高男神社の「男」は?

芹沼・高男神社関連

芹沼の高男神社の宮司を務められた渡辺一雄さんが栃木県の神社庁の高男神社由来を書かれています。

「4月8日の辻固め 疫病を防ぐために村界(村の境界)に大草鞋をつるし,獅子舞があり太刀を揮って舞う」
「9月1日は風祭りで荒き風を防ぐ獅子舞を鎮守社前で舞う」

ここに記述されている「大草鞋」は高男神社より500メートルほど東の富士山麓にある富士浅間神社入り口に掛かっています。昔は春の風神祭に奉納されたものです。風神祭は約1300年前に養老律令で定められた道饗祭michiaeに由来します。
「芹沼地区には,このような大きな草鞋を履く大男がいるから,悪者は立ち寄るな,疫病も立ち去れ」というメッセージが込められているわけです。
長さ三尺半,幅一尺半(105X45センチ)の大きさで踵がなく,稲穂と,竹筒に入れたお神酒を大草鞋に飾り付けます。
富士浅間神社鳥居の左手に「厄払い大草鞋と獅子舞」の案内板があり,小見出しに「獅子舞=富士山不動尊・高男神社・芹沼十文字」と書かれています。

「芹沼地区の獅子舞は文挟流の流れを汲む獅子舞で,日光東照宮造営に際して舞ったのが最初と言われています。昔は辻固め(辻切り)の旧暦4月8日と,八朔の3日前に行う風祭りの年2回,獅子舞が奉納されておりました」

現在は8月最後の日曜日に厄払い大草鞋を奉納する辻固めと同じ日に「辻切り獅子舞」の名称で守り伝えられ,獅子舞が奉納されています。

道饗祭みちあへのまつりは疫神祭ともいわれ,疫病,疱瘡が村に侵入するのを防ぐために,境界に塞神=道祖神を祀り,饗応=もてなしたので「饗」の字があてられている。塞は要塞のサイでふさぐ,ふせぐの意。『古事記』に「塞sayaります黄泉戸yomidoの大神」,書記に「黄門yomidoの塞saheの大神」とあるのが道祖神のご先祖で,『奥の細道』序「そぞろ神の物につきて心をくるはせ,道祖神のまねきにあひて,取もの手につかず」でメジャーになる。「さへの神」からsae, saiと変形し,障・歳・才・齋・幸・妻など多数の文字があてられています。

芹沼の「辻切り」は道に境界線を引く,「辻固め」は境界を決める,閉ざすという意味で,この線からこっちに疫病神は入ってくるなという願いが込められた名称です。
こんな大きなワラジを履く大男神がこの村にはいるから,悪,災厄は入ってくるなというわけです。
すると芹沼の高男神社は大草鞋に見あった背の高いオトコ神を祀る神社ということになるのかも知れない。
宮司さんの由来書では祭神は「高龗神・大山祇神」であるが。

 

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