大山神社

[おおやま神社]

茂木町・鮎田921

主祭神:大山祇命[おおやまつみのみこと]
ツインリンクもてぎの西。由緒沿革によれば建久八年1197宇山神に創建され康暦(北朝)二年1380に現在地に遷宮。維新までは大山祇大明神または山祇大明神と称した。明治二十七年1894拝殿再建。
拝殿内の明治三十八年1905奉納額に「山祇神」の文字。拝殿内に板書が多数掲げてあり,近年もたびたび改修され厚く信仰されていることが分かる。昭和39年1964大山神社改修,平成二年大山神社改修,平成七年大山神社本殿改修,平成十八年八坂神社新築,平成二十年燈籠建立など。拝殿外軒下には明治二十七年1894の「拝殿再建寄附連名」の板書が架けられている。
拝殿左手の板絵は改修工事の模様か,年号は読み取れない。右手の壁に50人ほどによる連句らしきものの板書があるが暗くて読み取れない。 拝殿左手の木製祠には,大杉神社・愛宕神社・八坂神社・稲荷神社が祀られている。
明治八年1875手水石。道路沿いの参道入口右手には三十三夜塔など多数の石塔。
鳥居左手の広場には明治六年1873誘蒙舎として創立され昭和45年1970東小学校に統合された小学校があった。「ここに鮎田小学校ありき」の昭和49年1974記念碑が建てられている。
本殿:流造木羽葺 拝殿:入母屋造鉄板葺 例祭:11月6日
八月末の週末に嵐除神事が行われている。
*『下野神社沿革誌』巻六・29丁 明治三十六年1903刊
芳賀郡茂木町大字鮎田字堀の内鎭座 村社 大山神社 祭神 大山祇命 祭日陰暦九月十九日 建物本社四尺四方 拝殿間口六間奥行三間 末社二社 華表一基 氏子九十一戸
本社創建年月不詳 社域二百五十五坪高燥の地にして大字中央西側に在り 社木蓊欝として繁茂し幽邃にして雅致あり
手水舎
本殿
龍が彫られている 彩色されていたか 本殿左側面
本殿背面 本殿右側面
板絵
左手 木製祠内
こちらが御神木
なかなかの見もの 小学校跡地 小学校記念碑
参道入口 入口左手に社号標など 入口右手に石塔群
十二所神社

十二所神社

[じゅうにしょ神社]

茂木町青梅429


主祭神:大物主命 配神:倉稲魂命
ツインリンクもてぎの南,もてぎウェルカムパークの西に青梅公民館がある。この背後上方の山頂に鎮座。51号線から見える旗杭が目印。右手上方に両部鳥居が見える。 自然石を積み上げた石段を上がり続けると途中からコンクリートの丸太の石段に変わる。運動不足のからだで登りつづけるのはかなりきつい。やっと石階と屋根が上の方に見えてくる。最後の石階の手前でまた自然石の階段になる。
創建年は分からないが享保五年1720に修理が行われ享和三年1803に再建されている。維新までは十二所権現と称す。
左裏手に平成八年拝殿改築記念碑と浅間神社石祠。右裏手に小さな小屋があるが何か不明。
拝殿左手前にある手水石は大正十四年1925奉納。
旗杭は大正十年1921。 -----------------------------------
本殿:流造板葺 例祭:10月27日
*『下野神社沿革誌』巻六・30丁 明治三十六年1903刊
芳賀郡 茂木町 大字青梅鎭座 村社 十二所神社 祭神 大物主命 建物本社二尺四方 拝殿間口二間奥行三間 鳥居一基 氏子十二戸
本社祭神は十二神あるへきに只一神のみ記されたるは頗る誤謬なるへし 而れとも祭神を知るに由なし 大方天神七代地神五代の神にやあらんかと土俗云へり 社域六百九十三坪字芦陰に在り
本殿
左手裏
右手の不明な小屋
公民館と鎭座の山 集落入口の旗杭
入口の石段 えんえんと登る
丸太の階段 まだまだ上る やっと見えてきた
石階から見下ろす 最後の石階 石階を上りきると手水石
羽黒神社

羽黒神社

茂木町・檜山369

[はぐろ神社]

主祭神:倉稲魂命[うかのみたまのみこと]
上記十二所神社の少し東。
康永(北朝)三年1344御越山頂に勧請され明和五年1768九月に現在地に遷宮。維新前は羽黒山大権現と称した。現在の社殿は昭和30年1955改築のもの。
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本殿:日吉造板葺 拝殿:切妻造鉄板葺
例祭:10月27日
*『下野神社沿革誌』巻六・30丁 明治三十六年1903刊
芳賀郡 茂木町 大字檜山鎭座 村社 羽黑神社 祭神 稻倉魂命 建物本社二尺四方 拝殿間口三間奥行二間 末社一社 鳥居一基 氏子二十四戸
本社創立不詳 社域七百八十三坪字羽黑山の幽静の地に鎭す
「羽黒神社」額
本殿 左に相殿
岩石の山だ 手水石 旗杭と鎭座の山
鳥居から見た旗杭 落ち葉を分で登る
龍のようなフジヅル 倒木
かすかに見えてきた かなりの高さに鎭座

 

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