春日神社

[かすが神社]

栃木県下野市・下文狭239

旧地名:河内郡薬師寺村大字下文狭
祭神:天児屋根命 配神:磐裂命・根裂命 境内社:天満宮・琴平神社・八坂神社
建久年間1190~99八幡宮の摂社として創建。昭和43年1968改築。
拝殿右手に文化二年1805二十三夜など4基。神輿庫右手に石祠7基。本殿左手のトタン屋根覆屋に石宮。
下文挟コミュニティセンター右手に,たぶん生馬神(明治十二年1879)
例祭:11月1日
*『下野神社沿革誌』巻5-45丁(明治三十五年1902)
河内郡 薬師寺村大字下文狭鎭座 村社 春日神社 祭神 天兒屋根命
建物本社間口二間奥行二間 拜殿間口三間奥行二間 末社二社 石燈籠一基 氏子十六戸 本社創建年月詳かならす 社域四百一坪平地に在り
拝殿内 神輿庫
神輿
本殿左手
  生馬神
両部鳥居
八龍神社

八龍神社

[はちりゅう神社]

下野市田中152

主祭神[豊玉姫命]

旧地名:河内郡南河内村大字田中
主祭神:豊玉姫命
4号線薬師寺交差点を310号に入って東に900m,田川の西500mの田園地帯に鎮座。
田川の水害除けに八龍大神を奉祭。建保年間1213-19に八幡宮の摂社として鎮座した記録がある。
2月15日に日天月天の幣束と掛軸を掛け,天祭を行う。
龍神様を祀るため,海川で獲れるものは献上しないという。
社殿手前に「享保十三戊申十一月吉日・田中村同行廿三人」1728不動明王。
「二十三夜塔・天保四」1833
神社北側に「十九夜供養・寛政四壬子」1792
「天保三壬辰」1832
「庚申供養・享保三癸亥」1743など。
---------ここは高龗神とは無関係。本殿流造トタン葺 拝殿流造トタン葺 例祭:11月25日
鷲宮

鷲宮神社

[わしのみや神社]

栃木県下野市・東根604

旧地名:河内郡南河内村大字東根
祭神:天日鷲命・武夷鳥命 境内社:千勝神社・稲荷神社・熊野神社・大己貴神社・阿波神社・諏訪神社
建久三年1192創建とされる。慶安二年1649本殿再建の棟木,明和二年1765の神輿が残っている。『鹿沼聞書・下野神名帳』『下野神社沿革誌』にも記載されているが,『栃木県神社誌』には載っていない。不思議に思っていたが,境内の平成19年2007改築整備記念碑に理由が刻まれていた。維新の神仏分離の混乱期に登録漏れしたことによる。
昭和27年1952に社殿を改築している。
江戸期には鷲宮大権現,明治期には鷲神社と称したが,現在は鷲宮神社あるいは野を入れて鷲野宮神社と称する。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
河内郡 鷲宮大権現 仁良川 安養寺 <500m東は仁良川
*『下野神社沿革誌』巻5-47丁(明治三十五年1902)
河内郡 吉田村 大字東根鎭座 村社 鷲神社 祭神 天日鷲命 建夷鳥命
建物本社間口一間奥行一間四尺 拜殿間口三間半奥行二間 末社六社 氏子三十二戸 本社は字鷲宮に在り 社域六百二十八坪民有第二種に在り
野つき
由緒が刻まれている 野なし
  裏手に境内社
 
  付近の田に石祠 付近のお宅の氏神社
愛宕神社

愛宕神社

[あたご神社]

栃木県下野市・仁良川1311

旧地名:河内郡南河内村大字仁良川
祭神:迦具土命 境内社:白山神社
延喜年間901~923の創立。嘉永四年1851再建。昭和二年1927拝殿改築。昭和63年1988社殿改築。
朱色の燈籠が参道にずらりと並ぶ。神楽殿も立派。本殿は石の玉垣に囲まれている。
一の鳥居の前に八坂神社・大杉神社・大日如来。
例祭:11月10日・太々神楽 阿波神社の大杉祭:2月17日
*『下野神社沿革誌』巻5-45丁(明治三十六年1903)
河内郡薬師寺村大字仁良川鎭座 村社 愛宕神社 祭神 火產靈命
建物本社間口二間半奥行二間 末社二社 氏子百七戸
本社創立不詳 社域千百六十三坪を有し字結城街道に在り
多数の燈籠 二の鳥居額
手水舎
拝殿
大きな神楽殿
 
社殿左手
  社号標に由来
八坂神社・大杉神社 手前:大日如来
神輿 愛宕神社鳥居
星宮

星宮神社

[ほしのみや神社]

