鷲宮神社

[わしのみや神社]

都賀町・家中450

配神[闇龗神]

旧地名:下都賀郡都賀村大字家中450
主祭神:天日鷲命,大己貴命,豊受姫命,火産霊命
配神:闇龗命 息長帯媛命
上の写真中央の鳥居付きが「闇龗神社」
境内社は『栃木県神社誌』新版では闇龗神社,高龗神社,愛宕神社,八坂神社,御嶽神社,稲荷神社,大杉神社,吾妻神社,金精神社,三社神社の10社。旧版では菅原,八坂,琴平,鹿嶋,吾妻5社。
大同三年808創立の古社。小倉川そばにあったが洪水のため承平元年931に現在地に遷宮。
近年2000年から11月23日に強卵式を行っている。北条政子が息子の頼家の百日咳快癒を卵断ちして祈願した故事にならって,強飯式と反対に卵は食べない。
鳥居付きの境内社が多数あり,中に「闇龗神社」を見つける。
入口鳥居の右手に「祖霊社」,拝殿右側に神楽殿,その右手に「愛宕神社」,神楽殿の左手から順に「八坂神社」「八龍神社」「御嶽神社」「闇龗神社」「稲荷神社」「大杉神社」「八坂神社」「琴平神社」「菅原神社」「鹿島神社」「金勢神社」「吾妻神社」と11社が並ぶ。境内社としては立派な社が多い。
八龍神社は下八龍神社で祭神に「闇御津羽神・八大竜王」とある。鳥居は靖国型。
闇龗神社は上八龍神社で祭神に「闇淤加美神・八大竜王」とある。鳥居は明神型。
ふりがなは[くらお]神社になってしまった。どうして[くらおかみ]にしなかったのか?県内の「高お神社」に影響されたか。社名木札の表記は古事記ふう。
「正一位八龍大明神」の扁額が社の左手,正面から見えない位置に立て掛けてある。
八龍は八岐大蛇なら神道風だが祭神にはしない。法華経の護法善神八龍のうち娑羯羅竜王shgaraが雨を司るので,もとはインド仏教の八龍なのだが,8頭の龍やシャガラ龍王を意識せずに単に雨に関係のある龍神として祀られていることが多い。社柱や額文字や石燈籠の刻字が八龍と龍と混在している神社もある。
排仏毀釈により仏教風の神社はいかがなものか,とおしかりがあって日本書紀の闇龗kuraokamiを社名に当てはめた可能性もある。『栃木県神社誌』記載の「高龗神社」が見当たらないので,この下八龍にあたるかもしれない。祭神が異なってしまうが。
本殿:流造銅版葺 幣殿:流造銅版葺 拝殿:流造銅版葺
例祭:11月23日 9月19日は闇龗祭
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 正一位 鷲宮大明神 家中 菱沼下総
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻四16丁
下都賀郡家中村大字家中鎭座 村社 鷲宮神社 祭神 大己貴命/天日鷲命 祭日陰暦十一月初酉日 建物本社間口一間奥行一間銅葺 拜殿間口五間奥行二間 幣殿間口二間奥行二間 末社六社 石鳥居一基寛文八年1668三月建設 石燈籠三基 神樂殿間口二間奥行三間 御供水井一箇所 手洗石二基 制札一基明治卅一年1898八月廿五日栃木県廳より下附 社有財産郡村宅地及畑等あり 氏子四百廿六戸 社掌菱沼義正仝村仝大字七十番地住 本社創立は遼遠にして詳かならすと雖も承平元936辛卯年十一月初酉日本社改造せしは明かなり 文禄三年1594本村検地之際二反七畝二十六歩餘地として寄附せらる 享保十一年1726十二月十一日を以て正一位の神階を授けらるるより衆庶の崇敬彌盛なり 殊に毎年大祭には維新前は藩主より有社參ありて最も嚴かに祭典を執行せり 本社奉仕は往古より菱沼家神職にして代々奉仕せり 然るに嘉永年中1848~54該家焼失の爲め社記録及ひ家系譜等悉皆烏有に属したる故に由緒沿革等を詳にする能はす 社域九百八十六坪平地にして古杉老樹矗立陰森優雅にして愛すへし 頗る社殿の宏壯美麗にして輪奐ならさるはなし
闇龗神社 八龍大明神
闇龗神社 闇龗神社の古そうな鳥居 鳥居の奥,木に隠れて闇龗神社
八龍神社 境内社が並ぶ
鷲宮神社 大きな神社である 神楽殿
神楽殿右の愛宕神社 愛宕神社
拝殿右手から境内社が 多数並ぶ
金勢と金精 八坂神社,左が八龍神社 稲荷神社
大杉神社

 

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