智賀都神社

[ちかつ神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町2478

主祭神:大己貴命 配神:田心姫命・味耜高彦根命 境内社:日光三社・神明神社
日光街道徳次郎の交差点を過ぎるとほどなく右手に巨大なケヤキが2本見えるのですぐわかる。『栃木県神社誌』昭和39年版には樹齢千年とあり,境内の看板に足し算すると樹齢760年。県内一の欅の巨木といわれる。近づけばその威容に圧倒される。
日光を勢力圏にした久次良氏が宝亀九年778日光三社を千勝森に勧請して創建。日光の入口[と]にあたるところから本家に対して「外久次良氏」を名乗った。[と・くじら]地名の由来である。少し前までは県道の標識に「Tokujira」とローマ字が表記してあったが2014現在,気がついたら「Tokujiro」に変わっていた。昔は「外鯨邑」であり沿革史記載の智賀都神社社掌の名も「外鯨升」であったので,もともとの発音は[くじら]であった。ちなみに昭和38年頃の宮司さんも外鯨海夫氏で,このあたりの神社の宮司を兼任している。
天正四-十三年1576-85ごろに新田徳次郎昌言が徳次郎城を築くと,地名も「徳次郎」の漢字が当てられ以後[とくじろう]の読みがはじまる。しかし500年たっても混在しているのだから地名は奥が深い。
1800年頃の『鹿沼聞書』には「徳二良」,半世紀後の『下野掌覧』には「徳二郎」,その60年後の『下野神社沿革史』にも「徳二郎」と記録された。
富屋村が宇都宮市に編入されるにあたり官のお達しで[とくじろう]と読めと命令が下る。小生の世代は[とくじら]が多数派。角川地名大事典は[とくじろう]で[とくじら]ともいうと表記。
享保五年1720正一位を授かり徳川将軍家の崇敬を受け社領幣物を寄進されている。社域1660坪。
江戸時代の呼称は「智賀都大明神」
ご神木は栃木県指定天然記念物。安政六年1859狛犬。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 正一位 智賀都大明神 徳二良 入江豊後
*『下野掌覧』万延元年1860
都賀郡之部 正一位 知賀都大明神 徳二郎村鎮座 祭主入井氏ナリ
*『下野神社沿革史』5巻30丁(明治三十五年1902刊)
河内郡富屋村字徳次郎字下畑鎭座 郷社 智賀都神社 祭神大己貴命 田心姫命 味鉏(耜)高彦根命
祭日陰暦六月二十日九月十九日 建物本社間口二間半奥行一間四尺栃葺 拝殿間口五間奥行二間 末社九社 石鳥居一基 石燈籠數基 寳物劍二口 古鏡一面 制札明治三十年五月建設 氏子二百餘戸・総代六員 社掌外鯨升同村同大字二十八番地住
本社は人皇五十代光仁天皇寳亀九778年六月廿日の勸請にして日光山神社より遷座す…略
秋葉神社

秋葉神社

[あきば神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町3187

主祭神:火産霊命 山王神社(星宮神社)・琴平神社・愛宕神社を合祀している。
日光街道と宇都宮日光道にはさまれたところに社務所がある。この付近の複数のお宅には石祠が祀られている。社務所の裏手の山に少し大きめの石祠。日光道を橋で渡ると墓地があり,その右手,日光道を見下ろす形で鳥居。長い石段が続いている。日光道を掘り下げて開通する前は半蔵山東麓にあたり,社務所と神社は地続きであった。
「嘉永七甲寅年1854御神燈」。天は読めるので天明らしき石鳥居。
文化三年1806上撰の『日光道中分間延絵図』復刻版に「秋葉」で載っている。
秋葉神社社務所兼上町公民館には石祠の他,安永八年1779白雲山,十九夜供養塔,狛犬,庚申塔など古そうな石塔が保存されている。
右:宇都宮日光道
社務所
社務所上の石祠
付近のお宅 付近のお宅 付近をキジが散歩
神明神社

