kyonsight
「小林神社」北小林861 「八幡宮」助谷575
「四所神社」国谷1005 「至宝神社」落合3-8-41
小林神社
[こばやし神社]
栃木県壬生町北小林861

主祭神:大己貴命・少彦名命 境内社:金毘羅神社・天満宮
手入れの行き届いた立派な神社。近くに壬生北小学校、南犬飼中学校、独協医大がある。
平成七年に神楽殿を新築している。
覆屋に額付きで天満宮。金毘羅神社は見つからなかった。
ご近所の氏子の方がいつも清掃をしたり枝を払ったりしているという。将来は人手が心配だとおっしゃっておられた。
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 4巻26丁
下都賀郡南犬飼村大字北小林鎭座 村社 小林神社 祭神 大己貴命・少彦名命 本社創立詳かならす字南原に位し社域二千百九坪を有す




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歌額

太い御神木があった。残念

鳥居など奉納記念碑

左手の天満宮

天満宮裏手

神楽殿

御輿倉

御輿

石碑3基

天棚倉

小林寺入口の標識

東参道から

八幡宮
[はちまんぐう]
栃木県壬生町助谷575

主祭神:譽田別命 配神:天満宮・愛宕神社・八幡宮・三峯神社の御祭神 境内社:三峯神社
助谷は[すげがい]。黒川と姿川のちょうど中間あたり壬生総合公園の北600mに鎮座。
神楽殿を備えた立派な神社である。
大正五年1916社柱,慶応二年1866寅九月吉日の狛犬,万延元庚申1860石燈籠,大正二年1913手水石。
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 4巻25丁
下都賀郡南犬飼村大字助ヶ谷鎭座 村社 八幡宮 祭神 譽田別命 本社創建詳かならす社域六百九十八坪字堀の内に在り
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 八幡宮 助谷 放光院


新しい石階



大正五年1916社柱

慶応二年1866狛犬



古そうな狛犬

万延元年1860石燈籠

大正二年1913

神楽殿

太々神楽額

旗杭

左手奥に三峯神社




旧石階

四所神社
[ししょ神社]
栃木県壬生町国谷1005

国谷は[くにや]。平成18年12月の改修記念碑の由緒書きには「御祭神:大日孁貴命,素戔嗚命,天児屋命,大雷命,誉田別命,倉稲魂命」となっている。
『栃木県神社誌』旧版では「主祭神:天照皇大神 配神:高尾神社,八幡宮,雷電神社,稲荷大明神,境内神社:四所神社(祭神:天照大神)」となっている。
『栃木県神社誌』旧版の四所神社の項の配神の書き方が神名でなく社名になっているので,少し齟齬が生じている。
大日孁貴命は天照大神の別名なので問題はない。新版では,改修記念碑と同じく[おおひるめのむち]で記録されている。
倉稲魂命=稲荷大明神,大雷命=雷電神社,誉田別命=八幡宮とすると高尾神社には,天児屋命,素戔嗚命のいずれかが対応することになるのだが無理がある。
改修記念碑と新版から「高尾神社」を抜いた理由が知りたいところだ。
「大正初期国谷四地区の大神様を合祀,村社四社神社となり拝殿を造営」とあるので四地区に4社から6社あったのだろう。
広大な壬生総合公園に隣接。すぐ南を北関東自動車道が走っている。神楽殿つきの立派な神社。鳥居「大正十年」狛犬「昭和十八年」
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 4巻25丁
下都賀郡南犬飼村大字國谷鎭座 村社 四所神社 祭神 大日孁貴命・素盞嗚命・天兒屋根命・譽田別命 本社創立年月遼遠にして詳かならす社域七百七十九坪平坦の地にして境内には古松老樹蔚々として風色幽邃なり
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃の記録に,国谷では天神宮が載っている
都賀郡 天神宮 国谷 真照寺


平成18年12月改修記念碑

四所神社額



神楽殿








至宝神社
[しほう神社]
栃木県壬生町落合3丁目8-41

東関東自動車道壬生インターのすぐ南。ハイウエイ開通で現在地に遷宮。1998年「至宝神社移転建設記念碑」が建てられており、創立記念の植樹記録が追加で彫られている。創立40周年平成5年11月がいちばん新しい。この「創立」からするとねまだ新しい神社のようだ。



後ろにハイウェイ


移転建設記念碑

植樹記録



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