二杉神社

[ふたすぎ神社]

栃木県栃木市・片柳町5-11-37

祭神:大山祇命 境内社:大杉神社
永野川に架かる二杉橋のたもとに鎮座。対岸に大平山神社の大鳥居。
昭和六年1931社号標。昭和40年1965記念碑。
天長年間824~834慈覚大師が大平山神社に参詣する前に永野川で三七=21日間の潔斎を行った。勅額を無事奉納することができ,感謝を表すため大山祇神を当地に祀ったことに始まる。
江戸時代には対岸に番所があって当社で潔斎を行わない者の入山は禁じられた。
天狗さまが大平山から二本の大杉を担いできて永野川に橋を架けたので二杉橋と呼び,禊をせぬ者は天狗さまに橋から落とされた。禊の社を天狗の社とも二杉の社とも称したという説と,二本の大杉の間に造営したので二杉大明神と称したとする説がある。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 正一位 二杉大明神 片柳 勝泉院
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 4巻15丁
下都賀郡栃木町大字片柳字岡鎭座 村社 二杉神社 祭神 大山祇命 建物本社二県四方 拜殿間口四間奥行二間 末社一社 華表一基 氏子三百卅八戸 社掌小林津禰麿仝町大字平井住 本社創立遼遠にして詳かならす 社域七百五十九坪平坦の地に古杉矗立森々として晝尚暗く神寂ひて西に永野川を控ひ水聲淙々として耳を洗ふに足る
二杉大明神
右は大杉大明神 大杉の写真
ピンボケ 読めない
背後に二杉橋
昭和40年1965 読めない
昭和42年1967 地蔵尊 永野川の先に大平山神社鳥居
天満宮

天満宮

[てんまんぐう]

栃木県栃木市・片柳町1-14-3

祭神:菅原道真公 境内社:雷電神社
伝源義経お手植の欅が聳えていたが昭和57年ついに枯死,売却した資金で昭和59年に社殿を整備し大改築を行った。本殿石垣に「改築竣工式紀念」銘板が嵌め込まれている。
当社の西方230mに芝塚山公園がある。この60mhの小山に落雷で大岩が出現し,それ以来豊作がつづいたので山頂に雷神を祀った。この大岩を弁慶が平泉までの行路安全を祈願して三つに断ち切る。東斜面に「弁慶太刀割り石」として残っている。このとき義経が雷神宮境内東部にケヤキを植える。時を経て藤原時代末期,あるいは戦国の1500年代にケヤキの下に祠を祀ったところ再び豊作となった。これが天満宮の始まりであり,戦後になって芝塚山の雷電神社を合祀した。
拜殿手前右手に雷電神社。社号が土台に嵌め込まれていてありがたい。
昭和五十九年1984社号標。同年の「改築記念碑」,同じく狛犬。
明治三十八年1905石鳥居。
例祭:4月15日
天満宮
雷電神社
片柳町橋本
改築記念碑
川連

川連天満宮

[かわつれ・てんまんぐう]

栃木県栃木市・川連516

祭神:菅原道真公 境内社:雷電神社
旧地名:下都賀郡大平町大字川連
天正年間1573~92創立。宝永六年1709焼失,御神像が梅の枝に掛かっていて無事だったという。もう少し西に鎮座したらしい。バイパスを通すにあたって昭和五十六年1981に遷宮。このとき境内に残っていた川連城の土塁も消失。
『角川地名大辞典』に川連村に愛宕神社とあるのが当社か。
鳥居脇に川連護国神社。
昭和十年1935石鳥居。
本殿左手奥に石祠二基,右手に明治三十三年1900浅間大神,小御嶽大神,内外八海大神。
例祭:4月15日 9月24日
石宮ふたつ
浅間大神 社務所
遷宮記念碑
神楽殿
護国神社
川連城址 馬頭尊 城址から天満宮
玉垣之外に城址看板 御嶽神社
手水石も

 

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