神明神社

[しんめい神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町1594

主祭神:天照大神
293号線を徳次郎の交差点の西で北に入ると大きな農家があり,畑の土手に昭和61年「神明神社入口」石塔が立っている。入っていくと田の中に鳥居が見える。すぐ西に日光道が走り,東には雷電神社の鎮座する兜山や鬼山がくっきり遠望できる。ちょうどツクシが生えていた。眺めのいい場所だ。
狛犬の占いで有名といわれるが,昭和十x年の大きめの狛犬と社殿軒下の古そうな一対,さらに社殿の中に赤い衣をまとった小ぶりの上品そうな狛犬さまがいらっしゃる。「おしんめさまのこま犬」はどうやらこの社殿内の一対をさすらしく,「願いをかなえて下さるなら軽く持ち上がってくだされ」と言いながら持ち上がれば願いがかなったという。
宝亀二年771建立の古社だが,『栃木県神社誌』には見当たらない。
おとなり石那田1828の「うらない仏」台座に置かれているまんじゅう型のうらない石は軽く感じれば願いがかなう。台座に「享保十年1725」の文字。
左右にうらない狛犬
巨大な切株 この右手を入る
神明神社

神明神社

[しんめい神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町2256

主祭神:天照大神
境内社:白山神社・古峰神社・三峯神社
徳次郎交差点のすぐ北西,痣地蔵尊の北に鎮座。境内に宇都宮市消防団富屋分団第1部と中町公民館。「中町屋台収蔵庫」のシャッターの絵が見もの。
「安永十歳1781白雲山」「慶応元年1865十九夜塔」
ここから293号に出る手前に疣地蔵尊。
神明宮は昔は293号線を挟んだ阿部歯科付近にあったらしいが,詳しくは分からないといわれた。
すぐ東のお宅にも石鳥居と立派な石祠。そのお隣りにも朱色鳥居。このあたりは氏神さまを祀るお宅が多い。
中町屋台収蔵庫 東側お宅の鳥居
別のお宅の鳥居 奥のお宅にも氏神さま 疣地蔵尊
赤岡神社

赤岡神社

[あかおか神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町225

主祭神:倉稲魂命
境内社:三峯神社・古峰原神社
徳次郎交差点の南,日光街道のすぐ西に鎮座。「下町屋台庫」のとなりに石鳥居が三基並んでいる。左端の鳥居額束に「赤岡」の文字。この奥の銅葺木製祠が「赤岡神社」である。維新前まで「赤岡稲荷大明神」と称した。昭和32年1957の「赤岡稲荷移転記念碑」によれば下徳次郎の北端にあったが,昭和29年1954に河内郡富屋村が宇都宮市に合併されるにあたり,赤岡神社敷地を消防分遣所に明け渡すため,昭和30年1955二月に中央部義倉跡の現在地に遷宮した旨が刻まれている。
右隣りは「三峯神社」で,右端が「古峰原神社」である。
寛政十二年1800石燈籠。弘化二年1845石燈籠。消えかけている鳥居柱に推定「慶応乙丑年1865末秋九月吉日」の文字。
赤岡
下町屋台庫
琴平山神社

琴平山神社

[ことひらさん神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町1863

主祭神:大物主命
傳法寺南の山中に鎮座。かなり山奥。
地元では「こんぴらさん」と呼ぶ。行き止まりの道に車を停め,山に入る。しばらく歩いて二股に分かれる分岐に,かつては何か文字が刻んであったかもしれない1m程の石棒があり,そこを右に入る。水の音とウグイスの鳴き声と風の音だけ。分岐が2か所あるが,直進すると左手に白褐色の石ころがたくさん集まっている場所があり,そこを左に上って行くと右手に石段が見えてくる。真上に鳥居。登るには勇気のいる石段を杉の落ち葉を払いながら四つんばいで上る。
鳥居柱に「天保七丙申歳1836十月吉日」
村落入口の水田に「文政八乙酉年1825御神燈」
麓の農家の裏山にはたくさんの氏神さま石祠が台座の上に並び,山神さま石祠は直接土の上に祀られている。このあたりの祀り方だという。神社への道を教えていただきました。感謝。
とても気持ちのいいところで,沢の水が流れ込む麓には源氏・平家ホタルが棲息し,カタクリも群生する。
ここで酒を飲んだ
分岐を右に入る
この奥の山に鎮座 集落のお宅の多数の石祠
別のお宅の石祠 こちらにも鳥居 集落南の石祠
御霊神社/琴平神社

