高雄神社

市貝町 刈生田500 かりうた

[たかお神社]

使用文字[不明]

旧地名:芳賀郡市貝村刈生田500
主祭神:武美那方命takeminakata (水井守護神=五穀豊饒・農業繁栄)
茂木・黒田の高龗神社から南西に2キロ。刈生田の多目的集会センターから望める山上にある。
ちょうどセンターで輪投げ遊びをしていた老人会の方々におたずねすることができた。
神社入口のお宅の方がおられて,庭に車を停めていいよといわれる。
行ってみると確かに駐車スペースはない。おことばに甘えさせてもらう。
旗杭,鉄製の朱塗りの鳥居,手水石があるが,社名を示すものは何もない。
拝殿内にも額はない。左右に小ぶりの神輿が安置してある。左に「天照皇大神宮」の札。右は不明。
石段・参道に大谷石が使われている。
眼下に田畑と低い山並みが望める気持ちのいいところ。
寛永年間1624-44烏山城主によって創立,高雄(山)大権現と称す。神仏分離で大権現をはずして明治初期に「高雄神社」に改称,明治6年に村社となる。
*『角川地名大辞典』では正保年間1644-48の創立とされている。20年程度の差。武美那方命と水井守護神は同じ。地名の刈は明治22年以前はクサカンムリつき,現在はなし。[かりうだ]と濁ることも。
*聞書では[タカオカミ大明神]で記録されている。維新の改号で「雄」になった唯一の社。
**沿革誌では祭神が異なり高龗神。 もう一社あったのだろうか。
本殿:流造銅板葺 幣殿:切妻造亜鉛鉄板葺 拝殿:切妻造亜鉛鉄板葺 例祭:10月29日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
芳賀郡,高於加美大明神,苅生田,常学院
**『下野神社沿革史』(明治36年1903刊)6巻36丁
芳賀郡小貝村大字苅生田鎭座 村社 高雄神社
祭神 高龗神 建物本社間口二間四方 拝殿間口四間奥行二間 末社二社 鳥居一基 氏子三十八戸・総代員 社掌
本社創立不詳社域二百三十八坪字山の神の幽静の地に在り

『栃木県神社誌』旧版に御影石鳥居とあるが現在は鉄製,神楽殿間口三間とあるが見当たらず,場所違いかと思ったが,新版の写真と同じでまちがいない。謎である。

 

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