日枝神社

[ひえ神社]

栃木県宇都宮市新里町乙340

主祭神:大山咋命 境内社:稲荷神社
鳥居前に神郷公民館。鳥居左手に「宗円獅子舞」案内板。鳥居足下に年代不詳の狛犬2対。
額は「正一位日枝大神」
宇都宮初代藤原宗円が永保元年1081近江の国日吉神社より勧請,三王大権現と称した。
折本大般若経600巻が保管されている。
明るい参道を進むと石階があり小ぶりの神門に古そうな狛犬2対。これで狛犬は計8基。
ここの手水石は古く,延宝五年1677の文字が読み取れる。
宝永七年1710石燈籠。嘉永二年1849石燈籠。大正四年1915献木碑。
*『下野神社沿革誌』5巻33丁 明治三十五年1902
河内郡國本村大字新里鎭座 村社日枝神社 祭神大山咋命 祭日陰暦九月廿九日 建物 本社間口五尺奥行四尺 拝殿間口三間奥行二間 鳥居一基 氏子二百二十五戸 本社創立年月詳ならす 社域四百六十九坪清洒の地に在り
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 山王大権現 西新里 紀近江

新里は岩舟町にもあるが,新里東組と新里西組(西新里)があるのはこちらの方なので郡違いだか比定した。
神門 延宝五年1677 宝永七年1710
拝殿階段 拝殿内
被災した石燈籠
不明社

不明社

[?神社]

栃木県宇都宮市新里町乙280

日枝神社の少し東の道路沿い右手に鳥居が見える。残念ながら社号を示すものは何もない。小ぶりの社殿は見事な石葺きで,かろうじてその重量に耐えている。右手に石祠一基。いまのところ資料には見つからない。氏神さまだろうかと思ったら,地元の小学生が「お守りさま」と呼んでいる。村の鎮守である。
鳥居は天保十四年1843。
新里町乙にはこの他「稲荷神社」「二渡神社」があるらしいが,発見できない。
石階がある 天保十四年1843鳥居
重厚な石葺き 木鼻も
床下に落ちていたが読めない
金毘羅神社

金毘羅神社

[こんぴら神社]

栃木県宇都宮市新里町甲241

新里町甲の高龗神社のすぐ北の山中に鎮座。新しい神庫のような建物の真後ろに石祠三基があり,この左端が金毘羅神社のようだ。
明治三十二年1899石鳥居。明治三十九年1906石燈籠。
鳥居右手に大きめの石祠があり,中の木箱の蓋が外れていたので戻すついでに見てみると「明治廿七年1894櫻田坪・西田中坪氏子中/雷電神社?扉」の文字があり,こちらは「雷電神社」。
中は見えない
参道の石燈籠
参道の石燈籠 石階つきの雷電神社
雷電神社の文字 入口 鳥居脇から多気山
新里町甲の高龗神社の詳細は「栃木県の高龗神社」をご覧ください。新里町乙には稲荷神社と二渡神社があるが,まだ見つけられない。
八幡神社

八幡神社

[はちまん神社]

栃木県宇都宮市新里町丙1050

新里交差点を蔵掛山方面に進んですぐ斜め左に入って直進し,突き当たりを左折。旗杭が見えたので入ってみると注連縄の奥に社殿が見えた。
付近のお宅の方のお話しでは,茨城の鹿島の神様を勧請したとのことなので,祭神は武甕槌命か。「はちまんさま」とお呼びしているとのこと。
明治三十九年1906の石製鳥居があったが震災で倒壊してしまった。注連縄は残った鳥居左の柱に結ばれた竹と右の竹の間に張られている。すぐ左手にどっしりした狛犬一基。つぎに石階の手前に一対の狛犬。拝殿左手に神庫。倒壊した石燈籠が確認できるだけで8基あり,もとは6対が整然と並んでいたのだろう。明治四十一年1908と昭和六年1931の文字が読み取れる。
旗杭 鳥居柱 右の柱は根本から破壊され
最初の狛犬
着色されていた
残念!
入口 中央青屋根の奥に鎮座
鶏神社

鶏神社

[にわとり神社]