御霊神社/琴平神社

[ごりょう神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町1399

主祭神:素盞嗚命 上記神明神社の西,宇都宮日光道を挟んだ山裾に鎮座。ここには2社あり,右手の南面している石祠が大物主命を祀る琴平神社で,左手の東面するのが御霊神社。石段右手の建物は神輿庫で琴平神社の神輿が納められている。
御霊神社の鳥居柱に「慶応二丙寅1866」。石燈籠は古く「天明二年寅1782」「寛政八丙辰年1796」,「安政六未年1859」。
琴平神社鳥居柱に「文政六癸未1823」,同年石燈籠。嘉永六年1853石燈籠。昭和十七年1942の狛犬。神明宮の狛犬台座の文字と同じ書体だ。石工篠原島吉。鳥居の笠木が落ちてしまったのは大震災よりずっと前で,木製にしてトタンでくるみベンガラを塗った。

詳細不明だが,古そうだ。土地の方のおっしゃった御霊神社が琴平神社で地図に載っているので,図書館でしつこく調べてみた。
文化三年1806上撰の『日光道中分間延絵図』復刻版に「田中村・御吴宮」で載っている。小さい筆文字で書かれているので拡大鏡で見てみたが「吴」としか見えない。1987年刊復刻版解説本では「御霊宮」の字をあてている。こちらを採用して「御霊神社」とする。
東側のお宅の81におなりの方のお話しでは「ごぞのもり」と呼んでいる。漢字は分からない。かつては十月に下田中の氏子が集い,甘酒をつくり,お酒を2升ほど飲み,サンマを一箱取り寄せて食した。サンマも酒も貴重品で,びっくりするほど高かったという。こんぴらさんの神輿は子どもがかついだ。昔の話だという。つぎに紹介する愛宕神社と鶏渡神社,おしんめさまの狛犬のことを教えていただいた。感謝。お庭は山の花でいっぱいで,珍品の白いカタクリが落ちる寸前で咲いていた。
青色が神輿庫
鳥居船木
左手奥の鳥居
正面に鎮座
愛宕神社

愛宕神社

[あたご神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町1764

主祭神:火産霊命
『栃木県神社誌』昭和39年版に「権現造石宮葺間口0.4間奥行0.5間,0.25坪 石鳥居一基 境内地773.5坪 宮司外鯨海夫」とある。3383番地は現在欠番である。さがすのに苦労した。土地の方に教わって発見。
宇都宮市消防団富屋分団第3部と公民館の間から山に入る。右手に回って上りつづける。台風で倒された杉が何本も根本から倒れている。
頂上2か所に大震災で倒壊した石祠と燈籠の残骸が残っている。鳥居は見つからない。
自然の大岩の上部を正方形にくりぬいて石像が納められている。地蔵菩薩か?
東に日光宇都宮道路をはるか下に見下ろす気持ちのいいところ。ウグイスがしきりに鳴いている。
石祠の台座
日光街道方面
山頂に鎮座
愛宕神社

愛宕神社

[あたご神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町1364<3498

主祭神:火産霊命
『栃木県神社誌』昭和39年版に「石宮造0.25坪 石鳥居一基 境内地9,247坪 宮司外鯨海夫」とある。3498番地は現在欠番である。さがすのに苦労した。
傳法院東の集落の方のお話しでは,はるか北の上方に見える雑木の山の左手の黒ぐろとした方の山の上に鎮座するという。逆光写真で見にくいが,中央いちばん奥の山。ほんの小ぶりの石宮と石鳥居がいまもあるはずとのこと。登り口は守勝神社のとなり。かなりの距離と高さに足が躊躇する。登る気力がわくまでご勘弁を。
稲荷神社

