白鬚神社

[しらひげ神社]

栃木県塩谷郡高根沢町宝積寺88[字五十蒔]

旧地名:塩谷郡・高根沢町大字宝積寺
主祭神:猿田彦命 配神:表筒男命・中筒男命・底筒男命 境内社:稲荷神社・八坂神社・大杉神社・琴平神社 合祀:愛宕神社・羽黒神社
4号線でさくら市に向かって新鬼怒川橋を渡るとすぐに左手に鮮かな朱色の鳥居が見える。河川運行の守護神として鬼怒川左岸に鎮座。正和二年1313創建。何度も鬼怒川の洪水で流失したため寛文十三年1673現在地に仮殿を建てて遷宮,元禄五年1692に本殿を新築した。
拝殿内に「白鬚神社移転改築竣工記念」額が架けてある。国道四号線拡幅に伴い,平成13年に本殿・拝殿・工作物の移転改築を行い,社務所を新築した旨が書かれている。朱色両部鳥居は改築,御影石鳥居は新築された。
右手に「白鬚神社雅楽」額。 下阿久津村鎮守として正和二年1313創建。宝積寺は江戸期には阿久津村の大字だったが,昭和33年1958から高根沢町の大字。
大正三年1914社号標のヒゲの字は須の鬚。拝殿内の文字も同じなので,友の髪の『角川地名大辞典』は筆記ミスか植字ミス。
ケヤキの大木が2本あり,元禄五年1692に本社を再建した際に植樹された拝殿前の御神木は2016年現在樹齢325年ほどになる。
例祭:10月最終日曜日 天王祭:7月20日過ぎの日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
塩谷郡 白鬚大明神 宝積寺 神宮寺
*『下野神社沿革誌』巻7-22丁(明治三十五年1902)
鹽谷郡阿久津村大字寶積寺鎭座 村社 白鬚神社 祭神 表筒男命 中筒男命 底筒男命
建物本社間口五尺奥行四尺 拜殿間口三間奥行二間 末社三社 氏子六十三戸 社掌本多隼人同大字住
本社創立不詳にして社域三百廿二坪字五十蒔の瀟洒の地に在り
拝殿
移転改築竣工記念
白鬚神社雅楽 左端 右端
大正・昭和の燈籠3対
御神木根元
二本目のケヤキ
左:国道四号 鬼怒川方向 左:社務所
稲荷神社1

稲荷神社

[いなり神社]

栃木県塩谷郡高根沢町宝積寺545

祭神:倉稲魂命
鬼怒川と東北本線の間を走る国道4号=奥州街道沿いに鎮座。
平成16年2004建立の移転改築記念碑裏に詳細な沿革が刻まれている。撮影しておけば読めると安易に考えていたところご覧の通り鏡面反射ですべて読めず。再度現地で読んできます。概略は:
「宝積寺上組(吉内坪・河原内坪)は稲荷神社を祭っている。/稲荷神社の起源については,よくわからないが,社頭加藤家の古文書によれば,稲荷神社は寛延二年(1749)「宝積寺村差出帳」に「稲荷宮」とあり,加藤家の氏神であったことや,稲荷神社の位は加藤氏の名義で,京都の伏見稲荷神社から受けたことが記されている。/加藤氏が所有したていたお墨付は,加藤氏から菊地(惣助)氏に,そして稲荷神社にと引き継がれている。また長い間氏子達は加藤氏と協力して祭祀を行った。/明治時代に入り,稲荷神社は上組の二十三戸(現在二十二戸)の共有となった。/享和三年(1803)に京都の伏見稲荷神社から正一位稲荷を勧請した証書がある。これは高根沢町史に現物の写真が載っている。
正一位稲荷大明神安鎭之事/右雖為本宮之奥秘依格別之願望略式修封之厳璽令授與焉,祭祀慎之莫怠也/正宮御殿預/享和三年三月豊日 正四位下行摂津守荷田宿禰信邦/野州塩谷郡宝積寺村/小岑左右衛門殿
これは伏見稲荷の神職荷田家(東羽倉家)が出した勧請証書である。/宝積寺上組ではこれを「お墨付」といって,初午祭りの時に本殿に安置する。/稲荷神社の本殿は,欅の一間社流造り,縁を廻らす。屋根は▢葺きであったが,現在は板葺きに変わっている。/向拝の欄干に龍の透彫り,板扉の両脇間に孔雀の花鳥を嵌め込む。木鼻に獅子の丸彫り,破風に松と鳥,四方の欄間に花鳥,波を配する。極彩色が施されたが退色している。/建立は,享保十二年(1727),大工は越後の国万治郎他の墨書,彫刻は「大彫工後藤梅秀」の彫名がある。/本殿は鞘堂の中にある。参道の狐像は,安政五年(1858)に建立した。その後二度の改修を行っている。
毎年初午(二月)に祭りを行ない,境内の社務所(集会所)で赤飯とシモツカレを各家から持寄って直会をしている。また太平洋戦争までは,神社境内でどんどん焼き(一月),天王祭(七月),天祭(八月)などに氏子達が集い,降流と親交を深める場となっていた。(以下略)
本殿左手に多数の古剣が奉納されている不動明王社。そのとなりの摩滅した狛犬は安政五年1858作。本殿は平成7年1995に高根沢町有形文化財指定。
裏手に宝積寺上集会所。
供物
拝殿内 稲荷神社額 本殿
不動明王社 多数の剣
下の段に大きめの剣   安政五年1858狛犬
上組屋台収蔵庫 左手に4号線
天王祭屋台及ひその行事 平成16年移転改築記念碑 沿革
 
