「龗」文字について
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上の文字は慶長勅版の木活字

高龗神社は「たかおかみ神社」と呼ぶのが正式なのに,なぜ「たかお神社」になってしまったのかを考えてみました。
『日本書紀』写本に京都大学付属図書館蔵を加え,永徳元年以降を追加し,説明不足を補いました。
栃木県内の高龗神社105社を調べてきました。「雄・尾・男」を含みます。
調査報告は「栃木県の高龗神社」をクリックしてご覧下さい。
2010年10月15日現在105社掲載。

龗字の神社・おかみを名のる神社
龗=於可美=淤加美=淤迦美さらに意加美
おかみを名のる神社としては
●日本書紀の表記から
「龗神社」(おかみじんじゃ)大東市、高がつかない。
「闇龗神社」(くらおかみじんじゃ)つがる市鶴田町
「高龗神社」(たかおかみじんじゃ)三輪山
「高龗神社」(たかおじんじゃ)いまのところ栃木にはこの呼び方しかない。
●古事記風の表記
「於加美神社」福島県南会津地方
●古事記風の表記法をとり於を意に交換(古代表音のと発音)
「意加美神社」(おかみじんじゃ) 庄原市総領町稲草、枚方市、泉佐野市
「多加意加美神社」(たかおかみじんじゃ)広島県庄原市口和町向泉
「國津意加美神社」(くにつおかみじんじゃ)壱岐島石田郡>郷ノ浦町本村触
 
多加意加美神社の「多加」は古事記では「多加比加流」(高光る)「多加紀」(高城takaki)「多加佐士怒」(高佐士野)のように「高」で使われている。
日本書紀は漢文の性格上「 多加」の使用例なくすべて「高」。
」は稲荷山鉄剣銘文に「富比垝」とあるのを岸俊男氏は「オホヒコ」と[o]音で読んでいる。日本書紀が用いた百済関係史料に穂積臣押山君を「斯移麻岐弥」とある。(中央公論「ことばと文字」)。隅田八幡宮画像鏡「柴沙加宮」オシサカのミヤ。
現在[i]と読む地域があるのは時代が下って漢字教育が普及したための誤読。 壱岐島の國津意加美神社の由緒書きには,きちんと「おかみ」のルビが振ってある。意加美はもともとおかみである。
神社名では以上のバリエーションに「高尾」「高雄」「高男」「雄神」が加わる。


龗文字のかたち
字典では龍部,総画33

を文字から見ると、まず霊の旧字体から巫をとった(雨の下に口3つ)「レイ・リョウ・リャウ」がある。この字は「雨が降る、落ちる・よい」の意。また降雨を祈る儀礼を表す(字統)。その下に雲を呼び雨を降らせる龍を置いた字が。龍部に属し、読みは「レイ・リョウ・リャウ、りゅう、おかみ」
 
雨冠の下の口口口は祝禱の器utsuwaを3つならべて雨が降るよう祈った様子。(字統)
口はもともと「サイ」という祝禱のウツワをあらわした。吉・名・告・舎・召などの文字に使われる口である。ヒトのクチで使うのはずっと後になってから。器という字も四口をならべ犬牲を用いて清めたウツワ。
「雨降らせたまえ」などの祈願文をしたためた紙または木簡をこのウツワに差し込んだかもしれない。
雨の下に口3つは、まさに降雨の儀式そのもの。
降雨の儀式をとりおこなう女がついて、より具体的に降雨の儀式をあらわす。神霊の降下を願う時も同じ形式の儀礼。
アマテラスの別名[おおひるめむち]大日孁貴に使われる文字には巫女の「女」が付いている。祈雨・祈晴の晴れの方。の口3つはダテについているわけではない。
 
は韓国の『漢韓大辞典』にも採録。発音はハンクル表記で[リョン],龍・神・神霊となっている。
Unicode = 9F97
日韓の字典にものっており、Unicodeで表現できるを神社の都合で口を省いてしまうのはおそろしいことだ。雨龍では嵐がきてしまう。

