春日

春日神社

[かすが神社]

日光市・土沢775

主祭神:天津兒屋根命
旧地名:今市市土沢/上都賀郡今市町大字土沢
弘仁元年810土沢に定着した福田雄深が故郷奈良の春日神社より御分霊を勧請して創建。年間6回の庚申祭が行われる。
延享三丙寅年1746石燈籠。明治七年1874石燈籠に春日大神の文字。
JR日光線今市駅の手前の線路沿いに鎮座。かつては境内地とは別に地続きで広大な杉の森が南に広がっていたが,2016年に鳥居の手前まできれいさっぱり伐採されてしまった。16/6月現在はまだ切株と枝が大量に残っている。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 春日大明神 土沢 福田儀右衛門
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 3巻-11丁
上都賀郡今市町大字土澤鎭座 村社 春日神社 祭神 天津兒屋根命 祭日陰暦九月十九日 建物本社間口五尺奥行五尺栃葺 雨覆一棟 石鳥居一基 木鳥居一基 寶物太刀一口 氏子五十戸 社掌福田衛身同町大字同三十三番地住
本社創建は弘仁元年810にして福田雄深の勸請なり 福田雄深は大和國奈良の人にて諸国を徧歴し本地に來りて土着し故に奈良の春日神社を遷座して本村の鎭守と斎き祀りて累世大神に奉仕すと 社域一千二百坪高燥の地にして神寂ひて雅致あり
延享三年1746
本殿
本殿裏手 本殿
神殿狛犬
口に朱 本殿右手
春日大神
参道の石敷
鳥居から 線路を背にして
鳥居右手 まだ枝が残っている 伐採された
磐裂神社

磐裂神社

[いわさく神社]

日光市・吉沢349 きちさわ

主祭神:磐裂神 境内社:三宝大神,荒神神社,大日様,水神様,八坂神社,石尊神社,稲荷大神,庚申様,大杉様,愛宕様,疱瘡大神
旧地名:今市市・吉沢/上都賀郡今市町大字吉沢字宮の台南
大同四年809二月二日創建,天保八年1837九月十九日再建。
このあたりは昭和24年1949の今市大地震で被災したので他の神社と同様,昭和二十八年1953「震災復旧記念碑」が建てられている。「昭和24年1949十二月二十六日午前八時突如宣働と共に激震起り大震災に逢ひ水路の破壊農地の亀裂道路の被害甚大なり…」
拝殿内の奉納額には「磐裂神社神社/荒神神社」と併記されている。「三宝大荒神」は江戸末まで字高谷東に大己貴命を祀って鎮座したが,明治初年に当社に合祀された。御祭神とともに移遷してきた鳥居脇の「天保十二年1841辛丑」石燈籠には「奉献・三寶大荒神」と刻まれている。境内社の記録では三宝大神,荒神神社のふたつに分けられた。
文政三庚辰年1820石鳥居。明治貳拾卯年1887石燈籠。明治貳拾四年1891手水石。明治四十年1907狛犬。
本殿左手に境内社三基,中央が連社なので四社祀られている。その左に文化二年1805の石燈籠付きで座像が二仏。
手前に明治七年1874,明治十四年1881寄附芳名碑。
境内外れに文化八辛未年1811,大正九年1920,昭和五十五年1980庚申塔など五基。
例祭:11月28日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 三宝大荒神 吉沢 吉沢主膳
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 3巻-12丁
上都賀郡今市町大字大字吉沢 鎭座 村社 磐裂神社 祭神 磐裂神 建物本社間口二尺七寸奥行二尺一寸 末社三社 氏子三十戸 本社は大同四年809二月十二日にして后天保八年1837九月十九日再建す 社域百三十二坪字宮の臺に在りて往古より一村の鎭守にして明治十年1877三月三十日村社に列せらる
天保十二年1841 奉献・三寶大荒神 文政三年1820石燈籠
文政三年1820 明治四十年1907狛犬
拝殿
磐裂神社/荒神神社額 本殿 本殿右手
本殿裏手 境内社覆屋 境内社
二仏祀られている
石燈籠つき 寄附芳名が刻まれている
明治二十四年1891手水石 震災復旧記念碑
石塔多数 庚申塔など
磐裂神社

