茨城県の「龗おかみ神・高龗・闇龗」関係神社
データで確認できる茨城県の「龗神関係神社」は4社。
高龗神社 笠間市土師
高尾神社 桜川市富谷
高尾神社 常総市羽生町
龗神社 鹿嶋市宮中2306 鹿島神宮参道

高龗神社

[たかお神社]

笠間市・土師805

使用文字[靇]

主祭神:高龗神

淡島神社のわきを上って岩間浄化センターをめざすと二股に分かれる。左に入るとすぐ鳥居が見える。
一の鳥居わきの社柱には正字で高龗神社。
林の中の長い参道の先に二の鳥居,こちらも額文字はくっきりと正字で高龗神社。
右手の手水石には宝暦七(1757)
となりに以前の鳥居柱が一本だけ保存されている。「宝暦六子」1756と読める。
かなり広い山林の中に位置する気持ちのいい立地。南には栗林が広がる。
近所のお宅でおたずねすると,呼び方は「たかお神社」で,栃木県と同じ。
ここから山を下って東南1キロの押部(岩間)には八龍神社がある。
口みっつ付き正字
口みっつ付き正字
宝暦七年1757 宝暦六年1756

高尾神社

桜川市・富谷1075

加波山の北5km,大郷戸ダムの南4km,栃木県の益子町からは41号線で南に約15km。
御祭神がカグツチの命なので,その血から生じた高龗Takaokamiの神からの文字変換の可能性が高い。
もともとは権現峰に祭られていたが,建武三年1336現在地に再建されたという。最古の高お神社か?
文化三丙寅1806の石燈籠。
寛政九丁巳1797の二十三夜供養塔,年号の読めない庚申塔,廿三夜供養塔,勝善神など4塔が鳥居の左手に。
境内の椎の巨木は見もの。インサイトと比べるとその巨大さがよく分かる。 すぐ隣りの巨木もすごい。根元を清流がなみなみと流れている。
高尾神社額
寛政九年1797など
見事 用水

高尾神社

常総市・羽生町881

富谷の高尾神社から南へ約30km。鬼怒川の西450mほど。
北向き地蔵の法蔵寺さんの駐車場にとめてすぐ北の細道を左に入るとこんもりとした人手の入っていない森が見える。その森に分け入って20mのところにひっそりと。
平成に建て替えられた小ぶりの真新しい鳥居と社。古いものはサッカーボールほどの石のみ。
西に20mほどの別の林に石仏が一体,高僧着色木像二体が祀ってある。
さらに「文政十亥年1827六月」の御寶前石塔。
「十九夜供養・同行八十人・文化十四丁丑1817八月十九日」など三体。
管理されているお宅の方にたずねてみたが,由来の詳細はご存じでなかった。
円朝の「眞景累が渕」で有名な法蔵寺の入口の女人講中石塔には嘉永四亥1851基羽生村とある。この台座に「雨x山」とあるのは何だろうか?雨乞山?
羽生町の高尾神社の25km真南に千葉県松戸市五香六実の高龗神社がある。
高尾神社の文字 左手の森に鎮座
付近のお堂 付近の石仏
文政十年1827 法蔵寺入口・嘉永四年1851

龗神社

[りゅう神社]

鹿嶋市宮中2483 鹿嶋神宮参道

使用文字[雨+龍]

主祭神:高龗神・闇龗神

鳥居前町の途中左手に「雨+龍」の龗神社がある。看板のルビは「おかみじんじゃ」ではなく「りゅうじんじゃ」
御祭神高龗神と闇龗神のルビは「たかおかみのかみ」「くらおかみのかみ」,漢字も口三つなし。
なかなかひょうきんな龍の彫り物がおもしろい。
奉龍神・元禄七歳1694と刻まれた石灯籠が右手に。さすがに古い。
左手の燈籠の文字は消えかけている。推定安永。
外の大きな永代常夜籠には安永七戌年1778の文字。
かなり巨大だったと推測できる杉の切り株が残っている。
今泉ブリキ店の看板が鳥居にかかっている上に景観をこわしている。寄附しているのだろうがマイナスイメージの広告。
鹿島神宮の鳥居左手の遥拝所のいちばん奥の左手に「津東西社」がある。「祭神 高龗神 闇龗神」とあり,ルビは「たかおかみのかみ」「くらおかみのかみ」
鹿島神宮では「おかみ」字は口みっつなしである。
それにしても神宮は巨大で,これまで見てきた高龗神社はタツノオトシゴくらいにかわいい。
ここから南の神栖市掘割に「龍神社」がある。雨口なしのふつうの龍字である。
「雨+龍」を[りゅう]と音読みするのは関東ではここだけ。他には新潟十日町で高龗を[こうりゅう]と呼んでいる。
由緒
龍神と彫ってある 元禄七年1694 安永七年1778
鹿島神宮の境内社入口 津東西社 つのとうざいのやしろ

 

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