鹿嶋神社

[かしま神社]

佐野市・戸奈良2008

配神:[高龗神]

旧地名:安蘇郡田沼町大字戸奈良2008
主祭神:武甕槌命,経津主神,天児屋根命
配神:高龗神[たかおかみのかみ],大山祇命,大日孁貴命,稲倉魂命,素戔嗚尊,誉田別尊,伊邪那美命,柿本人丸朝臣命
境内社に白山姫命の白山神社,石井兼孝神霊の兼孝神社,報国神社
正治元年1199に戸奈良五郎宗綱が常陸の国鹿島神宮より勧請。三床山の麓に奉祭された。
佐野家が尊崇し,衰退して村の鎮守となる。天保二年1831火災に遭い天保十年1839再建。明治五年に村社。
明治42年2月に戸奈良1729にあった「高龗神」を祭神とする無各社の「八龍神社」を合祀。
その後も同年6月に八坂,八幡宮,神明宮,稲荷神社,人丸神社,三王神社,白山神社を合祀している。
本社は人里から離れ,参拝に不便であったため,昭和27年に遥拝殿を建立。
【遥拝殿】
葛生の町を後にして県道66号線を北上する。ゴールド佐野CCの先を右に入るとすぐに「村社鹿嶋神社」(大正14年1月)の石柱。
朱色の木製灯篭が並び立つ,とても美しい神社。手入れも行き届いている。
社柱のうしろに石塔が二基。大きい方は昭和28年4月の「遥拝殿新築記念」碑。社の由来が細字でびっしり刻んである。
その隣りは「戸奈良共有地」の碑。田畑山林を神社のための村の共有地に名義変更した記録である。昭和29年。
このあたりは宇都宮からはかなり高地になるので,4月20日でも神楽殿脇に桜が満開。社の西には田が広がる。
拝殿内の額には「鹿嶋大神宮」の文字。拝殿右手に境内社2社。
左手は「報国神社」。鳥居柱には「明治三十九年建之」と「昭和四十一年十一月移轉建之」
右手は「包孝霊社」。「包孝祠創建之碑」弘化四年1847。
「弘化四年歳x丁未秋八月」1847の手水石。
清掃をなさっている方にお聞きすると,ずっと奥の方に本殿があるとのこと。ここは遥拝殿の方。
【本殿】
車で入っていくと,なるほど,かなり離れた山の方に神社の杜らしき古木が見えてくる。
ここも草取りの方がいらして,手入れが行き届いている。すっきりと気持ちのいい神社だ。
「大正四年」の旗杭。「嘉永二年歳次己酉春二月上澣建」1849の石燈籠。
樫?と杉の巨木の間に「弘化五年龍集戊申春三月吉」1848の神明鳥居。額文字は「正一位鹿嶋大明神」
右手に文久元酉年1861の「猿田彦大神」石塔。
昭和五年三月の狛犬は絶品。足が細いわけでも,頭が小さいわけでもなく,全体が細みに見える造形。見間違いでなければ,左右とも「阿」
さらに進むと「嘉永紀元戊申九月」1848の手水石。
「嘉永二酉年年三月吉日」1849の石燈籠。
ここから石垣が組まれて正面に朱塗りの本殿。背後に深い森が広がる。
右手に「正徳四年甲午二月」1714の手水石。これは古い。
「奉納御寶前 明和六己丑年」1769の石燈籠。
「文化六己巳年五月吉日」1809の石燈籠。
慶應元年1865の石塔。
左手の少し離れたところに石祠の境内社。これが白山神社だろうか。
昭和8年の石のベンチなどが残っている。この神社の文字は300年前のものでもはっきり読める。石の質にもよるのだろうが,長く村の方に尊崇されて清められてきたのではないかと思う。 鹿嶋のシマの字形は『栃木県神社誌』では新旧とも「島」だが,現地では「嶋」で統一されている。
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本殿:明神流造亜鉛葺 幣殿:瓦葺 拝殿:瓦葺 例祭=4月20日に近い日曜日
遥拝殿
美しい 遥拝殿に神楽殿 境内社2社
本殿入口 巨木の間を
傑作
つい別の角度から 撮影したくなる
正徳四年1714は古い 新しいか?

 

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