磐裂神社

[いわさく神社]

日光市・室瀬258

主祭神:磐裂神 境内社:稲荷神社ほか5社
旧地名:今市市・室瀬/上都賀郡今市町大字室瀬
一の鳥居は木製で,脇に磐の字が特徴的な昭和三年1928社号標。天保十三年1842二の鳥居。大正十一年1922手水石。
拝殿前の「嘉永六癸丑年1853」石燈籠に「星宮御寶前」と刻まれている。江戸時代には星宮大明神と称し,維新に際して磐裂神社と改称した。
本殿には豪快な浮彫りが施されている。保護金網の目が小さめなので写真はその点ご勘弁を。
創建等くわしいことは分からない。
このあたりは昭和24年1949の今市大地震で被災したので鳥居も金輪で補修されている。山の麓に昭和二十六年1951「震災復旧記念碑」
祭日:11月22日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 星宮大明神 室瀬 吉原将監
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 3巻-12丁
上都賀郡今市町大字室瀬鎭座 村社 磐裂神社 祭神 磐裂神 建物本社間口四尺奥行三尺五寸 末社一社 氏子二十八戸 本社創立不詳 字南山の高燥の地に在りて社域四百九十三坪を有す
木製一の鳥居 一の鳥居額
社号標 社務所
二の鳥居 天保十三年1842
大正十一年1922手水石
拝殿内に磐裂神社額 本殿
本殿彫刻
みごとな彫刻
 
星宮御寶前 嘉永六年1853 右手の境内社
水神宮 かつては杉に囲まれていた
紫陽花が多い 鎮座の山 震災復旧記念碑
熊野神社

熊野神社

[くまの神社]

日光市・千本木149

主祭神:伊邪那岐命
旧地名:今市市・千本木/上都賀郡今市町大字千本木
創立年は分からないが,県内ではめずらしい元禄の石燈籠が残っている。
二の鳥居は読みにくいが文化壬申歳1812か(推定年代で未確定)。
拜殿手前に「元禄四年1691」の貴重な石燈籠。
本殿右手に「稲荷神社」,享和二壬戌歳1802,文化三年1806石燈籠。
千本木は二宮尊徳の仕法が実施された地であるところから二宮金次郎石像が建てられている。
手前に「天保八丁酉1837」石燈籠。他に,大正十三年1924石燈籠。
『下野神社沿革誌』に記録されていながら見つからなかった下の内の八幡宮が境内社として祀られていた。熊野神社に実際に来て判明したことで,こうした経験は謎解きのようでうれしくなる。八幡宮石宮は享保三年1718の年代物。八幡宮前に天明六丙午年1786石燈籠。
ほかの境内社も村内山中に鎮座していたものを合祀した。解説板が立てられているのはありがたい。
例祭:11月23日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 王子宮 千本木 吉原杢大夫
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 3巻-12丁
上都賀郡今市町大字千本木鎭座 村社 熊野神社 祭神 伊弉諾命 建物本社間口一間一尺奥行一間五尺 氏子三十一戸 本社創立不詳 社域二百二十七坪を有し字森に在り 境内森々繁茂し幽静に富むの境なり
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 3巻-12丁
上都賀郡今市町大字下之内鎭座 村社 八幡宮 祭神 譽田別命 建物本社間口一尺二寸奥行一尺五寸雨覆一棟 氏子七戸 本社は万治二年1659の創立にして享保三年1718八月十五日本社再築す 社域九十九坪字前山に在り
一の鳥居 参道
二本の巨木の先に本殿
二の鳥居 読みにくいが
本殿
脇障子にも彫物 熊野神社額
ガラス越しに本殿 元禄四年1691の貴重品
元禄の文字 二宮金次郎像
狛犬
境内社鳥居 右は本殿 それぞれ解説板つき
八幡宮
天明六年1786 大日如来
浅間神社
愛宕神社 稲荷神社
享和二年1802石燈籠 文化三年1806
天保八年1837 手水石
両大神社

