龍神社

[りゅう神社]

下野市・紫195

主祭神[高龗神]

旧地名:下都賀郡国分寺町大字国分乙字竜神前195
主祭神:高龗神[たかおかみのかみ]
配神:稲倉魂命,大山祇命,伊弉那岐尊,伊弉奈美尊
姿川から約250m北東。天平の丘公園東側の畑の中の森に鳥居が見える。
昭和二年十一月の旗杭。
鳥居建立年は消えかかっているが,推読すると「昭和十四年二月十一日 奉龍神社」
大正九年四月吉日の石燈籠。
北東350mに下野国分尼寺跡,その西500mに下野国分寺跡。
往古より「八龍大神」と尊称されてきた。
明治五年神祇省によって神社社格区別帳が作成された時に「八」が消えて「龍神社」となる。
本殿:流造亜鉛板葺 例祭:11月23日
*『下野神社沿革史』(明治36年1903刊)4巻29丁
下都賀郡國分寺村大字國分鎭座 村社 龍神社
祭神 高龗神 建物本社間口二尺奥行三尺 氏子八十七戸・総代員 社掌
本社は字龍神前に在りて社境七百二十一坪を有せり

遠くから見えるが,なかなか たどりつけない 昭和の刻字も消えかかる
広大な杜 本殿 流造亜鉛板葺
前は広々とした畑 かなたの森が天平の丘公園
八龍神社

八龍神社

[はちりゅう神社]

栃木県下野市・小金井2-8-1

旧地名:下都賀郡・国分寺町大字小金井
祭神:高龗神・闇龗神・八龍神
小金井神社の裏手の川沿いの公園に鎮座。 鳥居の東の「八龍神社本殿跡地」碑の裏に「ここ八龍神社は江戸時代の頃より村民を天災病魔から御加護下された守護神なり その境内が都市区画整理事業により整備されこの地から現在地に御本殿が移設されたもの也 昭和六十二年1987九月 氏子中」
その隣りは「八龍神彰徳之碑」で裏に由緒が刻まれている。簡単に読めるかに見えたが,7割しか読めない,建立の年月すら読めない,しかし祭神は祈雨祈晴の「高龗神・闇龗神」,小金井宿の災厄防止の「八龍神」の文字が見える。石碑写真に黄色点を付けておいた。権限のある方がタワシでこすればまだ全文読めそうだ。
昭和三十九年1964立木伐▢の日▢境内には杉と欅ととり交ぜて晝尚暗き▢に樹齢三百年八尺に▢及ぶ大木が新田を覆ってゐた 伐採された翌年昭和四十年1965七月十六日▢▢八龍神の社殿…倒壊或は破損の災厄を蒙るこの災害に神殿も影を止めず敷石の白く残るのみ…」
半世紀ほど前までは大木が林立し鬱蒼たる境内だったが,落雷か火災か,社殿も消滅し敷石だけになってしまった。氏子の努力で再建されたところまで刻んであるようだ。
「八龍神」社号標に「昭和四十五年1970三月八日建之」とあるのが再建年か。その後昭和末期にお上のお達しで区画整理の憂き目に遭い短い距離ではあるが本殿を移設して,幸いにも少しは樹木の残る明るい神社に生まれ変わった。朱色も鮮やかに,とても頑丈そうな本殿だ。移設の際に奉納された石燈籠に「昭和六十二年1987十一月吉日」とある。
例祭:金井神社と共同の春祭2月28日
朱色も鮮やかな本殿
八龍神社本殿跡地 八龍神社本殿跡地碑裏
八龍神彰徳之碑 由緒 「八龍神」社号標
昭和六十二年1987
目立つ本殿
樹勢も旺盛
西から 道路から 桜の古樹
鎮座の杜 西の墓地脇から 南に川

 

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