     
砥鹿神社

砥鹿神社

[とが神社]

栃木県塩谷郡高根沢町宝積寺2455

旧地名:塩谷郡・高根沢町大字宝積寺
祭神:手力雄命 境内社:二荒山神社・白倉稲荷神社・市神社・須賀神社
河内郡古里村大字下岡本から昭和7年8月15日に遷座。 『栃木県神社誌』平成18年版は[とが]でなく[とがし]だが高根沢町町史の読みにしたがった。
昭和十五年1940鳥居奉納額が拝殿内に掛けてあるが,現在の鳥居は昭和五十二年1977建立。
昭和十二年1937建築記念碑。
明治三十七年1904市神社石宮,土台は昭和五十八年1983改修。
本殿右手奥に稲荷神社。石宮は昭和六十二年1987奉納。
入口に「西町神社案内」看板が立っている。このため「西町の」であるがZENRIN地図は砥鹿でなく西町神社にしてしまった。
白倉稲荷は町中の宝積寺2386に鎮座する。
西隣りに『鹿沼聞書・下野神名帳』に記録されている「定専寺」がある。
例祭:10月17日
拝殿額
拝殿内額 拝殿内左手 右手
西町の神社案内 本殿左手
須賀神社 市神社 道路から
稲荷神社 定専寺
北の道路から
稲荷神社2

白倉稲荷神社

[いなり神社]

栃木県塩谷郡高根沢町宝積寺2386

祭神:倉稲魂命
白髭の翁が名主に,我はこの地の白狐である,我を祀れば白い土蔵がたつほどにしてやる,といわれ白倉稲荷を祀ったという。明治三十九年1906に礎神社に合祀されて不要になった星宮神社の社殿を,大正三年1914に東町に移築して遷宮。 明治初年に上記砥鹿神社の境内社にされたことがある。戦後国家統制から自由になって東町で再び奉祭されている。詳細は不明。
大正十五年1926社号標。大正十年1921聖徳太子千三百年記念碑。
【参考】宝積寺には他に東町北区の「荒鍬稲荷神社」がある。氏神様か。東町南区(東六丁目)に「桜下子育稲荷神社」が鎮座。見つけましたら報告します。
社号標
拝殿額 本殿
聖徳太子千三百年記念碑
左手に八坂神社 商店街方向
愛宕神社

愛宕神社

[あたご神社]

栃木県塩谷郡高根沢町宝積寺2455

祭神:?
鬼怒川の橋を渡って宝積寺駅の西に出る道を進んで左側,鬼怒川を見下ろす高台に鎮座。愛宕神社は火伏せ,すなわち火防の神として祀られる。詳細は不明。
愛宕神社額
鬼怒川方面

 

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