温泉神社

[ゆぜん神社]

那珂川町・小川2486

旧地名:那須郡・小川町大字小川
主祭神:大己貴命・少彦名命 境内社:八坂神社
小川の中心部,温泉公園内に鎭座。鳥居脇に小川公民館。
旧小川町には資料で分かるだけで温泉[ゆぜん]が計4社,温泉[おんせん]が計4社,したがって温泉神社は総計8社鎮座する。「温泉」文字は同じで読み方が異なる。
旧小川町の温泉神社は,改称について同様の説明がなされている。共通の社伝は同じ宮司さんによってまとめられたと思われ,おおむね次のとおり。
「建久四年1193源頼朝が那須野で狩を行ったとき,藤原資隆または資光が那須温泉神社に成功を祈誓した。それを機に温泉神社と改称する。江戸時代までは神仏習合で祭事を行ってきたが,維新の神仏分離の際,別当寺院は廃寺となり,祠を残して現在に至る」。
小川の場合は那須太郎資光が祈誓,尾川明神から改称。
例祭:10月第三金曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 小川 佐藤相模
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
正一位 八幡宮 小川村鎮座 祭主佐藤氏ナリ
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 八巻35丁
那須郡那珂村大字小川字仲の内鎭座 村社 溫泉神社 祭神 大己貴命・少彦名命 建物本社二間四方 拜殿間口三間奥行二間萱葺 末社八社 石華表一基 木鳥居一基 氏子百六十一戸 社掌佐藤貢仝村大字小川住
社傳に曰く本社は往古尾川明神と稱す 長治二年1105藤原貞信八溝山の續徒退治の時本社に祈願し速に平け従三位下野守を拜し邑を那須に賜ふ 福原に居城し大治元年1126社殿を營築す 後建久四年1193四月右大将源頼朝那須野狩の時那須太郎資光本社に祈誓す 此時尾川明神を改め温泉神社と稱す 是れより那須家崇敬社たり 社域五百五十坪平坦の地にして境内には古杉森然として繁茂し幽邃にして頗る雅致あり
   写真提供:Roku jiiさん
温泉

温泉神社

[ゆぜん神社]

那珂川町・吉田285

旧地名:那須郡・小川町大字吉田
主祭神:大己貴命・少彦名命 境内社:天満宮
古くは吉田神社と称した。資隆が湯本に祈誓した記念に改称。
吉野工業にある富士山古墳から294号線を北上してほどなく右手奥に鳥居のある森が見えてくる。未舗装の小道を入ると森北端の社殿横に到る。鳥居は森の南端に立っている。東横に権津川の清流。鳥居脇から権津川河畔に降りられる。300m下流で那珂川に合流する。
社号が分かるのは拝殿内の額のみで,大正八年1919奉納。拝殿右手の木製祠は天満宮。
例祭:10月29日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡  湯泉大明神 吉田 実相寺
本殿と額 鳥居方向
天満宮 一段高くなっている
手水石
参道
旗杭 鳥居が見える
温泉

温泉神社

[おんせん神社]

那珂川町・東戸田165

旧地名:那須郡・小川町大字東戸田字冢ノ上
主祭神:大己貴命
建久三年1192九月創建。大正三年1914に鹿嶋神社,愛宕神社を合祀。
165坪。
ステンレスの平成15年奉納の旗棹が立っていて二社見える。左は馬頭観世音,右が温泉神社。
例祭:10月29日
昭和十七年1942石燈籠
平成28年御神燈 朱塗の本殿
社殿左手 右手
背後に竹山 公民館
旧旗竿覆屋と馬頭観世音 二社見える
温泉神社の旗竿 馬頭観世音石段 馬頭観世音
二十三夜
文化六己巳天1809 嘉永六年1853
温泉

温泉神社

[おんせん神社]

那珂川町・恩田383

旧地名:那須郡・小川町大字恩田
主祭神:大己貴命
建久四年1193春創建。
当社の場合は那須太郎資光が那須湯本の温泉神社に祈誓した記念に恩田の那須一族が勧請。
間口半間奥行一間の本殿が中腹に鎮座。
例祭:10月第29日
山腹に鎮座 上り口
温泉

温泉神社

[ゆぜん神社]

