「安住神社」与能1051「御霊神社」与能1514「八坂神社」与能1945
「高龗神社」与能291 と給部の「高尾神社」は「芳賀町の高お神社」に収録しました

安住神社

[やすずみ神社]

栃木県芳賀郡芳賀町与能1051

主祭神:表筒男命、中筒男命、底筒男命、大山祇命
境内社:琴平・稲荷神社 境外社:雷神社・白山・富士浅間神社
延暦十二年793上与能村西ノ方字チアミの地に創立。元慶二年878奥州征伐の時,落人けあみをかくまって戦禍により全焼。延喜四年904社殿再建。江戸期には「山王大権現安住大明神」と呼ばれたが,江戸末期の安政四年1857「安住山王神社」と改称。維新前にすでに大明神・権現から「神社」への称号変更が神祇領により実施されていたことが分かる。
境内社のうち神札で分かるものは「鹿島神社」「大杉神社」「稲荷神社」「?嶋神社」
*『下野神社沿革誌』6巻40丁 明治三十六年1903
芳賀郡祖母井村大字與能鎭座 村社安住神社 祭神表筒男命中筒男命底筒男命 祭日陰歷九月廿九日 建物本社間口八尺奥行五尺小羽葺 雨覆間口四間奥行仝 幣殿間口九尺奥行二間 拜殿間口三間奥行二間萱葺 木鳥居一基 末社六社 氏子百余戸惣代三員 社掌入江眞澄水橋村大字西水沼住 本社創立年月遼遠にして詳かならすと雖も安政四年1857三月神主入江美濃正氏子惣代鹽田幸八同伴して上京し神祇管領長上へ請へ安住山王神社の神號を賜はらる 明治五年1872安住神社と改称し村社に列せらる 社域一千四百八十四坪平地にして嘉永年中鹽田榮助杉苗七百余本を寄附し境内に植付けしか今森々と繁茂して社殿を擁し神寂ひて頗る雅致あり
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
芳賀郡 山王大権現安住大明神 与能 入江大和
長い参道  
大正七年1918
増淵善祥刻 神楽殿
覆屋に各1社
本殿の「安住山王神社」額 バス停与能

御霊神社

[ごりょう神社]

栃木県芳賀郡芳賀町与能1514

主祭神:不明
安住神社北800mほどの水田に鎭座。詳細不詳。
社号を示すものは見当たらず。社殿・鳥居ともかなり損傷が進んでいる。
社号はGoogle地図に「五陵」で載っているが「御霊」だろう。喜連川町の御霊神社もGoogle地図には「御領」と領地の領で載っているがまちがい。こちらは額文字や古資料で正しい社号が確認できる。芳賀郡では益子町大沢に御霊神社がある。
本殿
石祠一基 水田の中に鎮座

八坂神社

[やさか神社]

栃木県栃木県芳賀郡芳賀町与能1945

主祭神:素盞嗚命
五行川沿いの広大な田園地帯に鎮座。詳細は不明。
神明鳥居の額のデザインがユニークで,笠木と貫の間に嵌め込まれ,社号は横書きである。
横書きの鳥居額
鳥居右手
右手に与能二番公民館 二十三夜供養塔

 芳賀町の神社目次 
 ページトップ