山神社

[さん神社]

栃木県鹿沼市柏木17

主祭神:大山祇命 境内社:水神社・八坂神社・厳島神社・八幡神社・稲荷神社・愛宕神社
口粟野から15号線で西に粕尾川(思川)沿いに進み柏木橋を渡って山道入口に鎭座。
ひっそりと山裾に佇んでいるが大化改新以前の創建と伝わる下野古社19社の一つである。
おもしろい言い伝えが残っている。豊城入彦命がこの地に住んだとき山の神と水の神を祀ったという。東国平定神話の時代の創建というわけだ。
康平四年1061に源義家が奥州討伐にあたり山神社に戦勝を祈願し,事成って凱旋の際,太刀・鏡・具足を奉納したことが神山家伝来の古記録「神山由来」に記載されている。そうとうの古社であることはまちがいない。
『栃木県神社誌』旧版では[やま]のルビだったが新版では[さん]に訂正された。土地の方も[さん神社]と呼んでいる。
背後に岩山を背負い,前の谷は現在でも土石流が発生する険地に鎮座する。コンクリートでせっかく堀を整備したが,2015の豪雨の際には堀の脇に土砂が流出してきてしまった。社殿は安全な位置に造営されている。
「天明六丙午1786三月吉日」石燈籠。 例祭:11月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』(1800年頃)
都賀郡 山神社 柏木村民
*『下野神社沿革誌』巻3-45丁(明治三十五年1902)
上都賀郡粟野村大字柏木鎭座 村社 山神社 祭神 大山祇命
建物本社間口一尺一寸奥行一尺九寸 氏子六戸
本社創立不詳 社域坪数等不明なり 境内には雨覆及末社華表等ありて頗る瀟洒なり
修復されている 天明六丙午 左手
境内社2社 境内社3社
伐採された
橋を渡る
土石流の跡 柏木橋
天満星宮神社

天満星宮神社

[てんまんほしのみや神社]

栃木県鹿沼市下粕尾521

主祭神:菅原道真公 配神:磐裂神・根裂神・経津主神
境内社:稲荷神社・豊年神社(大歳神)
旧地名:上都賀郡粟野町下粕尾宮ノ下 昭和30年1955以前は粕尾村大字下粕尾
口粟野から15号線で西に粕尾川(思川)沿いに進むと,右手に鳥居。
道真公の生誕以前の天平神護二年766創建なので,祭神は高皇産霊神であった。維新前は「星宮大明神」と称し,江戸後期前のどこかで「星天神宮」と称していた。
維新の際に「天神社」に改称し,現在は「天満星宮神社」が正式名称。 昭和十八年1943の社殿改築碑にも「天満星宮神社」とあり,昭和三十九年1964「神社植林地造成記念」碑にも「こゝ粟野町下粕尾宮前平一八三三ノ二番地山林…天満星宮神社…」と刻まれている。
星がついた時に祭神に磐裂神・根裂神が祀られ,天神宮から道真公が祀られたのだろう。
天平神護二年創建説は『下野神社沿革誌』によるもので,天平神護二年に本殿屋根の小板葺きをした記録が残っているとのことなので,実際はそれよりさらに遡る県内屈指の古社。
ここまでの創建説は『下野神社沿革誌』『栃木県神社誌』昭和39年版,平成18年版に拠ったが,別の創建説が境内石碑に刻まれていた。
昭和二十六年1951「境内地譲與記念碑」に「當神社は天慶四年941正月二十五日天満宮として創立せられしが宝永二年1705星宮を合祀せるに及ひて現在の社名を称せり」と栃木県神社庁長による文が刻まれている。『栃木県神社誌』も栃木県神社庁発行なのだが,こちらは確定している創建年と推測する。
左右の狛犬は昭和十六年1941奉納。
明治歳丙申(二十九年1896)中秋寒露の奉納額に「星天満神社」とありハングルも書かれているが読めない。左手の記念碑三基の裏にも欧文が刻まれた不明の石塔がある。
拜殿右手の木製祠は稲荷神社。左手は星宮神社。背後に屋台収納殿。
例祭:10月15日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』(1800年頃)
安蘇郡 星宮大明神 松崎 村
安蘇郡 星宮大明神 下粕尾 村
安蘇郡 星宮大明神 下粕尾 昌蔵院
*『下野神社沿革誌』巻3-48丁(明治三十五年1902)
上都賀郡粕尾村大字下粕尾鎭座 村社 天神社 祭神 高皇産靈命
建物本社間口五間奥行四間 拜殿間口四間奥行二間半 末社三社 華表三基 氏子百二十三戸
本社創立は天平神護二年766三月にして往時は星天神宮とも稱號せし社にして社域七百六坪高燥の地にあり 石磴四十階躋りて拜殿に至る 本社南に向ひ後に高丘を負ひ前には民家及ひ田圃を隔てゝ粕尾川に望む 境内には古杉森々と繁茂し優雅掬すへし
『鹿沼聞書・下野神名帳』には3社記録されており,「松崎」が当社か。「下粕尾 昌蔵院」は「日光三社大権現 上粕尾 昌蔵院」と同じ寺かどうか不明。
左手の境内社
右手の境内社
昭和十六年狛犬 昭和十六年石燈籠
社号が分かる石碑 神社植林地造成記念 社殿改築碑
境内地譲與記念碑 三基裏手の石碑
駐車場は森の北側にある。いったん徒歩で15号線まで戻って道路沿いの一の大正三年1914社号標から進むと文政五壬午1822石鳥居。その先に安政六己未1859石燈籠。ついで旗杭,森の入口に朱色の二の鳥居。石段を上がると本殿。 圧倒されるのが2本の巨杉。社殿左手の御神木は650年を超える。もっと年輪を重ねていそうだが半世紀前の『栃木県神社誌』昭和39年2月11日発行に600年とある。直径約2.2メートル。もう一本も拝殿側から見ると少し若いようだが,南から見ると負けず劣らず,こちらの方が大きいかなと思うほど。直径約2メートル。一見の価値ありです。
鎮座の杜 15号線から 社号標
文政五壬午
安政六己未
二の鳥居 御神木
左の杉も巨木 御神木から鳥居 二番手と三番手
二番目の巨杉 別角度 これも同じ二番手別角度
三番目に大きい杉
星宮神社