稲荷神社

[いなり神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町1796

主祭神:倉稲魂命
徳次郎交差点の北西,日光道の西に鎮座。「安永三年1774」の古い石鳥居。二の鳥居は昭和二年1927。覆屋内に立派な木製祠。本殿右脇に大正五年1916の「正一位稲荷神社」奉納額が立てかけてある。裏手にも額が保存されているが文字は消えている。推定「稲荷神社」なので維新後のものだろう。
社殿左手に昭和22年1948の石鳥居と石祠三基。
左手には半蔵山を背に石塔が11基ずらり。堂内には六手観音など4基。文政四年巳1821同五午,弘化四年1847が読める。
右手には石燈籠七基。嘉永元年申1848,正徳六年1716らしき「奉納御?前」など。300年前だ。古社だが『栃木県神社誌』には非掲載。こうした神社が記録されずに埋もれている。Web地図からも。
入口の目印
鶏渡神社

鶏渡神社

[にわたり神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町1360

主祭神: 御霊神社下のお宅で教えていただき発見。293号線の西,御霊神社の西にあたる。男抱山登山口より少し北にある入口を入る。ちなみに男抱山には琴平神社鳥居と男抱山神社の三連の石祠がある。
残念ながら鳥居は大震災で半壊。杉の葉に隠れた石段を上ると倒木の先に玉垣のある立派な石宮。
本殿右手の石燈籠に「天保八酉年1837正月・奉納青麻大権現」と刻んである。「奉納白雲山」「奉納男體山」などと同様の扱いと考えておく。仙台の青麻神社祭神は天照大神・天之御中主神・月読命である。
社号を示すものがないが,文化三年1806上撰の『日光道中分間延絵図』復刻版に「西根村・鶏渡社」で載っているのはまさにここだ。教えて下さった方もニワトリとおっしゃっておられた。鶏渡神社で記録しておく。
他に「安政二年?」の石燈籠。
神社手前右手上方に「延宝五丁巳歳1677十一月十六日・南無阿弥陀佛・田中村念仏請願??・頂禮」と彫られた高い石塔。337年前で県内では相当古い。
ここに刻まれた田中村と133年後の絵図の西根村との齟齬は未解決。隣り村だが。
半分落ちてしまった
すばらしい造り
奉納青麻大権現
ご神体のような大岩 延宝五年1677の貴重品
金刀比羅神社

金刀比羅神社

[ことひら神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町1182

主祭神:大物主命
246号線沿い,ロマンチック村の東,ただおみ温泉の東に鎮座。このあたりの農家の石蔵はどれも立派だ。彫刻をあしらったものまである。
消防団となりに鳥居と石宮があり,その右手後方にかくれて鎮座。警防機具置塲の石蔵も立派。狭い境内に多数の石塔・石像が並ぶ。
もとは男抱山登山口にあったが,現在の西根観音堂内に遷宮。男抱山登山口にある琴平神社鳥居はここの金刀比羅神社のもの。
金刀比羅神社 左手神輿庫内 お堂
右手
西根屋台蔵 推定金刀比羅神社
桜の先に金刀比羅神社
守勝神社

守勝神社

[もりかつ神社]

栃木県宇都宮市徳次郎町2710

上記稲荷神社のすぐ北,半蔵山東麓に鎮座。昭和55年創立の新しい神社。
「守勝鍛冶跡之碑」の石柱脇から石敷きのきちんとした参道が山に向かっている。昭和55年1980の石碑は階段した右手。室町時代1336/8〜1573の刀工・守勝,別名徳次郎正宗の事跡が刻まれている。唐沢山神社などに守勝銘刀剣が保存されている。
短い石段の上方にどっしりした石鳥居と石宮。
不明社ほか

不明社

赤岡神社から日光街道を挟んだ東の徳次郎城趾入口に鳥居。城趾が個人所有なので氏神さまだろう。昭和52年石鳥居。詳細不明。
ここから富屋小学校方面に南下すると,右手の竹林に勝善神石塔と氏神さまの鳥居と石祠。
その先に最近切ったケヤキの巨木の切り株があり,他にも多数の切株があるので,ほんの少し前までは森閑とした林だったところに真新しい石祠がひとつ祀られ,その奥にも新調された石鳥居と石燈籠一対,平成6年石祠三基がならび,中央に「蛇神社」の昭和二年1927石製神札が立てかけてある。氏神さまとしては境内も広く立派すぎるが,詳細不明。
城趾入口
竹林の石祠 竹林入口の勝善神
蛇神社
蛇神社
日光街道東の不明社

 

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