熊野神社

[くまの神社]

栃木県真岡市飯貝1097

主祭神:伊弉冊尊・速玉之男尊・事解男尊
大内中学校の北,五行川沿いの森に鎮座。大同二年807創建の古社。詳しくは由緒看板写真を。
古いもので久寿二年1155と書かれた「大般若経」を所蔵する。巻522写経奥書に「於下野野州大内之荘飯貝郷,社頭大般若経再興願主尊榮律師,文永五戊辰年1268五月日」とあり,別当箕輪寺の尊榮が写経を再開し,宝徳三年1451に完成した。
「干時寛文第八戊申暦1668桃浪xxx・大願主箕輪寺圓信」「奉起立當社権現御寳前鳥居」と彫られた石鳥居。17世紀の鳥居は県内では貴重品。「桃浪」は謎。
昭和十四年1939狛犬。明治十六年1883手水石。 社殿右手に平成23年角柱の朱色鳥居が立ち,境内社石宮が6社並ぶ。このうちのひとつが明治四十三年1910に合祀された「高龗神」を祭神とする「八龍神社」である。字上ノ田にあった。祭神名のルビは正式で[タカオカミのかみ]と気持ちがいい。末社由緒看板を参照。栃木県内の他の高龗神社107社については,このページ最上段の「栃木県の高龗神社」でご覧ください。
八龍神社は真岡にはもう一社,旧地名飯貝字高手尾(飯貝2023)に鎮座する。
参道左手奥の朱色両部鳥居は稲荷神社。鳥居額は明治三十三年1900奉納。300年を越す社殿で,彫り物が見事。
例祭:10月19日。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
芳賀郡 正一位 熊野大権現 飯貝 箕輪寺
*『下野神社沿革誌』巻六-3丁 明治三十六年1903
芳賀郡大内村大字飯貝鎭座 村社熊野神社 祭神伊弉冊命速玉男命事解男命 祭日陰暦九月九日 建物本社九尺四方 拜殿間口五間半奥行二間半 幣殿間口九尺奥間二間 末社二社 石華表一基 氏子百六十六戸惣代大塚宇平太仝森吉仝庄太郎横井彌作 社掌箕輪正治仝所住
本社創立遼遠にして詳かならすと雖とも往古より武將崇敬の社にして徳川將軍より七石の朱印地及ひ除地五石を寄附せられ將軍代々崇敬淺からす 随て氏子村民の尊敬する社なり 社寶には従一位近衛篤暦の揮毫せる神號の扁額を本殿正面に掲く 奉仕は熊野山箕輪寺と稱し往古より別當たりしか維新の際復飾して勤続す 社域九百五十九坪平坦の地にして古松老杉亭々と高く聳ひ馬塲には櫻樹ありて花時には萬櫻亂發し艶雪香雲の風氣快爽なるを覺ゆ
太鼓橋の下に清流
社務所 寛文八年1668鳥居柱
宝永四年1707本殿
境内社
高龗神の文字 稲荷神社
稲荷神社鳥居額 稲荷神社
稲荷神社彫刻
五行川から見た鎮座の杜
愛宕神社

愛宕神社

[あたご神社]

栃木県真岡市飯貝2070

五行川の東,121号線から61号線に入って南下すぐ右手に鎮座。道路向かいの住所が原町で,神社境内に原町公民館がある。上記熊野神社に合祀された「飯貝字原町北2076」の愛宕神社はここかもしれない。詳細不詳。
真岡市の愛宕神社は他に荒町・台町・長田・並木町・長島に鎮座。
左:原町公民館
八龍神社

八龍神社

[はちりゅう神社]

栃木県真岡市飯貝2023

推定祭神:高龗神
五行川の東,121号線から南下した水田地帯に鎮座。旧地名は飯貝字高手尾[たかてび]。とても気持ちのいいところだ。
平成15年2003五穀豊穰を祈願して奉納された石鳥居。
栃木県内の他の龍神社については,このページ最上段の「龗関係神社」でご覧ください。
鳥居が見えた 水田に囲まれている
雷神社

雷神社

[らい神社]

栃木県真岡市飯貝44

主祭神:別雷神
五行川のすぐ西,121号線から南下した水田地帯に鎮座。竹やぶの中に朱色両部鳥居。
黑屋根,朱塗の木製祠本殿,手前に無着色の神輿。拝殿正面左右に武者の着色板絵。
参道左手に石祠,本殿左右に石祠,右手の覆屋は氏神様。
本殿
氏神様
参道左手
竹の参道
鳥居が見える 鎮座の杜
愛宕地蔵尊

愛宕地蔵尊

[あたごじぞうそん]

栃木県真岡市飯貝867

五行川の東,121号線から南下した水田地帯に鎮座。
御本尊台座に「明治九年1876・飯貝村女人講中・上組中」
古いもので230年前の「二十三夜塔・天明五乙巳年1785」,「庚申塔・天明八戊申歳1788」などが保存されている。
平成9年1997にも屋根が葺き替えられ,だいじにされている。
相宮神社

相宮神社

[そうのみや神社]

栃木県真岡市京泉876

主祭神:伊弉諾命・伊弉冊命
境内社:愛宕神社(軻遇突智命)・弁天社(厳島神社<市杵島姫命)・大杉社・大日社(天照皇大神)
京泉村は寛文十一年1671に飯貝村から分村した。
昌泰元年898創立の古社。江戸期までは磐裂命・根裂命・経津主命を祀る「三宮大明神」と称した。維新に際し「相宮神社」と改称。祭神を替えたのはこのときか。
明治四十一年1908に字三ノ宮から字御料に社殿をすべて新築して遷座。このとき愛宕神社4社,厳島神社,大杉神社,天照皇大神の計7社を合祀している。
石宮のひとつに「大字京泉・原町下組氏子中・明治三十六年1903」
社殿右手奥に明治三年1870の石燈籠を備えた境外社のような不明の石宮がある。
参道から,南方に大内廃寺跡の森が見える。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』(1800年頃)
芳賀郡 三宮大明神 京泉 飯淵頼母
*『下野掌覧』万延元年1860
芳賀郡之部 三宮大明神 京泉村鎮座 祭主飯淵氏ナリ
*『下野神社沿革誌』巻6-4丁(明治三十六年1903)
芳賀郡大内村大字京泉字三の宮鎭座 村社 相宮神社 祭神 伊弉諾命 伊弉冊命 建物本社間口一間奥行五尺 拜殿間口三間奥行二間 末社四社 華表一基 氏子六十四戸 社掌今井勇
本社創立は昌泰二年899にして常陸國筑波神社と同神にて相の宮と称す 社域四百四十七坪及社有田一反三畝二十歩を有し明治六年1873村社に列せらる
燈籠台座
裏手の石宮
参道から見える廃寺跡
廃寺跡から相宮神社の杜が見える

 

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