両大神社

[りょうだい神社]

日光市・平ヶ崎439

主祭神:伊弉諾命・伊弉冊命 境内社:琴平神社
旧地名:今市市・平ヶ崎/上都賀郡今市町大字平ヶ崎
境内からJR今市駅を中心とした町並を見下ろす山頂に鎮座。車で社殿真下まで登れるが,「貞享三丙寅年1686」一の鳥居から登って見た。かなりの急坂に丸太の階段が付けられているが,段差があるので息を切らして休み休み上ることになった。二の鳥居が見えてくるあたりの右手に勤続の剣を手にした金鋼様。火炎に着色の跡。覆屋前に手水石も置いてある。車で登ってしまうとこの神像は見られないだろう。
「享保十天1725」二の鳥居脇に「御兩宮大明神」と彫られた寛政四年1792石燈籠。「嘉永六癸丑年1853」狛犬。昭和五十七年1982「両大神社合祀六拾周年記念」の手水石。つまり大正十年1921に琴平神社を合祀して両大神社が成立し,あと5年で百周年になる。琴平神社と合わせて両というわけではなく,明治中ころには伊弉諾命・伊弉冊命両大神を祀る両大神宮と称しており,慶長1596~1615初期から平ヶ崎丸樋に鎮座していた。
登り口の石鳥居は「貞享三年1686」の貴重品である。拝殿前の石燈籠は「宝暦二壬申年1752」
拝殿に大正十年1921社殿新築記念額。
例祭:5月3日
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 3巻-12丁
上都賀郡今市町大字平ヶ崎鎭座 村社 兩太神宮 祭神 伊弉諾命・伊弉冊命 建物本社間口一間五寸奥行一間二尺五寸 末社二社 氏子三十六戸 本社創建不詳 社域五百五十一坪字丸樋に在り
登り口 貴重な貞享の一の鳥居 貞享三丙寅年1686
二の鳥居が見えてくる 嘉永六年1853狛犬
享保十天1725二の鳥居
御兩宮大明神 手水舎 両大神社合祀60周年記念
宝暦の石燈籠 宝暦二壬申年1752
本殿
今市を見下ろす
二の鳥居
琴平神社
両大神社の左手奥にあるのは境内社の「琴平神社」で,石燈籠に「宝暦二壬申天1752」。奉納年は両大神社前の石燈籠と同じ。昭和九年1934額に「琴平山神社」。右手に木製祠が二基祀られている。
大正初年1912頃に千本木村と下ノ内村が合併した際に,琴平神社を平ヶ崎村が譲り受けて上の山に遷宮したものである。下の内は地名として残っているが,行政区は千本木に含まれる。なお下の内に鎮座した八幡宮が『下野神社沿革誌』に記録されているが,現在は千本木の熊野神社境内社になっている。
左手奥に琴平神社 琴平神社
宝暦の石燈籠 宝暦二壬申天1752
手水石 琴平山神社 本殿
着色されている 境内社
左上に両大神社 斜面に石祠 琴平神社
庚申塔
■境内から駐車場の方に下りて左手に庚申塔が保存されている。
木の間を下りて左に庚申塔 昭和55年1980(庚申)
東原中生徒会に注目
元文五庚申天1740 登り口 両大神社参道標識
鳥居左手に二十三夜塔 最初の石敷
一の鳥居を見下ろす 階段途中 金剛力士
朱色の跡 手水石も 昭和二年1927植樹献木記念碑

 

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