十二社神社

[じゅうにしゃ神社]

栃木県宇都宮市関堀町145

主祭神:天神七代・地神五代 境内社:大杉神社
延応元年1239創建。
宇都宮環状線関堀交差点の北東に鎮座。付近には石蔵のある農家が何軒も建ち並び,歴史を感じさせる。
平成21年建立の新しい鳥居。拝殿前に大正二年1913石燈籠が一対あり,それ以前の燈籠・石塔は右手奥にまとめて保存されている。その奥に大正七年1918日清日露戦役徴発馬を顕彰した勝善神石塔。
大正二年石燈籠には「十二社神社」,拝殿額も「十二社神社」。『栃木県神社誌』昭和39年版では「十二所神社」,下野神社沿革誌では「十二神社」で記録されている。江戸期には「十二社大権現」と称した。
*『下野神社沿革誌』5巻13丁 明治三十五年1902
河内郡豐郷村大字山本鎭座 村社十二神社 祭神天神七代地神五代の神 日本書紀の神名なり
建物本社間口一尺五寸奥行三尺 拝殿間口四尺奥行二間 末社三社 氏子二十一戸
本社勸請年月詳ならす 社域百六十一坪字西所に在り
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
河内郡 十二社大権現 堀

十二社神社額
年代不明 十二社神社の文字 神輿倉
神輿
勝善神 旗杭 付近の石塔
浅間神社

浅間神社

[せんげん神社]

栃木県宇都宮市八幡台14-20

主祭神:木花咲耶姫命 配神:磐裂命・根裂命
境内社:雷電神社・八坂神社・子安神社
例祭:7月27日 秋大祭:10月29日
鳥居右奥に「由緒沿革」板書が掲げてあり,下半分が読み取りにくいが,概ね次の通り:創建不詳。往古は「富士浅間」と称したが,維新に際し「浅間神社」と改称。大正三年1914字堂前星宮神社を合祀。大正四年1915境内地模様替並社殿移転改築。昭和48年1973宅地造成に伴い神域の小高い山を平地に造成し,昭和50年1975鉄筋コンクリート造り銅屋根葺朱塗り社殿に改築した。
社殿左手奥に石祠が立っており,小さい額を読み取って見ると「浅間神社奥宮」とある。平地に造成する前の山頂にあったらしい。
神社北裏手に下りると「木造聖観世音菩薩立像」を納めた山本公民館がある。
*『下野神社沿革誌』5巻11丁 明治三十五年1902
河内郡豐郷村大字關堀鎭座 村社淺間神社 祭神木花開耶姫命
建物本社間口四尺奥行五尺 氏子十二戸
本社は字富士山に在りて往古は富士浅間と稱せしか明治維新の際より浅間神社と改稱し村社に列せらる 社域二百八十八坪を有す
鳥居額 由緒沿革
昭和50年新築記念碑 奥社 奥社額
境内社があった
右手上に神社
公民館 聖観世音菩薩立像解説 公民館右手の安政四年1857十九夜塔
裏手の聖観世音菩薩立像解説 公民館への石段途中 公民館への石段途中
公民館から神社への坂に 神社裏から公民館を 市内を見下ろす
神明神社

神明神社

[しんめい神社]

栃木県宇都宮市上戸祭町246

主祭神:天照皇大神 境内社:東照大権現・宇迦之御魂神
宇都宮北道路入口の三角地,高圧鉄塔の下に鎮座。社号を示すものは見当たらない。
昭和41年建立の石鳥居の奥に石祠三基。神札が納められており,左が東照大権現,右が宇迦之御魂神。
石祠背面に「明治十二年1879」と刻まれている。
中央が本殿 宮環方面
コンクリートは北道路 宮環歩道から
歳徳神社

歳徳神社

[としとく神社]

栃木県宇都宮市富士見が丘2-22

宇都宮市中心部の北方,田川右岸の丘陵を削って造成された住宅団地の南端に鎭座。済生会病院や福田屋百貨店を見下ろす高台に位置する。
縁起の良い方角である恵方にいらっしゃるのが歳徳神で,福徳の神として信仰される。恵方は毎年十干により四方角変わるので歳徳神社の場合は自分の立ち位置を変化させるのだろうかと素人の小生は悩んでしまう。
栃木県には酒造組合のメンバーによって構成される「県恵方呑み推進実行委員会」があって,節分の日に日本酒を呑む恵方呑みをPRしている。2017年1月27日には委員会の代表がここ歳徳神社に県産の地酒を持参して御祓いを受け,2月3日の節分のイベントでお清めされた酒を振る舞った。
【参考】恵方呑み
鳥居脇に稲荷神社 境内西端の社

 

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