水神宮

[すいじんぐう]

野木町友沼2830

思川右岸には水神宮が3社鎮座。すぐ北隣りの小山市楢木(水速売命)と生良にも水神社(水速姫命・水速女命)が鎮座する。少し北上すると小山市塩沢(水速玉命)と左岸の粟宮にも水神社。渡良瀬川に合流する手前の思川下流に水神社が7社見つかる。思川は稲作の水源として欠かせないが,氾濫にも悩まされた。2002年にもこの一級河川の氾濫で橋が流されている。水神を祀る切実な事情があったのである。
祭神は『日本書紀』では「罔象女神[みつはのめのかみ]」「闇罔象[くらみつは],『古事記』では「弥都波能売神[みつはのめのかみ]」「闇御津羽神[くらみつはのかみ]で表記される[みつは]が原形の水神で,思川下流では「水速女命[みずはやのめのみこと]」「水速姫命[みずはやひめのみこと]」「水速玉命[みずはやたまのみこと]」「水速売命」と表記されている。友沼の3社は記録した文献が見つからず祭神表記不明。
都賀町家中では「水波能売命」,岩舟町和泉,那須塩原市鍋掛では記の「弥都波能売命」の表記。さくら市押上,真岡市中は「水速女命」,西方町本城は紀の「罔象女神」,佐野市多田の丸嶽山神社境内社では「水波之女命」。県外では水速男命と表記するところもある。
拝殿内に「新築記念の誌」板書が掲げられており,天和年間1681-84下影の水難守護の産(土)神として創建と書かれている。大正二年1913現在地に遷座,昭和三十六年1961新築造営。昭和五十四年1979改築。
拝殿内の嘉永三年1850の奉納板絵は,消えかけているが俵藤太が弓を射ている図柄。
鳥居脇に昭和三十七年の「水神宮」社号標。昭和十年狛犬。左手の台座に鎮座する石宮の左下石柱に「磐長媛」の文字。右下に「食行霊神・角?行霊神」(明治十四年1881)の文字が刻んである。左手に庚申塔など三基。
右手に稲荷神社。
2012年石鳥居左手に下影公民館。目の前に思川堤防。
右手に思川堤防
神輿と本殿 新築記念の誌 大旗新調記念
俵藤太の板絵 水神宮御供米田奉納記念
享和二年1802手水石 磐長媛 X行霊神
石祠の手前
左手 右手の稲荷神社 すばらしい造形
右手:思川堤防 中央の雲の下に鎮座
水神宮

水神宮

[すいじんぐう]

野木町友沼2141

昭和七年1932狛犬台座に「間々田町乙女・石工横塚某」
拝殿右手に「文化二乙丑年1805庚申塔」
平成二十四年石鳥居の脇に「寛政十年1798普門品供養」「文化二年1805十九夜供養塔」「文政十一年1828十九夜」など多数の石塔が集められている。その脇に「天保七丙申年1836石燈籠」。東隣りにお堂。
本殿 水神宮額
拝殿右手 鳥居方向 多数の石塔
天保七年1836
お堂 お堂内
水神宮

水神宮

[すいじんぐう]

野木町友沼1793

鳥居をくぐると延宝八庚申年1680青面金剛・正徳三癸巳年1713青面金剛・明治三十三年1900二十三夜塔が立っている。1680年造立は県内では古い方。左に直角に曲がると左右に石祠があって社殿。
旗杭を左に見て直進するとお隣りの八雲神社に出る。
中央:延宝八年1680
八雲神社

八雲神社

[やくも神社]

野木町友沼1831

主祭神:素盞嗚尊
思川の堤防が見える。上記水神社の東隣り。大正十二年1923「八雲神社由縁之碑」が右手にあり,東京下今井の八雲神社御分霊を勧請して明治七年1874に創建された新しい神社であることが分かる。新築記念碑は昭和三十八年1963。
境内に角神田部落公民館。旗杭手前の梅の木の下に元文二己巳年1737十月十九夜・文化三丙寅1806十九夜
真裏に水神宮
八雲神社由縁之碑 新築記念碑 角新田公民館
思川堤防が見える 元文二年1737十九夜

 

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