那珂川町・小川3824

主祭神:大己貴命・少彦名命
旧地名:那須郡・小川町大字小川字山崎
創建旧社名等詳細不詳。藤原資隆が湯本に祈誓した記念に改称。
3824番地では探せなかったので字山崎をたよりに探索したところ薬利神社の東並びに旗竿を発見,奥に朱鳥居。那須官衙の南に当たる。
維新に際し,廃寺となり神社だけが残った。
昭和十五年1940旗杭。平成18年2006ステンレス旗竿足もとに「山崎温泉神社・氏子二十六戸」とある。石段を上ると覆屋に朱塗の本殿。間口半間奥行一間。左手に石宮二基と壊れた宮を仮再築したと思われる一基。
例祭:10月29日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 山崎 佐藤相模
中腹に本殿
本殿 卍紋
本殿左手
左手の石祠
後津川方向 両部鳥居 目印の旗竿
山崎温泉神社 昭和十五年1940旗杭 石段奥に鳥居
社殿は見えない 屋根が見えてきた
温泉

温泉神社

[ゆぜん神社]

那珂川町・浄法寺811

旧地名:那須郡・小川町大字浄法寺字新屋敷
主祭神:大己貴命・少彦名命
創建不詳ながら元慶三年879に再建と伝わる。那須貞信が祈祷所とした。那須家福原城主の崇敬を受ける。宝暦四年1754再建の際に唐沢の上田に祭田の寄附を受けたが,山崩れ,洪水によって現在は河原になっている。「宝暦四年1754甲戌歳十一月二十日御造営如法奉遷座」と書かれた棟札が保存されている。
大日堂の北にあり遠くから鳥居が見える。
拝殿額に「浄法寺 温泉神社」とある。
左手の覆屋は三連が二つ計六社祀られている。細長い札に「春日大神,大山祇命,八幡大神」「猿田彦大神,水速姫命」が確認できる。水速姫は罔象女をさすだろう。大きい神札に「安政二年1855奉造替正八幡宮一座 神主小笠原斎宮」とあり,下記の江戸期の二つの記録に同じ苗字が見える。
昭和十一年1936石燈籠。鳥居脇の参宮紀念碑は明治己酉三月とあるので明治四十二年1909建立。
例祭:10月27日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 浄法寺村 小笠原讃岐
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
正一位 湯泉大明神 浄法寺村鎮座 祭主小笠原氏ナリ
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 八巻36丁
那須郡那珂村大字淨法寺鎭座 村社 溫泉神社 祭神 大己貴命・少彦名命 祭日九月二十九日 建物本社間口四尺奥行三尺五寸 拜殿間口二間半奥行二間 末社十二社 華表一基 氏子四十二戸 社掌小笠原勝紀仝村仝大字住
本社創建詳ならすと雖も往古湯本村に鎭座せる延喜式内温泉神社を遷祀したる社にして一村の鎭守神たり 社域百八十三坪平坦の地にして前に渺々たる田圃の中に炊煙の登るを見裏には笹川の淸流鐙鞳として神域の畏こさを覺ゆ 奉仕は小笠原氏にして往昔那須家の造修せしも今は氏子の負擔に属す
境内社覆屋 神号が読める
右端に正八幡宮
遠くに鳥居 大日堂から旗竿が見える
温泉

温泉神社

[おんせん神社]

