高龗神社

[たかお神社]

宇都宮市・下川俣町1477

使用文字[龗]

主祭神:高龗神

主祭神:高龗神[たかおかみのかみ]
岩曽から北へ800m,環状線の北,新幹線のすぐ西。山田川のすぐ西。
広大な田園地帯。日光連山,那須連峰が一望できる。
平成十二年の鳥居の額文字は口3つ付きの正式「高龗神社」。
文久二年1862九月の石燈籠。明治四拾五年三月廿四日の三連摂社。
境内社に八坂神社(須佐之男命),八坂宮(八幡大神)2社が分かっている。
拝殿内に「高龗神社のおこり」が額に掲げてある。ここの文字も正式。
「高龗神は荒御魂の荒神でありその御姿は恐ろしい龍である。この神は風や水を司り,この神が怒れば雷鳴と共に暴風を呼び洪水を起し人々を威怖させる。しかし風水の調和は土地を潤おし洪水の後には肥沃な土砂を残すなど人々に豊作をもたらすなど農耕の神として古代から信仰された鎮守の神として広く祭られました。
由縁社貴船神社(京都市左京区鞍馬貴船)である。高龗は伊邪那岐神が剣を抜き迦具土神を三段に斬り殺した時に化生した三柱神の一神。高は闇(渓谷の意)に対して山峰の意。龗は水を掌る竜神闇龗と共に祈雨止雨の神として信仰され奈良県吉野郡丹生川上神社上社に高龗神,下社に闇龗神が祀られている」

ここを中心に1キロ圏内に高龗神社が合計8社ある。
本殿:流造銅板葺 幣殿:流造銅板葺 本殿:入母屋造銅板葺 例祭:10月19日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
河内郡,高霊”→高龗神社,下川俣,大乗院
**『下野神社沿革史』5巻11丁(明治32年1902刊)
河内郡豊鄕村大字下川俣鎭座 村社 高龗神社
祭神 淤賀美神 祭日陰曆九月十九日 建物本社間口四尺奥行四尺 雨覆間口九尺奥行九尺杉皮葺 拝殿間口三間奥行二間萱葺 末社四社 石華表一基 石燈籠四基 氏子三十戸・総代三員 社掌河内主膳同 村同大字十九番地住
本社創立は遼遠にして詳ならすと雖も文政七年1824三月を以て神祇管より幣帛を賜る 社域三百坪平地にして四境は洋々たる田圃の中にあり 秋の發穗の細波”瀲”灔として岸を打ち(ママ)が如く其の風光の美景色の佳宛然海邊にたゝつみ大洋を見るか如し 境内には古杉老樹森然として高く聳ひ西に山田川東に御用川を控ひ日夜滾々たる音を聞き頗る淸風快爽なるを覺ゆ

”聞書の霊はもちろん龗の誤植。龗字で記録されたのは他には曲畑の「高龗大明神」のみ。さらに大明神でなく神社で記録された珍しい例。
””さざなみの立つさま,サンズイでなく王+歛(ノブンでなく欠)で植字してある。
口3つ付き正字
男体山が見える 口3つ付き正字

 

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