背後は一見の価値あり。御嶽大神は明示卅五年1902,勝善神は明治三十八年1905,ここまではふつうだが,写真のように金精様がズドンと立ち並んでいる。このあたりも震災被害が大きかったところで,壊れた石祠が周りに積んである。
痛みが進んでいる 鮮やかな鳥居 上部板に社号
御嶽大神 勝善神
倒壊した石祠
田園が広がる 交差点から見える
稲荷

稲荷神社

[いなり神社]

栃木県芳賀郡芳賀町西水沼27

主祭神:倉稲魂命
五行川と野元川にはさまれた田園地帯に鎭座。
以前はすぐ南の水田の中に鎮座したが土地改良の際に昭和44年1969現在地に遷宮。
付近で作業中の氏子の大島さんがわざわざ戸を開けて下さり由緒を見せていただくことができた。感謝。
もっと小ぶりの本殿を想像していたが,腕を伸ばしても屋根の天辺には届かない。
昭和50年1975に板書された由緒に嘉永二年1849本殿建築,明治十一年1878改築,昭和50年1975突風で大破したため同年修復とある。神前に植えた榊は残念ながら枯れてしまった。
昭和60年1985奉納の鏡に「植木内鎭座稲荷神社御寶前」と彫られている。
昭和十三年1938の旧二月二日初午の神札に「西水沼植木内鎭座」とある。現在の例祭は12月19日に行われている。
平成18年2016鳥居 平成18年記念碑
本殿 由緒書き
 
榊の跡 昔はこの水田に鎭座

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