那珂川町・芳井624

旧地名:那須郡・小川町大字芳井
主祭神:大己貴命
那須家の出が三輪の神田城であった関係から現在の大田原市福原に居城した那須一族の裔福原氏は両地間を往来した。人馬の休憩地としたのが入晩里,現在の芳井であった。社伝によめと天正十八年1590にこの地に「那須総社高尾森檀山鎭守大宮」より御分霊を勧請して創建。『下野神社沿革誌』は那須湯本の式内社温泉神社としているが,高尾とあるので現在の大田原市中野内1942鎮座の大宮,郷社温泉神社からの勧請である。天平年間729~749に黒羽町大輪の高尾森に創建,大同二年807高尾森に神地を賜り,大治二年1127に高尾森の東方に須藤権守貞信が社殿を造営して遷宮,那須家が崇敬した。この後,江戸時代に入る前に高尾森東方の大宮より芳井に勧請する。その後,寛文八年1668に黒羽藩主大関信濃守増栄が現在地に新築して遷宮,那須湯本温泉神社を本宮として温泉神社と称することになる。檀山大宮が現在地なので混乱するが。寛文八年以降に芳井の社伝が書かれたか書き直されたのだろう。
ちなみに神田城は須藤権守貞信(藤原資家)の居城で天治二年1125築城と伝わり,嘉応元年1169那須与一生誕の地とされる。与一の父資隆の代から那須氏と改姓した。
与一の墓のある福原から当地まで4.4km徒歩約1時間,ここから那須与一の誕生した神田城まで6.2km約1時間15分。
本殿の西上方が削平されており,苅田城があった。
鳥居をくぐって左手にあるのは社務所としても使われるが,祭礼には山側の扉を開いて本殿を仰ぎ見る形とするので,拝殿兼幣殿である。
朱塗の本殿から,大震災の後,それまで存在の知られていなかった御神体と思われる座像が転がり出てきていて氏子を驚かせた。
旗杭の足もとに天保十一年1840の庚申供養塔と元治元年1864霜月十日の大黒天。黒字の右上に干支の甲,分かれて黒字の左上に子と珍しい刻み方。解明するまで悩まされた。甲子は干支の始めで縁起がいいからだろう。
参拝にあたっては神社下のお宅にたいそうお世話になりました。親切に案内していただうえに茶までご馳走になりありがとうございました。
例祭:10月28日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 苅田 遍明寺
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 八巻36丁
那須郡那珂村大字芳井鎭座 村社 溫泉神社 祭神 大己貴命/少彦名命 建物本社間口二尺五寸奥行二尺三寸 拜殿間口二間奥行一間二尺 末社一社 氏子二十四戸
本社は天正十八年1590九月廿九日を以て那須總社高尾森檀山鎭座大宮神社を福原庄入晩の里に奉遷す云々 入晩の里は苅田にて今の芳井なり 亦檀山は同郡湯本村溫泉神社なりと傳う 社域七百二十坪字湯泉の淸洒なる地に在り
石段上部に本殿
本殿覆屋扉 朱塗の本殿
本殿左手の斜面 右手に石宮三基
本殿右手 本殿上部 石段から拝殿
拝殿を見下ろす 山側に扉
拝殿内 権津川が見える 昭和63年1988石鳥居
社号はここだけ 天保十一年庚申供養塔
下部が埋もれた大黒天 甲子が左右に
温泉

温泉神社

[おんせん神社]

那珂川町・東戸田470

旧地名:那須郡・小川町大字東戸田字温泉久保
主祭神:大己貴命 境内社:愛宕神社(軻遇突智命)・浅間神社(木花咲耶姫命)
創立年代等不詳。75坪。石段の造営された山腹に鎮座。
東戸田は293号線の東西にまたがっている。470番地は欠番で,国土地理院地図の神社マークが那須烏山志鳥の北についていたので行って見ると511番地でお堂だった。そこから少し北上してみたところ左手奥の山裾に鳥居が見えた。道沿いの番地は281で山に入ると490-3番地になるので470の温泉神社で間違いない。
旗杭を越えて草道を行くと隠れていた鳥居が見えてくる。昭和43年1968石鳥居は参道と直角に立っていて,くぐると上に向かって石段が積んである。途中左手に天保九年1838二十三夜供養塔。
拝殿額に「温泉神社」。拝殿左右に石段があり,それぞれ境内社が祀られている。右手の玉垣に囲まれた石宮はなんと「元禄七甲戌年1694」の貴重品。
慶応二年1866石燈籠。
例祭:10月28日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 八巻37丁
那須郡那珂村大字東戸田鎭座 村社 溫泉神社 祭神 大己貴命 建物本社間口二尺六寸奥行三尺八寸 拜殿間口二間奥行三間 末社三社 氏子二十七戸
本社創立不詳 社域百三十二坪を有せり
拝殿 本殿
本殿
左手の境内社
拝殿右手 境内社石段
立派な造り 玉垣 元禄七甲戌年1694
四月吉日
丙寅九月日 慶応二年1866石燈籠
旗杭が見える 旗棹収納庫 旗杭
昭和43年1968石鳥居
石段中ほど
写真重複すみません 天保九年1838二十三夜供養塔 集落方向
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片平の熊野神社の社掌,斎藤斎宮が兼任する以下の二社が江戸時代の記録に残っているが,現在社は特定できない。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 高槻 斎藤斎宮
那須郡 湯泉大明神 後  斎藤斎宮

 

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