鸕鷀草神社

[うがや神社]

栃木県宇都宮市満美穴町32

主祭神:鸕鷀草葺不合命[うがやふきあえず]・彦五瀬命・稲飯命
満美穴は昔は板戸に属し,そののち満美穴西部を板戸下組と称し智賀都神社を奉祀した。長和元年1012八月の中鬼怒川の大洪水で家屋を流失し,現在地に移住して満美穴と称した。その後,刈沼新田と村名を変えたが,明治四十三年1910再び満美穴に改称した。
往古より鬼怒川洪水の水難を憂い「龍神」を奉祀してきたが,文政十一年1828の大洪水で社殿を流失し,翌文政十二年1829十二月四日字峰に水難除けに龍神を祀り,鸕鷀草神社を創建した。氏子の信仰厚きをもって以降ひどい水難からまぬがれてきた。
鬼怒川の東を走る408号線から東に入った丘陵に鎮座。水田越しに鮮やかな朱色の両部鳥居が見える。社殿は南面しており,そちらの方角にも石鳥居が立っている。
両部鳥居脇に安政二年1855の南無なんとか石塔。「左いたとうちい」(板戸・氏家)と読める。右は読めない。左手にお堂が二棟。馬力神,六面観音など九基が保存されている。
すぐ下の用水を南下すると下記の三祖神社に至る。
『鹿沼聞書』に「苅田」と植字されたが,刈沼新田である。文政以前の記録なので鸕鷀草神社の名はまだなく「八龍神社」で収録された。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』(1800年頃)
芳賀郡 八竜神社 苅田新田 薬師院
*『下野神社沿革誌』巻6-44丁(明治三十六年1903)
芳賀郡清原村清原村大字刈沼新田鎭座 村社 鸕鶿草神社 祭神 鸕鶿(鷀)葺不合命
建物本社一間四方 拝殿間口二間奥行二間半 氏子百二十一戸
本社創立不詳 社域六十九坪及ひ社有財産山林四畝廿四歩を有し字峯に在り

両部鳥居から上ると側面に 石鳥居方向
鉄塔の先に三祖神社 道標
鬼怒川方向から
三祖神社

三祖神社奥宮

[さんそ神社]

栃木県宇都宮市満美穴町477

主祭神:天之御中主大神・高皇産霊大神・神皇産霊大神 配神:天照皇大神・富士浅間大神・日本武大神・正八幡大神・天神地禱八百万大神ほか阿久津氏祖先霊
宝永年間1704-11の創建と伝わる。これがおそらく阿久津家の氏神さまなのだろう。明治初期に阿久津家の入り婿が三祖神社を創立する。
バス停三祖神社前に立派な石製両部鳥居があり,駐車場が完備。つぎに見える藁葺き門は社務所入口で,奥は宮司さんのお住まいなのでむやみに入ってはいけない。社務所前を進むと,左手に神輿庫があり,右に折れて道なりに歩くと山裾に石鳥居が見える。
狛犬が五基あり,このうち小ぶりの一対が見事な造り。
狛犬一基 手水舎改修碑・平成十四年
手水舎改修碑・平成十四年 祖霊社
拝殿 精緻な狛犬
本殿
鉄塔の先に鸕鷀草神社 道路沿いの鳥居
社務所には入らないように 神輿庫 鬼怒川方向から

 

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