星宮神社

[ほしのみや神社]

茂木町・木幡958

主祭神:磐裂命・根裂命
元文三年1738二月十七日の創建。別当は安楽院で星宮大明神と称したが,維新に際し星宮神社と改称した。東からの入口に安楽寺を指す標識が立っている。
昭和十一年1936石燈籠。
明治四十五年1912の「農為國本」石碑は植林記念碑。横堀三子撰並書とあり,文帝の勅言を引くなどして植林の意義とそれに至る経緯が全文漢文で記されている。明治の知識人はすごい。こうした稗を建ててしまう木幡の三十有四人もすごい。背面に共有者氏名が伊呂波順で刻まれている。中に横堀家三名が見え,友三郎とあるのが三子か。
すぐ東にほぼ並んで国土地理院地図に神社マークがついているが,見つからなかった。南の木幡多目的集会所のある公園に安永四年1775三十三夜塔,安永三年1774奉修百万○,安政四年1857大黒天供○など石塔が六基保存されている。ここにお堂があったかもしれないが情報は得られなかった。
祭日:11月23日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻六・24丁
芳賀郡逆川村大字木幡字星宮鎭座 村社 星宮神社 祭神 磐裂命根裂命 祭日陰暦九月十三日 建物本社五尺四方 拜殿間口四間奥行二間半 廊下二間四方 華表一基 氏子三十八戸
本社創立遼遠にして不詳 社域二百二十坪清洒の地にして境内には古杉矗立馬塲の兩側には櫻樹を植ひ花時には一簇の香雪老樹の深翠と相映し風色頗る佳なり 社有財産田四反一畝十歩山林二反三畝八歩を有す
鳥居から
ケヤキ
拝殿内 本殿
本殿裏手
御神木 御神木
左手 左手の石宮
右手 植林記念碑
おもしろい造形
鳥居北側に石塔多数 安楽寺標識 公園
三十三夜塔など 記念明治百年
神社

木幡の神社

[?神社]

茂木町・木幡88

木幡750に荒橿神社があるという情報があるが,見つからなかった。逆川の橋から眺めているとJAはが野茂木育苗センターの東裏の東ノ宮カントリークラブ丘に鳥居が見えた。切通に石段が付けてあり,頂上部に石祠が祀られている。
石鳥居柱に「昭和48年1973八月吉日・寄附東ノ宮カントリークラブ」と彫られているので,ゴルフ場造成にあたり整備した。しかし,社号を示すものは何もなく,育苗センターの職員の方にお聞きしても分からず。あるいはこれが荒橿神社か?御存じの方ぜひ御教示ください。
石宮が一基
鳥居を見下ろす
JAの建物と電柱の間に 鳥居が見える
日枝田神神社

日枝田神神社

[ひえたのかみ神社]

茂木町・北高岡1461

主祭神:倉稲魂命・大己貴命
北高岡乙区に日枝神社,甲区に田神神社があったが,昭和25年1950に田神神社に日枝神社を合祀して甲乙両区の村社とした。平成13年に合祀50周年を祝して大鳥居を建設した。日枝田神神社と改称したのは最近で,平成15年のことである。
田神が正式表記で境内の昭和二十六年1951十一月「合祀記念碑」には「田神神社」と刻んである。鳥居額のように田ノ神とノを入れて読みやすくする場合もある。
眼下に広大な水田を見下ろす抜群のシチュエーションで,田神の名にふさわしい。石段を上がると左に直角に折れて昭和二年1927二の鳥居。 平成17年狛犬。 祭日:2月11日/9月最終日曜日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻六・25丁
芳賀郡逆川村大字北高岡字山王谷津鎭座 村社 日枝神社 祭神 大山咋命 祭日陰暦十一月中申日 建物本社四尺四方 拜殿間口三間奥行二間 華表一基 氏子八十四戸
本社創立年月不詳 社域四百四十坪高燥の地にして石磴五十餘歩躋れは古杉森々として繁茂し夏時と雖も冷氣肌に感し 洵に小仙境の如し 社有財産田畑山林合て五反二畝十六歩地價金百三十三余を有す
平成元年参道新設記念碑 二の鳥居
合祀記念碑に田神神社
右側面 左側面
拝殿内 読めない 手水舎
二の鳥居下
御神木
本殿裏手
昭和七年1932旗杭と平成26幟竿 一の鳥居左手
水田が広がる 鳥居が見える

 

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