塩原八幡宮

[しおばらはちまんぐう]

栃木県那須塩原市中塩原11

旧地名:塩谷郡塩原町大字中塩原字御殿11
主祭神:譽田別命 配神:素盞嗚命・大山祇命・源有綱公 境内社:稲荷神社・若木神社(木花咲耶姫命)・有綱神社
下記の『下野神社沿革誌』では境内地881坪と記録されたが,『栃木県神社誌』昭和39年版では1,059.46坪,境外地9426歩と書かれている。想像しがたい広大さだ。また二本の杉の巨木の樹齢は1,000年と記録している。
『栃木県神社誌』平成18年版では1,035坪。
現在の社殿は宇都宮藩主戸田越前守によって寛政十年1798に再建されたもの。
塩原八幡宮総代会による杉の樹齢は近年の調査で推定された1,500年を解説板に記している。栃木県一の巨樹で通称逆杉。国指定天然記念物である。1,000年の根拠は有綱の植えた二株の伝承による。しかし実際に目の当たりにすると千年ではここまで育たないのではないかと思う。杉の南側は山になっており,長寿の泉が湧き出ている。日当たりはよくない。秋口からかなり冷え込む。じっくりと時間をかけて今日の威容を形成してきたのだろう。すでに500年とか800年を経ていた巨木の脇に神社を創建したと推測する。雄杉は,四畳半ほどの敷地に40mの高さまで幹がどんと聳えている,といえば伝わるだろうか。
樹齢250年の栃ノ木は残念ながら枯死してしまった。
*ゼンリンすなわちGoogleの地図に,この古社が境内社の「太郎稲荷」で掲載されているのは,なんとも情けないことだ。ネット文化はまだまだ地道に改良していかなければならない。
*『下野神社沿革誌』7巻36丁 明治三十五年1902
鹽谷郡 鹽原村 大字中鹽原鎭座 村社八幡宮 祭神 譽田別命 祭日十月六日 建物本社間口一間奥行同 拝殿間口四間奥行二間 末社五社 木鳥居一基 社務所一棟 氏子百四戸
本社創立は大同二年807なり 後治承年中1177-81鹽原八郎の再建にして當時源三位頼政の嫡男仲綱の子伊豆冠者源有綱臣渡邊某と共に遁れ鹽原八郎家忠に依り潜居す 有綱武運の拙なきを患ひ本社に武運回復を祈り杉二株を献納す 後文治五年1189中鎌倉兵と戰ひ遂に戰死すと雖も二株の杉は今尚存して周圍共に四十尺に過き枝は垂れて地を掠めんとし其幾百年を經たるを知らす俗に逆杉と稱す 後承應三年1654奥平美作守崇敬して本社を再建す 爾来中上鹽原村の鎭守神たり 社域八百八十一坪頗る高燥の地にして石磴九十階を登れは境内には古樹若杉森々として晝尚暗く本社の前には石の燈籠及ひ神池ありて其水清く澄み四方の山容秀麗にして東には箒川の清流を控ひ實に山水明美の地なり

本殿 夫婦杉とも呼ばれる
拝殿内 正一位正八幡宮
本殿 本殿解説
境内案内
大栃の切株 太郎稲荷神社
太郎稲荷・昭和九甲戌年1934
塩原八幡宮縁起 有綱神社
一夜竹 神水方向 遷座改修社殿全景の図
若水の滝 若水神社
滝の上方に石像 とちぎ名木百選・逆杉看板
粟島神社

粟島神社

[あわしま神社]

栃木県那須塩原市上塩原1018

上記八幡宮の東,400号線沿いの橋のたもとに鎮座。平成14年2002石鳥居。栃木県には「粟島神社」は他に見当たらない。ここ以外に唯一分かっているのは宮小来川の黒川神社の境内社のみ。米子の粟嶋神社の祭神は少彦名命。関東では千葉県白井市に鎮座している。詳細不詳。

 

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