長良神社

[ながら神社]

栃木県宇都宮市宝木町1-170

主祭神:事代主命
境内社:稲荷神社・八坂神社
中央女子高正門前,南西すぐに鎮座。
寛文十一年1671十一月十九日上野国邑楽郡江黒村鎮守を勸請して創建。
少し北の細谷町590にも長良神社が鎮座する。
* 『下野神社沿革誌』5巻33丁(明治三十五年1902刊)
■河内郡國本村大字寶木鎭座 村社長良神社 祭神事代主命 祭日陰暦九月十九日 建物 本社間口二尺奥行三尺栃葺 鳥居一基 氏子六戸総代一員 社掌小堀長十郎
本社は字江黑に在りて社域六百十坪を有す
本殿 左手の石祠 右手の石祠
寛政二年1790庚申塔
鳥居脇の馬頭観世音
手水石
神明宮

神明宮

[しんめいぐう]

栃木県宇都宮市宝木町1-45-40

主祭神:大日孁貴命
境内社:愛宕神社(軻遇突智命)・稲荷神社・琴平神社・八坂神社
中央女子高の西,たいらやの北。
この神社は金網で囲まれ,鍵までかかっていて鳥居をくぐって参道に入ることはおろか賽銭をあげることすらできない。何かわけがあるのだろうが参詣者を拒絶している。
『栃木県神社誌』昭和39年版の269頁に神明宮が2社掲載されていて,旧住所は「宝木町2142」「宝木町1ノ2142」で2142は同じ。内容はほとんど同じで,境内地まで336坪で同じ。氏子数が17戸と50戸で異なり,宮司さんが別人なので2か所にあったのだろうが,1つしか見つけられなかった。
由緒もまったく同文で,上野国邑郡藤岡から移住してきた集団が故地の神霊を勧請して寛文十一年1671に創建とある。
上記の長良神社は「邑楽郡」,こちらは「邑郡」だが邑楽郡の誤記で,創建年月は長良神社と同じ。六所神社もまったく同文だが「邑楽郡」と書かれている。群馬県邑楽郡[おうらぐん]から宝木に移ってきた一族が宝木・細谷に定住した。宝木の地名「細谷」「足次」「新里」「江黒」「藤岡」は邑楽郡の村名からとっている。
* 『下野神社沿革誌』5巻33丁(明治三十五年1902刊)2
河内郡國本村大字寶木鎭座 村社神明宮 祭神天照皇御神 祭日陰暦九月十九日 建物 本社間口三尺奥行四尺栃葺 鳥居一基 氏子十二戸総代三員 社掌小堀長十郎
本社は字高谷林に在りて社域三百三十六坪を有す
手水石
右手に石祠
宝田神社

宝田神社

[たからだ神社]

栃木県宇都宮市宝木町2-938-3

山崎公民館奥に林を背後に玉垣が積まれ,石祠が三基。玉垣左手に天保十一年1840庚申塔など六基。
中央石祠に神札が納められており「寳高水」の3文字だけ読めるがなんのことか不明。昭和十五年1940石鳥居。
竹垣
東隣りのお宅の石祠 男體山
柿塚神社

柿塚神社

[かきづか神社]

栃木県宇都宮市中戸祭1-13-9

主祭神:不明
境内社:初辰稲荷神社
中央女子高から東進し日光街道の手前左手に鎮座。道路沿いに鉄製朱色の一の鳥居,路地を入ると正面に石製二の鳥居。その左手に稲荷神社の真鍮製鳥居。
覆屋の中を見ると,立派な石の玉垣があり,木製の小ぶりの本殿が祀られている。
左端は神輿庫で精巧な神輿と「石橋町無形文化財技術保存者・神輿師小川政次作」の木札が見える。
その右隣りの覆屋内の石祠は初辰稲荷神社。
一の鳥居 社号標
本殿
稲荷神社鳥居 左は神輿庫 神輿

 

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