hakusan

白山神社

[はくさん神社]

栃木市・旭町8-18

150 344 主祭神:伊弉冊命
河合町の熊野神社西方400mの住宅地に鎭座。ほぼ真北に神明宮。
道なりに西進すると栃木城址に。
応永年間1394~1428栃木城内字屋敷に居住した川田藤左衛門一族六名の氏神であった。150年後に城主皆川俊宗より東町に除地を下賜された際に遷宮,集落の崇敬を受け現在に至る。神明宮の須賀神社大祭には子供神輿を繰り出す。
昭和37年1962石鳥居。
例祭:旧暦9月9日
              
kumano

熊野神社

[くまの神社]

栃木市・河合町1005

152 335 主祭神:伊耶那岐命 配神:伊耶那美命
栃木駅前の巴波川に架かる開明橋たもとに鎭座。
江戸末期の安政1854~60頃に創建するも程なく元治元年1864に焼失,慶応三年1867再建。
昭和36年1961石鳥居。平成5年1993改修紀念に河合町自治会が奉納した狛犬。
拝殿内の額を見ると,明治三十年1897に社殿を修復し三種の神器を新調している。着色板絵が二枚。
創建よりはるか昔の延宝六戊午1678庚申供養の金剛さま。
例祭:4月12日
touguu

東宮神社

[とうぐう神社]

栃木市・神田町1321

151 342 主祭神:天児屋根命 配神:経津主命 境内社:神明宮・大杉神社・厳島神社・浅間神社
栃木城址の北東350mに鎭座。つまり皆川城の艮ushitoraの鬼門守護として勧請された。
昭和八年1933建立の,明治四十一年1908合併記念碑。「明治三十年1897五月御神木並風損木拂下 同卅七年1904四月鳥居建設 明治四十一年1908八月 東宮神明合併並移轉 同四十三年1910四月國有林野二,五〇拂下 昭和七年1932四月旗枠建設 同年十二月合併記念碑建設」とある。
明治三十九年1906から強行された神社合祀令により付近にあった神明宮が東宮神社境内に合祀されたということだろう。
裏手に天保二辛卯1831十九夜供養塔,元治二乙丑年1865十九夜,昭和三十三年十九夜?三基。神明宿,田中,紺屋町の名が刻んである。
例祭:10月13日
inari

稲荷神社

[いなり神社]

栃木市・城内町1-1-1

主祭神:豊受姫命
岩下の新生姜ミュージアムの向かい側に鎭座。応永年間1394~1428の創立と伝わる。
大正四年1915石鳥居,平成19年2007朱色両部鳥居。昭和十五年1940狛犬。天保十五甲辰年1844石燈籠。
平成19年,境内を整備し社殿を新築,「城内町一丁目稲荷神社建設寄附者名」記念碑を建立した。昔は石鳥居,すぐに朱色の明神鳥居,拝殿と一直線だったが,現在は鳥居と直角に拝殿。
ここは『栃木県神社誌』平成18年版には「城内町2-1236」の番地で載っていて,しかも「本殿敷地は円形高台…古墳上に祀られたものか」と書かれていて,はたして当該稲荷神社かどうか迷うところだ。どこから見ても平地であり,新築しているので同書掲載写真では判断できない。石燈籠の形は写真と同じものに見える。拝殿内にむかしの祭日の写真が額に入れられており,『栃木県神社誌』の写真と似ていないこともない。北東の栃木城址公園にいらした三人の高齢者のお話しでは,お稲荷さんは年金事務所の前にあるのしかないよ,ということで城内町2-1236(城内字古城1236)で掲載された神社の祭神と創立年を記しておく。
例祭:2月初午日  
        
nikko

日光神社

[にっこう神社]

栃木市・本町1541

151 344 主祭神:大己貴命 配神:田心姫命・味耜高彦根命
正保四年1647創建説が伝わる。神明宮の須賀神社大祭には神輿を繰り出す。
拝殿内右手の額は昭和二十六年1951「日光神社境内無償譲与記録」,左手は遠藤煙草店角と権現山通りに火防施設を設けた際の「防火井戸に二ヶ所新設寄付者芳名」で,「権現山通り」の存在が分かる。
昭和五十七年1982「公民館新築・日光神社改修記念碑」
例祭:10月17日
          
kumano

熊野神社/興盛稲荷神社

[くまの/こうせいいなり神社]

栃木市・万町25-10

主祭神:伊弉諾命・伊弉冊命/倉稲魂命
鳥居額は「熊野神社/興盛稲荷神社」,拝殿額は「熊野神社/稲荷神社」
拝殿内に「日本第一大霊験所 熊野牛王」「紀伊新宮鎭座 熊野権現速玉大社」神符が貼ってある。
           
ukemochi

保喰稲荷神社

[うけもちいなり神社]

栃木市・万町17-1

主祭神:保食神[うけもちのかみ]
昭和四十一年1966建立の「社有地記念碑」に「抑モ當社は明治十有七歳1884時之地主及借地人一同平穏無事ヲ祈願スル為メ鎮座シ今ニ至ル…」と刻まれている。
『日本書紀』では「保食神」と表記し,「宇気母知能可微ト云ふ」と読み方を付けている。すなわち[うけもちのかみ],『古事記』では「大宜都比売[おおぎつひめ]」という女神で登場する。稻,穀物,大小の魚,鳥獣を口から吐き出す食物神。天照皇大神の命で月夜見尊が会いに行くが殺してしまう。死んだ後も頭には牛馬,額には粟,眉の上には繭を生じ,目からは稗,腹から稻,陰部からは麦・大豆・小豆が生えてくるといったように豊饒の神である。倉稲魂[うかのみたま]命と混同されることもあるが別神。
大正三年1914石鳥居柱と額に「保喰稲荷神社」,昭和十五年1940三角柱に「保喰稲荷神社」,昭和二十四年1949拝殿額に「保喰稲荷神社」,平成二年新築協力氏子芳名額にも「保喰稲荷大明神」と表記されており,当社では保食でなく「保喰」と表記している。
例祭:2月初午
大正二年1913九月
           
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榎堂稲荷神社

[えのきどういなり神社]

栃木市・日ノ出町7-41

主祭神:倉稲魂命
昭和五十三年1978旗杭。社号の分かるものは社殿土台に嵌め込まれた銘板のみで「平成六年・榎堂稲荷神社改築紀念」とある。
拝殿軒に鈴が二個下げられ,内部も左右均等に二分されてている。屋根が丸みをおびた古そうな石宮が祀られている。同型でひとつには「稲荷神社神璽」,もうひとつには「神明宮祈祷御璽」が立て掛けられているところから,神明宮が相殿と思われる。
詳細は分からない。
例祭:2月初午

 

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