雨の下の口3つを省いた Unicode番号9747が載っている手書き文書はすでに江戸時代に登場している。「口3つなしの日本書紀」参照。

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字の口3つは,図のように御神酒を注いだ椀を3つ並べた状態の象形文字なのだろう。
原始的には皿のようだったかも知れないし,もっと背が高かったかも知れない。
台がつき,高坏になり,赤くなったり,金色になったりして変形していく。
神社の名前の文字としては,ぜひ口3つ付けてほしいものだ。


『萬葉集』では「於可美」

「藤原夫人の和し奉りし歌一首
わが岡の(okami)に言ひて降らしめし雪の摧(kuda)けしそこに散りけむ」
(萬葉集巻二・国歌大観の歌No.104)

万葉仮名於可美を『新日本古典文学大系』ではを使って訓み下している。昭和32年版も同じ。
「私のいる(大原の)岡の水の神に命じて降らせた雪の欠けらがそちらにこぼれ散ったのでしょう」
(明日香浄御原宮にいらっしゃる天武天皇が大原に里下りしていた藤原夫人五百重姫に賜わった歌への返歌。大雪だなんて、こっちはもっとすごいのよね、そっちの雪は塵みたいなものですよ)
昭和32年版『日本古典文学大系』では「おかみ=竜蛇の神。水を司る神と信じられていた。ミは甲類miで神のミ乙類mïとは別音」とある。(iの上に点2つ)
萬葉集原文には龗の字は使われていない。
*仙覚の万葉集註釈1269年では豊後・常陸国風土記を引いてヲカミを説明。まだ龗は出てこない。
*下河辺長流が万葉集管見1661-73で日本紀に言及。
*北村季吟が万葉集拾穂抄1686で豊後・常陸国風土記・日本書紀を引いて詳説。ここで龗字登場。
「おかみ」と仮名書きにした萬葉集もある。といっても万葉仮名を後世訓み下したものである。
窪田空穂の『萬葉集評釈』では「於可美」はかな書きで訓み下している。
吾が岡の おかみに言ひて ふらしめし 雪の摧(kuda)けし そこに散りけむ」
 
【語釈】に(書紀の注を引いて)「竜此云於箇美」。「竜」の字が使われている。さらにコメント「日本書紀には高龗神takaokami-kamiがあり、古事記には闇於箇美神kuraokami-nokami」。(サンズイなしの於)
おかみは龍神としている。
しつこいようだが誤解のないように、萬葉集にはの字は使われていない。
 
余談になるが空に上る龍のかたちは尻尾がはっきりしている点では竜の字形の方が似合っている。昨年2006お亡くなりになられた白川静先生の『字統』は専門家には応えられないのだろうが、素人にもとても面白い字典で、ここに古形が載っている。


『古事記』では闇つきの「闇淤加美神」

 イザナミの死因になった息子・火之迦具土神をイザナギがバッサリ首を切り落とした時に生まれた八神のひとりとして登場する。
刀に着いた血が湯津石村(無数の岩石)にほとばしって「石拆神・根拆神・石筒之男神・甕速日神・樋速日神・建御雷之男神」六神が出てくる。頚から噴出する血を噴火に見立てて石や岩や火や雷の神だという説をとるなら、ついで消防隊として「闇淤加美神・闇御津羽神」(くらおかみのかみ・くらみつはのかみ)が刀の柄を握る手の股から漏れた血から出てきて計八神。
古事記自身の読み方指南で闇淤加美は「淤以下三字以音」「おかみ」と読め、と書いてある。萬葉集では「美」だったがこちらはサンズイつきの「」。「可」は「」が採用された。

■『古事記』二か所め
大国主の神裔である十七世の神のひとり比那良志毘賣の父として「淤加美神」

■『古事記』もうひとつシンニョウつき「淤迦美神」
大国主神のひいひいばあま「日河比賣」の父として「淤迦美神」の名が出てくる。つまり大国主のご先祖が「おかみ神」。占い師や行者さまより由緒正しい「おかみさま」。ここの「淤美神」は加えるにシンニョウがついている。
日河比賣の子が深淵之水夜禮花神。その子が淤美豆奴神。ひかわひめ・ふかぶちのみずやれはなのかみ・おみずぬのかみ、水に関係のある名である。したがって淤加美=淤迦美でいいだろう。古事記の編集に厳密な校閲者がいなかったと考えていい。

