鹿沼市千渡・二荒山神社・大杉神社・浅間神社

二荒山神社

[ふたらさん神社]

栃木県鹿沼市千渡361

祭神:大己貴神・田心姫神・味耜高彦根神 配神:大物主神・素盞嗚神・大山祇神・猿田彦神・大日靈貴神・磐裂神・大綿津美神・火産霊神・伊弉諾神・菅原道真公
宇都宮から鹿沼街道を行き千度の駐在所手前の信号を右折,ほどなく道路沿いに八ツ寺山宝性寺,つづいて「千渡二荒山神社入口」案内板が見える。武子川の東側。
一の鳥居左手に大正二年1913五月六日社号標。
一の鳥居柱に「奉再建石鳥居・明治三十三年1900・xxx万歳」
年月は読めないが明治期の二の鳥居。
石垣前に並ぶ6基対の石燈籠は右端から文久三癸亥1863三月吉日,明治十九年1886,明治三十五年1902。石垣正面左端に「萬延元年1860庚申塔」
『栃木県神社誌』昭和39年には大同年間806~10の創立。現行の社殿は文化元年1804再建のもの。境内地727坪。『下野神社沿革誌』とは齟齬がある。
境内左手に二社。
「大杉神社 祭神大物主命・文化九年1812十月一日再建し大正三年1914五月復再建する」「明治廿九年1896四月吉日字千渡氏子」
「稲荷神社 祭神倉稲魂神・文化九年1812再建と同時に豊年神社を合併する」「明治三十年1897十一月吉日」
拝殿右に「昭和三年社務所増築寄附者連名」額。 拝殿側面に「明治二十二年1889二荒山神社太々御神楽」「明治二十二年1889伊勢太々御神楽」の額。
本殿覆屋軒に大正三年1914二荒山神社額と同年の何かの寄付者名額。左手にも何かの寄付者名額。一枚板が外れていて何の記念かは分からないが金銭ではなく小麦が寄附されている。
石垣柱に「大正四年1915十月廿九日増築」
右手石垣の外に「大正三年1914年・神社合祀社殿改築」記念碑。背面に「杉檜苗九百五十本・櫻二十三」などが読める。
『角川日本地名大事典』には「字後田に神明宮神社」とあるが見つからない。
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 3巻19丁
上都賀郡菊澤村大字千渡鎭座 村社二荒山神社 祭神大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命 本社間口一間一尺奥行一間 末社三社 氏子九十一戸 本社は寶曆十年1760九月一日の建立にして文化九年1812正月二日再建上棟祭及ひ遷宮式を執行せり社域三百十一坪字明の内に在り
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 日光大権現 千渡村民

明治期の石鳥居2基 瑞垣で囲まれた境内
拝殿右手 拝殿左手
石燈籠6基 手水舎
左手に境内社
拝殿の太々神楽額 本殿覆屋に額
神社合祀社殿改築碑
記念碑背面
庚申塔 社務所 この道の奥に鎮座
道路沿いの標識 宝性寺標識 宝性寺入口右手に不明社
大杉神社

大杉神社

[おおすぎ神社]

栃木県鹿沼市千渡489

二荒山神社のすぐ北右手に入ったところの小ぶりの森に鎮座。社務所は見えるのだが本殿は木立に隠れている。石燈籠一対。石祠二基。
 
 
 
浅間神社

浅間神社

[せんげん神社]

栃木県鹿沼市千渡1213

宇都宮から鹿沼街道で千渡交差点手前を右折してすぐ。大谷石三段積みの土台に板囲いの一風変わった社殿の格子越しにフラッシュを焚いてみると,「富士浅間大神」「浅間大神」の額。左右に板絵があるがよく写っていない。
明治三十五年1902石燈籠。
 
 
大杉神社

大杉神社

[おおすぎ神社]

栃木県鹿沼市千渡1214

上記浅間神社のすぐ西。「大杉神社」の鳥居額。左手に「宿大杉神社神輿庫」。拝殿や本殿はなく,鳥居の奥に石祠が五基並んでいる
中央の「白雲山」に天明戊申歳1788の文字。左端の石祠は明治四十年1907。右端の「勝善神」は明治四年1871。背面に「千渡村宿坪」と読める。他は不明。
ここから少し北に行った田園地帯に「前林大杉神社神輿庫」がある。
大杉神社額  
前林大杉神社神輿庫  

 

 鹿沼市の神社目次へ 
 ページトップ