栃木県宇都宮市新里町丙430

新里交差点を鞍掛山方面に進んですぐ斜め左に入ってほどなく最初の十字路を左折すると右手に石祠が見える。水田の端に駐車させてもらう。
祭神は不明だが,天日鷲命または猿田彦命か。
文化十年1813石鳥居の奥に大きめの石祠があり,中の石版に「正一位鶏大権現」と刻まれている。
宝永三年1706石燈籠はすでに300年を超えている。
毘沙門天

毘沙門天

[びしゃもんてん]

栃木県宇都宮市新里町丙567

鶏神社から道なりに数分走ると消防団国本分団第3部の建物が見えたので,試しに入ってみると狛犬が見えた。消防団や公民館のあるところには神社が多いので目印になる。社殿の格子越しに「毘沙門天」の額が見える。
ここから見える,ほぼ真北の山裾に八幡神社が鎮座。
毘沙門天
今宮神社

今宮神社

[いまみや神社]

栃木県宇都宮市新里町丁811

主祭神:大己貴命
正暦三壬辰年992平安時代創建の,千年を超える古社。日光二荒山神社より大己貴命を勸請。享保七年1722改築,明治二十四年1891焼失,翌年新築。
ロマンチック村の南,新里街道から少し入った小高い山に鎮座。鳥居は遠くに見えるのだが,道も細くなかなか近づけなかった。
清らかな参道を進み,石段登ると小ぶりながら風格のある神門に「正一位今宮大明神」の額。
拝殿前に宝永七庚寅天1710石燈籠二対。享保二十乙卯歳1735石燈籠。
『栃木県神社誌』昭和39年版に境内社8社が記録されており,境内には多数の石祠が並んでいる。
境内社:琴平神社・愛宕神社・稲葉神社・竈神社・鹿島神社・日光神社・八坂神社・雷電神社
例祭:10月21日
拝殿内
古風な神門 神門額
宝永七年1710石燈籠 拝殿左手
拝殿右手 右手
さらに右手
手水石 参道途中の狛犬
参道途中
社務所脇 社務所 鳥居のつぎの石燈籠
少し南のお堂脇 付近の文化五年1808御神燈
生駒神社

生駒神社

[いこま神社]

栃木県宇都宮市新里町87

主祭神:保食神
昔の住所は新里町丁87,欠番なのでナビでは「丁1013-2」で「下野三十三番札所・馬頭観世音」をさがす。
『栃木県神社誌』平成18年版には平成4年明神鳥居と書かれているが,建て替えられたの銀塗り鉄製神明鳥居が立っている。社号を示すものはひとつもないが,神社誌掲載の社殿の写真はここにまちがいない。社殿軒には「下野第三十三番・下野霊場總納め・下野観音講」の木札。御神体は観音様のようだ。
江戸末期に五穀豊饒の神として祀られた。
例祭:8月第一日曜日
鳥居左下に「下野三十三番・岩本観音」石塔。右柱足下に十三夜塔。鳥居をくぐって左手に生駒神社。石段を直進して上ると大谷石の山を削った霊場に出る。延享三?1746など石仏多数。延享から推測すると生駒神社は後から創られたのだろう。
観音様 裏手に竹林
鳥居左下 背後に竹林
大谷石の露出
鳥居を見下ろす
左下に生駒神社 大谷石の社殿石段
手水石に卍 道標を右に入ると鳥居
鞍掛山神社

鞍掛山神社

[くらかけさん神社]

栃木県宇都宮市新里町乙

鞍掛山神社一の鳥居。震災で倒壊してしまったが,2014年に再建された。神社は鳥居から遠望できる鞍掛山に鎮座する。石製社号標は大正十辛酉年1921
2013年12月撮影時に横たわっていた旧鳥居は撤去されている。
登山口の二の鳥居からしばらく登ったところの岩場の洞窟を象徴的に鞍掛山神社と称している。山そのものと雨期に流れ落ちる滝が御神体とされる。奥の院は大岩とは反対の山道を行った山頂付近にあり,石宮が祀られている。
再建された鳥居 鞍掛山
倒壊した旧鳥居
社号標 大鳥居だった
以下の写真3枚提供:「山歩きTREKKING」
二の鳥居 梯子の上の洞窟に鎮座 右から「鞍掛山神社」の標識

 

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