■「闇淤加美神・闇御津羽神」の「闇kura」のつく神に「天の闇戸神」「國の闇戸神」が古事記に見える。渓谷を司る。また「闇山津見神」谷山を司る。闇は神のあらわれる闇yami(字統)。神が人知れず、それとなくあらわれる。神の音なひ。幽暗。プラス志向の字である。暗愚は後世。
御津羽は日本書紀で罔象。美都波みつは。水の神。[みずは]=罔象で現代の国語辞典にも採録。

■万葉集と同じく古事記原文にもの字は使われていない。


『日本書紀』に「龗」の漢字
「高」「闇」の字と組み合わされる

 日本語を軟弱な音読み漢字で書いた萬葉・古事記じゃなくてこっちは難しい漢字を使った漢文だぞ,雨に口3つ,さらにその下に龍だぞ、どうだ読めないだろ,okamiと読め。というので神代上の訓注に「、此には於箇美と云ふ」。いよいよ「おかみ」にも漢字があてられる。
「巻第一神代上」の漢文に出てくるのは3か所。『古事記』と同じ内容でカグツチの血から神が生じる箇所。
 
■復劒鐔垂血、激越爲神。 號曰甕速日神。 次?速日神。 其甕速日神、是武甕槌神之祖也。 亦曰甕速日命。 次?速日命。 次武甕槌神。 復劒鋒垂血、激越爲神。 號曰磐裂神。 次根裂神。 次磐筒男命。 一云、磐筒男命及磐筒女命。 復劒頭垂血、激越爲神。 號曰闇龗。 次闇山祇。 次闇罔象。
 最後の三神は水の神「闇龗くらおかみ、闇山祇くらやまつみ、闇罔象くらみつは」。古くは刀剣三神・火力三神・水三神に分けた。『古事記』より闇山祇が一神多い九神。遂抜所帯十握剣、斬軻遇突智為三段。カグツチを三つに切り倒した剣の三箇所、剣刃・剣鐔・剣頭から三神ずつで九神という数字合わせをした一書があったということだ。
 「山神等號山祇」と書いてあるので「闇」を谷にこじつけて闇山祇を水に関係ありとしているのだが・・・未解決。

■一書曰、伊奘諾尊、拔劔斬軻遇突智、爲三段。 其一段是爲雷。 一段是爲大山祇。一段是爲高龗
カグツチを三段に切った一段から生まれた神の名を「高龗」という。
日本書紀で「高」の字と組み合わされることになる。注目すべきは「」字が付いていない点。雷神、大山祇神には神字が付いているのに。

■龗、此云於箇美。 音力丁反。 上の一書曰の龗の読み方を示している箇所。「おかみ」ト読メ。古事記とは「箇」が異なるが、同じ内容の神話なので「龗」=古事記の「淤加美」である。
書紀では難しい漢字には読み方と音の注をつけていた。「音力丁反」は音読みを示す。 ルビを振った江戸期の書紀では「呉音リキ+漢音テイ」で「リキテイのカヘシ」としている写本と「漢音リョク+漢音テイ」としている写本がある。いずれも[リイ]。700年頃の日本風漢字音を示そうとしたのだろうが,中国語であれば「龗の字は[lí]+[dīng]=[líng]となるから,ここから乱暴に日本風漢字音を導き出せば同じく[リン]。(記号文字化けたらすみません)岩波版を最近調べたところlįək+täŋ で[läŋ]としているので,こちらはカタカナなら[レン]が近いか。
ただ,書紀の編者が中国語の音で表わすつもりだったのか,日本語の音で示すつもりだったのかが分からない。
森弘達氏の分類で巻1はβ群なので,分注も倭音ででいいのだろうが,当時龗の字にわざわざ発音指南を表記したかった編者の意図はどの辺にあったのだろうか。龗を使った熟語が他にもあったのだろうか,いまのところ謎である。
書紀の始めの方に「大日孁貴、此云於保比屢能武智。孁音力丁反」(コレヲバ、おほひるめのむちト云フ。孁ノ音ハ力丁ノカヘシ)の例が見える。靈の下についている「巫」が「女」になっている字。雨女より、晴れがましく、ずっと由緒正しい。なにしろ「一書云、天照大神」である。

