天満宮

[てんまんぐう]

真岡市・物井2634

主祭神:菅原道真公
小貝川右岸。江戸時代の二書に記録されている。
昭和十三年1938石標に「二宮先生遺蹟・塚本天神・文政十一年1828先生奉額シテ村民教化ノ祈願○タル祠ナリ」
二宮尊徳が当社に額を奉納したことが刻まれている。額の表に道真公の「心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らん」裏に自作の「我が前に千日去らず祈るとも心邪なれば罰をあたへん」「文まつる十一年やつちのいね卯の花月に奉りけり」が書いてあったが今はない(尊徳資料館)。
天明二年1782十九夜供養塔。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
芳賀郡 天神宮 物井 斎藤某
*『下野掌覧』万延元年1860 芳賀郡之部
天神宮 物井村鎮座 祭主齋藤氏ナリ
 
本殿 二宮先生遺蹟
境内社 天明二年1782 奉額の文字
参宮神社

参宮神社

[さんのみや神社]

真岡市・物井2373

主祭神:木花開耶姫命 境内社:厳島神社・稲荷神社・八坂神社・疱瘡神社
参道入口の昭和十三年1938石標に「二宮先生遺蹟・三ノ宮堰・先生の御仕法中最モ有名ナル堰ニシテ基礎工事は往時の壗ナリ」とある。すぐ右手を流れる大前神社大前堰から流入する穴川用水を亀田用水に引入れるために文政年間に造られた堰が三ノ宮堰。下流に星宮神社。
拝殿両脇に跳び出す形で境内社覆屋が付けられ,それぞれ木製祠が二社ずつ祀られている。 昭和十五年1940手水石。
祭日:9月29日
参宮神社
左手に二社
本殿 玉垣も
本殿 本殿裏手
右手に二社
二宮先生遺蹟 堰から 鎮座の杜
星宮神社

星宮神社

[ほしのみや神社]

真岡市・物井2582

主祭神:磐裂神・根裂神 境内社:大杉神社
上記参宮神社脇を流れるの穴川用水下流に鎮座。
享保廿一丙辰1736十九夜供養塔。寛延四未天1751講中十八○。
祭日:9月第二日曜日
左手
右手 右手の境内社
本殿 左手
藁宝殿 寛延四未天1751
享保廿一丙辰1736 脇に用水
生駒神社 本殿と額
  二宮神社

櫻町二宮神社

[さくらまちにのみや神社]

真岡市・物井2013-2

主祭神:二宮尊徳翁霊 境内社:稲荷神社・八幡神社・八坂神社
大きい有名社なので付け加える事はあまりない。
櫻町陣屋の右裏手に鳥居つきで「八幡宮」と「稲荷宮」があった。稲荷宮の境内社に「八坂大神」があり,明治十八年1885その側に小祠を建立し二宮尊徳翁を祀ったのが始まりで,翌年に鎮座祭が行われた。明治三十八年1905に小祠を修復再建して「報徳二宮神社」と改称する。このとき「稲荷神社」とその境内社「八坂神社」を合祀する(維新の神仏分離で「神社」号に改称していた)。昭和十年1935に80年祭記念事業として陣屋東側の現在地を選定し社殿の造営を開始する。広大な境内に壮大な社殿が完成し昭和十六年1941の11月16日に遷座祭が齋行された。このとき「八幡神社」を合祀して往古より鎮座した三社を境内社とした。
祭日:11月17日
大きな鳥居
広い
大きい本殿 左手
もう一社(2016/5) 陣屋方向
櫻町陣屋 報徳二宮神社跡
鳥居のところに二社 伝・八幡宮跡
八幡宮跡になっている 陣屋解説
1823-1905 報徳田 森に神社
史跡櫻町陣屋跡 45号線から
生駒

生駒神社

[いこま神社]

栃木県真岡市物井1183

主祭神:保食神 境内社:八坂神社
明治四年1871に再建。大正八年1919に物井村尋常小学校開設の際,境内地を提供して減少。昭和十年1935まで境内は879坪あったが物井小学校が移転してきて249坪に縮小した。社殿も南端に遷宮。牛馬安全成育を祈願する。
年代不明だが江戸時代の棟札に「奉再建生駒大神社」とある。
鳥居手前に寛政二庚戌年1790二十三夜供養塔,文久三年1863二十三夜,馬頭尊,地蔵尊など六基が保存されている。
西に鹿の薬師如来がある。国土地理院地図に神社マークが付いているが薬師堂である。宝永五年1708観音様など。
桑ノ川の児童は明治十八年1885頃は物井小学校に通学していた。物井小は今はなく,大正九年1920四月に物部尋常高等小学校と改称し現在地へ。昭和29年五月町村合併二宮町誕生にともにい二宮町立物部小学校となる。平成21年三月真岡市と合併するにともない真岡市立物部小学校となる。
例祭:1月28日
生駒神社
本殿 本殿
 
鳥居脇 鳥居手前
付近の薬師堂 薬師堂となりの石宮 薬師堂手前右手
【桑ノ川】
*以下は暫定的に掲載しておく。『鹿沼聞書』では掲載順序が道祖土,三谷,水戸部の次,阿部品,大根田,沖,物井の前なので桑川は物部村の桑ノ川でいいだろう。上記生駒神社では社号に齟齬がある。山王権現は八坂神社に改称する可能性が高いので,鹿1247の八坂神社にあたるかもしれない。
『下野神社沿革誌』では社号は生駒神社だが地名が適せず,境内地規模に齟齬がある。
現在の桑ノ川区画北端から物井の生駒神社までは600メートルくらい離れている。しかし桑ノ川に神社は発見できない。桑ノ川を探し回っていると桑の川総合研修所敷地の一画に道標や石塔,石碑があった。神社があったのだろうか。
正徳元年1711奉納妙法華六十六部供養塔,寛政三年1791二十三夜供養塔,享和三年1803庚申塔,昭和十五年1940二宮先生遺蹟・桒ノ川開墾田(桒=桑),大正十一年1922二宮贈従四位遺跡碑,昭和八年1933道標など。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』(1800年頃)
山王権現 桑川 三明院
*『下野神社沿革誌』巻六-8丁(明治三十六年1903)
芳賀郡物部村大字桑野川鎭座 村社 生駒神社 祭神 保食神
建物本社間口一間奥行七尺 末社二社 鳥居一基 氏子二十戸
本社創立不詳 社域三百二十四坪を有し字東原にあり
左:正徳元年1711 二宮先生遺蹟 石宮も
寛政三年1791と享和三年1803 道標

 

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