山口

瀧尾神社

[たきのお神社]

日光市山口

主祭神:田心姫命 配神:大山祇命・市杵島姫命
旧地名:今市市大澤/河内郡大澤村大字山口字淺間山
昼なお暗き森林に鎮座。本殿は明治期の造営。平成15年拝殿と幣殿を新築。
旧今市市には瀧尾神社は計7社鎮座する。呼び方は小林が[たきお]で他は[たきのお]である。ここ山口では『栃木県神社誌』昭和39年版で主祭神は「大己貴命」で記録されたが,平成18年版から他の瀧尾神社に合わせて「田心姫命」に変更された。もっとも『下野神社沿革誌』では田心姫命なので『栃木県神社誌』旧版の誤記かもしれない。
明治三十九年1906石鳥居。狛犬と昭和六十年石燈籠が一対ずつあって,二の鳥居は平成二十六年。石段途中に石燈籠3対,ひとつは文政十年1827奉納。拝殿右手に寛政十年1798,天だけ読める石燈火+婁など四基,あと一基は台座が残っている。明治四年1871 例祭:11月23日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 正一位 滝尾大権現 (空白)
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻5-29丁
河内郡大澤村大字山口字淺間山鎭座 村社 瀧尾神社 祭神 田心姫命 建物本社間口四尺八寸奥行一間七尺 末社四社 石燈籠十基 華表一基 氏子二十戸 本社創立年月詳ならす社域八百八十三坪を有す
本殿 由緒
寛政十年1798 天だけ読める 石段途中に6基
古い手水石
一の鳥居手前
森友

瀧尾神社

[たきのお神社]

日光市森友995

主祭神:田心姫命 配神:大己貴命・味耜高彦根命・軻遇突智命 境内社:稲荷神社・八坂神社・琴平神社・根本神社
旧地名:今市市大澤/河内郡大澤村大字森友
建長四年1252森脇872の腰かけの地に祠を建てて田心姫命を奉祭したことに始まる。夫の大己貴命と子の味耜高彦根命を相殿神とした。昭和期に廃社となった愛宕神社の軻遇突智命を相殿神として合祀した。
大正十五年1926狛犬。推定大正十二年の石鳥居。手水舎脇に「宝永四丁亥年1707」石燈籠。
昭和六十一年1986の幣殿,石造物,社務所改修改築記念碑に創建から遷宮に至る経緯が刻まれている。大正五年1916現在地に遷宮。翌六年拝殿新築。
詳細は[公式ホームページ]を。
例祭:12月15日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
河内郡  滝尾大権現 今市 菊池玄蕃
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻5-29丁
河内郡大澤村大字森友鎭座 村社 瀧尾神社 祭神 田心姫命 建物本社間口一間二尺奥行一間三尺 末社五社 氏子四十八戸 本社創立年月不詳社域一千九十五坪境内森々として古杉檜繁茂し幽邃にして掬すへし
由緒
手水舎 宝永四年1707
大注連縄
三春の瀧桜 腰掛石へ
腰掛石
今市

瀧尾神社

[たきのお神社]