余談だが「反」は「切」に変化する。「●XY」の形式は時代が下がれば「●XY」と表記される。反切法といわれるのはそのため。朝鮮語の学習に反切表を使うが,ハングルの発音表のこと。
1982刊行の『漢韓大辞典』では龗と霝の反切表記は「郎丁切」で,カタカナで[レイ]としている。  

■『豊後国風土記』(大系本風土記p.362)「即在蛇龗」の分注に「謂於箇美」とある。書紀を模して注したか。ただし大系では2文字でオカミと読んでいる。
大系の注は「水の神。蛇の類をいう。山椒魚またイモリかとする説がある」。蛇に足の生えた生物が泉に生息していたので,きっとまずいから飲むな,といわれてしまい臭泉からクタミの郷という地名が生まれたとする説話なので,水神はいいすぎで書紀研究の反映だろう。
字形は天理図書館蔵の承応三年書写本では口なしの雨+龍。1654年には口なしのオカミ字が書紀以外でも使われたとになる。

(これも余談だが、新井白石「東雅」「狼をオホカミといひしは」で「豊後国風土記に直入群珠覃郷の蛇をヲガミといひしが如くなるべし」。蛇や狼が「おかみ神」だといっているのではなく大神は遍在することを述べたところ)


高龗の「高」

「おかみ神」に「高」を付けたのは古記録では『日本書紀』だけである。現存するほとんどの神社は「高」が付く。では「高」とは?
古事記・日本書紀では「高」は場所・身分・状態の「位置の高さ」を表す以外に用法はない。上の方、気高い、丈高い、大きい、尊い。(書紀の字形ははしご髙が多い。しかし髙が旧字というのは俗説。清原朝臣原蔵版ははしご髙とふつうの高が混在している)。
 
日本書紀:高天原、高皇産霊尊、高姫、高千穗峯、高御魂=祝詞
古事記:高御産巣日神、高市、阿遲鉏高日子根神、高比賣命、庭高津日神、夏高津日神、高木神之命、天津日高之御子、吉備之高嶋宮、葛城高岡宮、葛城之高千那毘賣、高向臣、名高材比賣、葛城之高額比賣、高津池、高志池君、高木比賣命、高穴穂宮、高木之入日賣命、高目郎女、難波之高津宮
 
はじめ「龗神」があり一文字でおちつかないのか次いで尊称の「闇」がついて幽暗な「くらおかみ神」となる。
日本書紀の一書で闇のかわりに上位をあらわす「高」がついて「たかおかみ神」になったと考えていいのではないか。


闇龗の「闇」
■一書No.6
號曰闇龗;。 次闇山祇。 次闇罔象
「闇」字は書紀の最初に出てくるのが上の三神の箇所。カグツチの血が劒先から滴り落ちて出てきた神。闇の字でくくられている。谷の激流を這いのぼる巨大な龍。山間部の嵐のイメージ。

■一書No.7
一段是爲雷神。 一段是爲大山祇神。一段是爲高龗;
こちらは雷・大・高と広大になっている。視線は上を向く。高山の上空に雷光。雨を降らせながら天に昇る龍。天空雷雨のイメージ。
 

「一書」で趣が異なる。
一方が「渓谷」なら、一方は「天空」のイメージ。
すると闇龗;高龗;は対局に位置する兄弟あるいは夫婦神になる。
しかし、「一説によれば谷の神、別の資料では山と天の神」ととれば同一神になる。書紀の資料採録方法を素直に解釈すれば
闇龗; = 高龗;
闇山祇=大山祇らしい
雷神×=×闇罔象これは別
という考えで編集している。

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