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 『転身物語』の巻五にある,泉になった妖精アレトゥサの話はとても楽しい。 アカイアの妖精アレトゥサが,疲れと暑さのために,透明な河で泳ぎ戯れていると,アルペウス河神が彼女を見つける。彼女は水着なんてものは身につけていないから,興奮した河神はアレトゥサに突進して愛を挑んでゆく。純情だった彼女はあわてて逃げるわけだが,この純情なオール・ヌードはとんでもない距離を逃げてゆく。オウィディウスの記述によれば,アカイア地方を駆け抜けて,エリス地方へと数十キロ,あるいは数百キ□,裸のお尻を見せながら逃げに逃げる。追いかけるほうは楽しいだろう。
 とにかく捕えられそうになった時,狩猟の処女神ディアナに助けを求めると,女神は黒雲の一つを投げ与え,霧の中ヘアレトゥサを隠してやる。しかし数百キロも素敵なお尻を鑑賞してきたアルペウス河神はあきらめるはずがなく,黒雲から目を離さずにニヤニヤしている。そのうちに冷たい汗のようなものがアレトゥサの全身から滴り落ち,足もとに水たまりが出来,髪の毛もかざりの毛も水滴となって,あっという間に泉に変身してしまう。
 この話はここからがまたおもしろい。アルペウスはその泉の中に求める女がいるのを見てとると,それまで装っていた人の姿を捨て,河神本来の水の姿にもどって彼女をものにしようとする。これは危ないというので,ディアナ女神はすかさず大地を開いてアレトゥサに逃げ道をつくってやる。彼女は大地の裂け目から奥深く逃げ込んで,デロス島オルテュギアに流れ着いて,エリスのシュラクサエの神聖な泉になるのである。
 冥界の河ステュクスの深淵を流れ,地下をくぐって湧き出る泉の話として,大変興味深いものだ。泉の自然学的本来の姿は,地下水脈の地表湧出なのだから。
そして,この泉に変身するアレトゥサこそ,自然を自らの内にとり入れ,自然そのものになった女性なのだ。ガブリエル・ダヌンツィオの言葉を聞こう。
 オウィディウスはこのへんにして,妖精はギリシア語でナイアス(またはナイス),複数形はナイデス一またはナイアデス)というらしいことを付け加えよう。泉の妖精はそれぞれの関わる泉や河に一人のこともあれば,多数いることもある,もちろん,若くて美しい,男を骨抜きにする魅力をもった女性としていつも登場する。女神と呼ばれることもあるが,不死ではなく,はかなく消えてしまうこともある。ただ,非常に長命であると考えられたらしい。
マラルメの「牧神の午後」の中に,フォーヌが悩まされるのも泉のニンフだった。

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