栃木県下野市・下坪山1458

旧地名:河内郡南河内村大字・下坪山
祭神:磐筒男命・磐筒女命 境内社:稲荷神社・阿波神社・愛宕神社・厳島神社
建久年間1190~99に社殿造営。
多数の石燈籠が並ぶ。かつては石鳥居の手前に大きな木製明神鳥居が立っていた。大震災復興記念碑が建てられている。
鳥居から真東に遠く離れたところに旗杭,すぐ横の台坪山公民館に神輿庫。
例祭:11月15日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
河内郡  星宮大明神 坪山 村民
*『下野神社沿革誌』巻5-47丁(明治三十六年1903)
河内郡吉田村大字下坪山鎭座 村社 星宮神社 祭神 磐裂命 根裂命
建物本社間口二間奥行一間半 拜殿間口二間奥行二間 氏子四十五戸 本社は字星宮に在りて社域一千百八十坪平坦の地に鎭座す
 
 
五基
  明治三十八年1905?
旗杭 旗杭前の石燈籠 神輿庫
八坂

八坂神社・大杉神社

[やさか・おおすぎ神社]

栃木県下野市・仁良川1435

旧地名:河内郡南河内村大字仁良川
享保十四己酉歳1729の宝篋印塔の後ろに八坂神社・大杉神社がありその奥に薬師堂。塔には仁良川は韮川の文字で刻まれている。
愛宕神社入口にもあり。
例祭:月日
白壁が八坂神社
薬師堂 薬師堂左手
宝篋印塔
  道路沿いに石塔覆屋
日光三神社

日光三神社

[にっこうさん神社]

栃木県下野市・上坪山842

旧地名:河内郡南河内村大字石橋字白山
祭神:大己貴命・味耜高彦根命・田心姫命 境内社:愛宕神社・阿波神社・須賀神社・水神社 境外社:稲荷神社
建久年間1190~99日光二荒山神社の御分霊を勧請して創建。安政五年1858に火災で焼失。明治十五年1882にも消失しその後再建。平成7年1995大規模に改築整備。
かつては1257坪の広大な境内に杉が林立し馬場もあった。
『鹿沼聞書・下野神名帳』に記録された別当東福寺が現在も残っており,その隣りに鎮座する。東福寺は慶長八年1603京都醍醐寺の文書に下野権現で記録されていた。
享保五庚子歳1720手水石。弘化二年1845石燈籠。
例祭:11月15日 武田待ち
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
河内郡  日光三社大権現 上坪山 東福寺
*『下野神社沿革誌』巻5-47丁(明治三十六年1903)
河内郡吉田村大字上坪山鎭座 村社 日光三神社 祭神 大己貴命 田心姫命 味耜高彦根命
建物本社間口三間一尺奥行一間半 末社六社 氏子三十八戸
本社創立年月詳ならす 社域一千二百五十七坪を有す
日光三神社額
拝殿上部の由来書 日光三神社額
本殿
享保五庚子歳1720手水石 弘化二年1845石燈籠
日光三神社左手から 参道入口
東福寺から見た稲荷神社
[境外社]坪塚稲荷神社
日光山神社の裏手の坪塚古墳頂上に鎭座。隣りは東福寺。
旗竿と石鳥居
古墳頂上に
  正一位坪塚稲荷神社
  巨大なコブ
日光三神社が見える 東福寺から
東福寺 東福寺境内吉田西小発祥の地碑
八幡宮

八幡神社

[はちまん神社]

栃木県下野市・絹坂233

旧地名:河内郡南河内村大字絹坂
祭神:譽田別命
建久1190~99創建か。昭和57年1982社殿改築,造営記念碑が建っている。
天保六年1835奉納八幡宮石塔。
本殿左手裏の覆屋に境内社三社。
一の鳥居手前に千勝神社。その手前の覆屋に寛政寅天1794,天保五午年1834,明治三十一年1898十九夜など五基。その右手に金鋼?像など4基。
例祭:9月最終日曜日 八坂祭:7月中旬
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
河内郡  正八幡宮 緒板 成願寺 <緒板は絹坂だろう
*『下野神社沿革誌』巻5-47丁(明治三十五年1902)
河内郡 吉田村大字絹坂鎭座 村社 八幡山神社 祭神不詳
建物本社間口二間奥行三間 末社一社 拜殿間口二間奥行三間 氏子二十四戸
本社創立年月詳ならす 殊に祭神の如きも譽田別命なりとか古老の口碑にあるも詳かならす 社域七百四十二坪を有し淸洒の地に在り

ここから西の花田には下記『下野神社沿革誌』記載の八幡宮があったが今はない。花田ではここ絹坂の八幡神社を鎭守に変えて奉祭している。
*『下野神社沿革誌』巻5-47丁(明治三十五年1902)
河内郡 吉田村大字花田鎭座 村社 八幡宮 祭神 譽田別命
建物本社間口二間奥行二間 華表一基 氏子七戸 社掌上野喜重
本社創立年月詳ならす 社域二百二十四坪を有す
一の鳥居 二の鳥居
大きな本殿が見える 天保六年1835
昭和57年1982造営記念碑 境内社覆屋
二の鳥居 社務所
千勝神社 千勝神社
千勝宮 本殿 十九夜五基と石塔

 

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