日光市今市531

主祭神:大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命 境内社:皇大神宮・八幡宮・琴平宮・八坂神社・稲荷神社・雷電神社・市神神社
旧地名:今市市春日町/上都賀郡今市町大字今市
JR今市駅,東部線上今市駅周辺ではいちばん立派な神社で旧郷社。見応えのあるものがたくさんあって日が暮れかかる。承応三年1654五重石塔,鐵燈籠など漏れが多数ありそうなのでもういちど行ってみたい。とりあえずご報告。
創建不詳ながら勝道上人が男体山頂に二荒神を祀った頃の創建らしい。寛正元年1460改築。宝暦1751~64の大火で社殿宝物古記録すべて焼失。その後戊辰戦争で文化を解しない悪逆無道の輩の所業で社殿等すべて焼失。明治十年1877改築するも同十五年に拜殿類焼の憂き目を見る。現行の社殿は明治二十四年1891造営のもの。
日光街道杉並木沿いに鎮座。明治四十二年1909社号標。玉垣を入ると天保七年1836狛犬。本格的な木製一の鳥居をくぐって二番目の狛犬は大正二年1913。左手の稲荷神社に小ぶりの狛犬。右手の朱色木製祠は「市神神社」で側面にレリーフ。昭和二年1927石燈籠。
「叶願橋」で小川を渡ると大正八年1919石燈籠。右手に社務所。二の鳥居前に大正十年1921石燈籠。くぐると三番目の狛犬。となりの大きめ石燈籠は「承應二癸巳年1653」の貴重品。ほかに明治十四年1881,二十二年1889の石燈籠。昭和十九年1944天水鉢。
二の鳥居 天保七年1836狛犬
天保七年1836狛犬 市神神社
大正二年1913狛犬
稲荷神社狛犬 叶願橋
叶願橋 社務所
手水舎 貴重な燈籠 承応二癸巳年1653
二の鳥居脇の狛犬
拝殿額
本殿
■明神鳥居解説板に推定400-500年前とあるが1500年代の鳥居はまだ見たことがない。祿と巳が思い込みで見えたのでなければ元禄二年己巳1689の可能性がある。その左に「十」などが読めるので赤外線撮影でまだ読めるかもしれない。解説板の三の鳥居は異例だが本殿左手の境内社の鳥居をさすのだろう。
二の鳥居 一の鳥居額
木製一の鳥居柱 二の鳥居額
二の鳥居 二の鳥居柱
■本殿右手の玉垣にはなかなかお目にかかれない萱葺の皇大神宮が祀られている。「文政二龍次1819」石燈籠に「天照皇大神宮」の文字。玉垣右手に宝暦貳壬申1752「二荒山神社」,明治十年1877「富士山」
■境内右手の神庫となり,日光街道を背にした明治廿九年1896石鳥居には明治七年1874奉納の「聖徳太子」が祀られている。大正十四年1925狛犬。石燈籠一対。明治四十年1907勝善神ともう一基。聖徳太子碑鳥居修繕と鳥居玉垣建設寄附人名が刻んである石碑計二基。
文政二龍次 天照皇大神宮
風格がある
皇大神宮右手 宝暦貳壬申
聖徳太子鳥居
旧額に聖徳皇太子
元祖ドラエモン ぼけた
勝善神 鳥居玉垣建設寄附人名碑 明治四十二年1909山林記念碑
■本殿左手に「安政三丙辰年1856」石鳥居があり,手前に市重要文化財指定の立看板。鳥居は正面からだと枝葉に遮られているので背面から撮影。奥には石段付きで石宮が祀られている。その左手の玉垣前に「万延元年1860」石燈籠。朱色の木製祠には右から「正八幡宮,宇佐八幡宮」,「八坂神社,琴平神社」,「雷電神社,菅原神社」,「稲荷神社」,となりの石宮は天保十五年1844。
背後の森に大正三年1914明治天皇御製歌碑。
本殿左手
安政三丙辰年1856鳥居柱 玉垣内の境内社
万延元年1860
左端
明治天皇御製歌碑
神庫 神輿庫
駐車場に水準点 やくめい水
『栃木県神社誌』昭和39年版につぎのような記録が載っている。
琵琶ケ池に立ち寄って水を飲んだ姫さまが,かんざしを池に落としてしまったところから境内林を笄[こうがい]の森と呼ぶようになったという。姫さまとは田心姫命をさすのだろう。
例祭:4月13-15日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡  正一位 滝尾大権現
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻3-11丁
上都賀郡今市町 大字今市字琵琶窪鎭座 郷社 瀧尾神社 祭神 田心姫命 建物本社間口一間二尺奥行一間一尺 拜殿間口三間半奥行二間半 幣殿間口二間奥行一間半 各屋根銅葺 石華表一基 基鳥居一基 末社七社 石燈籠一基承応三年1654九月安西長兵衛奉納 鐵燈籠一基天保四年1833五月安西六右衛門奉納 五重石塔承応三年1654六月矢野五郎右衛門奉納 氏子三百八十三戸 社司田中勝 社掌田中三千松同町住
本社創立年月遼遠にして詳ならす 戊辰の兵燹に罹り本社拜殿建物等悉く烏有に歸す 而るに氏子及ひ神職の盡力により今の宮殿に改築せり 噫隆んなりと云ふへし 社域一千四百九十坪兵站の地に在り 境内には古松槇及ひ梅櫻枝を交ひ花時には滿地雪に埋るゝが如く眺矚絶奇なり
倉ケ崎

瀧尾神社

[たきのお神社]

日光市倉ヶ崎832

主祭神:田心姫命 境内社:稲荷神社・熊野神社(素盞嗚命)
天承1131~32年間,大門資長築城の際に創建されたと伝わる。天保九年1838再建。
明治三十七年1904石燈籠。階段右手の丸石は天保十四卯年1843「熊野山」。そのうしろに明治四十四年1911大雄山/四十五年1912參拝とふたつの年号が刻まれた「天照皇大神宮/春日神社/嚴島神社」,左手に「熊野三社□」
本殿手前に文政六未年1823石燈籠。
照り亥は平成11年1999に新調され,旧鳥居が本殿真裏に埋められた。「旧鳥居埋納之地」石標が建てられている。
本殿右手の石鳥居に稲荷神社。
道が違ったようで森の奥に鳥居は見えるが入口が分からない。しかたがないので森に入って進むと沢に遮られてしまった。幸い苔むした杉の倒木が橋の代わりになったので,よたよたと渡ると境内に。
すぐ北に愛宕神社があるので農作業中の方にお尋ねすると,山の上にあるからたいへんだよ,とのことで断念。
例祭:11月23日
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻5-27丁
河内郡豊岡村大字倉ヶ崎鎭座 村社 瀧尾神社 祭神 田心姫命 建物本社間口四尺奥行七尺 氏子四十戸
本社創立詳ならす 社域八十四坪あり
明治三十七年1904石燈籠
天保十四年1843熊野山 天照皇大神宮/春日神社/嚴島神社 熊野三社
文政六年1823石燈籠
本殿
 
木羽葺 本殿屋根
左手の狛犬 右手に稲荷神社 稲荷大明神額
稲荷神社本殿
旧鳥居埋納之地
鳥居跡?
 
木の間隠れに鳥居 沢を渡る 向こうの山に愛宕神社

 

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