星宮神社

[ほしのみや神社]

栃木県鹿沼市下粕尾71

主祭神:磐裂神・根裂神 境内社:浅間神社・八坂神社
15号線で粟野中学校を過ぎ,右手の成和工業入口に平成9年1月建立の「星宮神社」社号標が見える。本殿はそこからずっと奥の山の中腹に鎮座する。
家畜舎脇を進むと,明治四十二年1909石鳥居の先にほどよい石段が伸びていてほっとする。口粟野の愛宕神社石段アレルギーが残っているので。
左右の石宮に「奉再建八坂大神」と「奉再建浅間大神」神札。
下記の『鹿沼聞書・下野神名帳』記載の社に比定できるか定かではないが,下粕尾には他に星宮神社はまだ発見できないので記しておく。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』(1800年頃)
安蘇郡 星宮大明神 下粕尾 村
鳥居と石段が見える
  星宮神社
 
見下す 社号標 天満星宮神社方向
八幡宮

八幡宮

[はちまんぐう]

栃木県鹿沼市下粕尾928

主祭神:譽田別命
天満星宮神社の先,お寺の手前を右に入ると正面に石燈籠が二基見える。杉の参道の奥に社殿。地理院地図に神社マークが付いているが手元の史料には情報がなにもなかったが,覆屋の社号額で八幡宮と判明する。
朱塗りの立派な本殿だ。左手に木製祠。石燈籠に「文久二壬戌1862八月吉日」,もう一基に「元治元甲子1864十月吉日」の文字。江戸末期にはすでに鎮座していたことが分かる。燈籠脇の石塔に「宮沢坪中建x」
  元治元甲子
文久二壬戌 八幡宮 本殿
 
左手  
宮沢坪中
二荒神社

二荒神社

[ふたあら神社]

栃木県鹿沼市下粕尾787

主祭神:大国主命
文明五年1473創建。正徳五年1715再建。昭和十三年1938の布施谷,大越路大火で類焼,翌年再建。
昭和十五年1940石鳥居。明治九年1876石燈籠。
道路沿いに大越路公民館標識が立っているのでそこを入る。公民館に駐車できる。こぢんまりとまとまって,手入の行届いた神社。
奉納額には「山」が付いているが,『栃木県神社誌』にならった。
例祭:8月17日
まとまりの良い境内
二荒山神社
石宮
本殿 本殿
大越路公民館
天満宮

天満宮

[てんまんぐう]

栃木県鹿沼市下粕尾1426

主祭神:菅原道真公
「清流の郷かすお」の裏手,粕尾川沿いの杜に鎮座。情報は何もないが,鳥居額に「天満宮」とある。「奉納天満宮・天保五甲午1834十月吉日」社号標が建てられている。
「文久四甲子1864」石燈籠。
「安政四丁巳1857勝善神」昭和十五年1940狛犬。 日露戦争に徴発された馬を供養する明治二十八年1895「馬力神」,別の同年一基には「青毛八才」の文字が見える。
鳥居は平成19年建立で,現在も信仰されている。清流の郷から少し西に行って左折すると社殿西側参道に出て,駐車できる。
 
本殿
本殿裏手から  
   
馬力神 青毛八才へ愛を込めて 文久四年1864
  西の参道
鳥居下にすぐ粕尾川  
石段は粕尾川へ   鎮座の杜

 

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