kyonsight
くすぎのいなかの乾いた家裏
土になったカチカチの根っこぶを土ふまずで踏み歩くと
四代前のチョンマゲを切った先祖の肖像画が出てきた
日本刀の斧でリンゴをむいた
三輪車の赤い子供がにらむ
くすんでいた記億が子供の目に清水のようによみがえる
ガラスの目玉を見られた恐怖に白い土塀はいよいよ白くなった
竹のしだれかかった黒い道がいつか盲黙の幼時に見たことがあった

篠竹で編んだしら茶けた農家の塀に赤い舌のヘビが湿った笑いをなめている

手の中の石ころの宇宙のしわを見ていたら
水溜まりで拾ったカラス貝がもう一度見つかるかも知れない同一の軌跡であった

千年前のイチョウの下で 千年前の赤子の匂いがする
黄色い神秘がかさりと呼び込んだ静止の空気
ズックのスケートの少年が松林の蓮の沼で氷を割って落ちこんだ
鼓の音がやみ 馬がひそかにひづめを鳴らしていた
雀の羽ぱたきひとつ
葉っぽの落ちた空気はひっそりと灰色
石の雫は落葉の煙のひとすじ

もうせん苔がピラニアの呼吸に そよ と拒否をした
大谷石のこっぱの道が青白く乾いている
宇宙の重さに蝶はとまってしまった
劫初の太陽はひたすら白くあった
路端の草の影は消えさり石ころの影は消えさり 小川はひかりさざめくのをやめた
その永劫の静止の中 赤い風車がくるりくるりと回っている
ひそまりかえった緑色の湖に一滴の雫を落とす
魂の波紋は沈黙の中をながれかえり
霊の重さに山栗がひとつ枯れた葉を落とす

柿の赤実がくろぐろとひっついている農家で
ちゃんちゃんこが泣きの形をしている
十羽のモズが響きを永遠に残していった
たそがれの盲目の目が開き
ひえびえの赤切れの頬が静かにガラスの目を見ている

よるべない
さまよえる
にわほこり
その 初めにゆれていた純真な数多の
ひとつになったまつげたちは
うすらかげの白い土となった

灰色の影を落としていた静かな植木鉢のかけらは
モンシロチョウのひそかな老婆の枕
明る過ぎる陽の中の乾いた一つの故里
ぽつねんと忘れ去られた柿の実は 風を凪ぎ 生けるものを石と化した
影を消し去り 空気をひそめた
あらゆるものは紫色になり まっ白になり透明になった
柿の木も見えなくなりただ柿の実だけが赤

樫の切り株に腰掛けて それから白い道を歩く
あるサムシングがピエロの風船をふくらませていた
ひとつの崩壌が茶色の畑にもたらすつむじ風
つむじ風は赤い女の日傘をまいあげ
日傘はゆらりゆらりと春の空に小さくただようていた
路端のねんころ草に陽炎がたち
井戸端で瀬戸の欠ける音がする

べんがらの沼のひそみに羽黒トンボがただようている
灰色の塵がふわふわしている
原初の太陽が黄色い光を短く放つ河原では
明日の石ころが誕生する
耳をすましたオコゼの全き無音に 南天の肌のカタツムリはツノをかくす
雨あがりの月が白くあった
妹は縁側に腰掛けている
姉は六畳で折紙していた

虫とり草のうす茶のべとつきは子供の指に秘密を教える
おしろい花の乾いた影の日
しずまりかえった幼時に私の時間は歩き始めた

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