足利市葉鹿・下渋垂・福富・梁田・八幡・朝倉・田中・借宿・堀込・西新井・那珂川町の神社資料

▊葉 鹿 村  『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-17丁
本村は町村制實施の際舊小俣葉鹿の二村を合せー村と成せしか明治二十六年に至り各々分離して獨立一村を爲すに至りしものとす
本村は徃時幕府代官の領地にして明治維新の後栃木縣に屬し第四大區八小區に編入せられ今日に至りしものにて村社一社有名の無格社一社あり其氏子戸数三百三十餘戸人口二千百四十餘人あり

篠生神社

[ささご神社]

栃木県足利市・葉鹿町2-2-2


主祭神:素盞嗚命・櫛稲田姫命 境内社:鹿島神社・為朝神社・八坂神社・織姫神社・稲荷神社・琴平神社・浅間神社・厳島神社
斉明天皇の御代655-661に出雲国杵築社より勧請とされる。大正二年1913諏訪神社を合祀。欅の社叢は足利市天然記念物指定。
例祭:4月24日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 正一位 篠生大明神 大前 村正
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-17丁
葉鹿村大字葉鹿字緑岡鎭座 村社 篠生神社 祭神素盞嗚命 稻田姫命 建物本社五尺四方 拜殿間口五間奥行五間半 末社八社 氏子三百三十余戸 兼社掌大原神社社司森山大久良
本社創立年月詳ならすと雖も齊明天皇の御宇出雲國杵築社より御分靈を奉遷す 社域千八百四十四坪あり

熊野神社

[くまの神社]

栃木県足利市・葉鹿町1348


主祭神:伊弉諾命・櫛御気野命・五十猛命・大屋津姫命 境内社:八幡宮・天満宮・春日神社・織姫神社
本殿の彫刻チェック。
昭和十六年1941星宮神社を合祀。
例祭:4月,10月第三日曜日 八坂祭:7月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 熊野山大権現 熊堂 玄寿院
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-18丁
葉鹿村字熊野鎭座 無格社 熊野神社 祭神伊邪那岐命 櫛御氣野命 五十猛命 大屋津姫命 建物本社五尺四方拜殿間口六間奥行二間 雨覆二間四方 末社四社 華表一基 氏子五十三戸 社掌同上
本砒創建年月詳ならすと雖も紀州熊野本宮より奉遷したるものにして村落を熊野(今葉鹿村熊野)と稱し地方稀なる神社にて衆庶の尊信厚く社殿も宏大壯麗にして輪奐たり 社域八百六十一坪高燥の地にあり 境内には古杉老樹蓊蔚にして神威と共に高く聳ひ幽邃にして風色絶景たり

日枝神社

[ひえ神社]

栃木県足利市・葉鹿町2256


主祭神:大山咋命 配神:湯彦神・軻遇突智命・大山祇命
創立年等不詳。明治三十二年1899改築。
大正三年1914愛宕神社を,五年に山神社,高松神社を合祀。
例祭:4月10月第四日曜日

三島神社

[みしま神社]

栃木県足利市・葉鹿町357



主祭神:事代主命 配神:大山祇神 境内社:稲荷神社
創建等不詳ながら渡良瀬川の氾濫をしずめるために勧請。山車は天保四年1833作。
例祭:4月第一日曜日 10月第三日曜日


▊梁 田 村 『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-18丁
本村は梁田,下澁垂及ひ福富の舊一宿二村を合併して一の自治區となせしものにして其幅員東西一里南北二十五町ありて渡良瀬川の南岸にあり地勢平衍にして村民は農工商を分ち活潑にして勤勉の風あり
古來の沿革に付ては往時は各村旗下釆地に分屬し明治維新の後栃木縣に屬し第四大區九小區に編入せられ毎村役塲を異にし更に合して一戸長役塲の所轄となり次て町村制實施に及ひー村となる 本村には郷社一社村社二社ありて其氏子四百十余戸人口二千七百三十余人あり

御厨神社

[みくりや神社]

栃木県足利市・福富町2005


主祭神:天照大神 境内社:豊受神社
康平六年1063源義家が創建。このとき奉幣代官として伊勢より招聘した岩井田一紀は江戸後期に社掌として記録された岩井田氏の祖ということになる。源頼朝が建久八年1197社殿再造営。
神明宮,田中神社などと称し,梁田十八郷の総鎭守であた。明治八年1875は「御厨神社」と改称,翌年郷社となる。
明治四十年1907八坂神社を,大正十四年1925八幡宮,雷電神社を合祀。
『下野神社沿革誌』の記述にあるとおり内宮と外宮に分かれていたが,渡良瀬川河川改修に伴い外宮の方に統合し昭和八年1933に現在の社殿に改築した。境内地は昔より広くなり1484坪。平成14年までに大改修を行っている。
社号標に「郷社御厨神社」,拝殿額に「天照皇大神宮」。
本殿右手の「豊受大神宮」は朱鳥居に狛犬,石の玉垣をそなえた,千木付きの立派な本殿で,『鹿沼聞書・下野神名帳』に両皇太神宮とある両の示す社である。
御田植神事
御筒粥神事
例祭:10月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 両皇太神宮 神明 岩井田氏
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-18丁
梁田村大字福富字神明鎭座 舊梁田郡 郷社 御厨神社 内宮外宮兩祭神天照皇大神 豊受皇大神 祭日三月十五日九月十九日 建物内宮本社間口六尺奥行八尺萱葺 外宮本社間口九尺奥行一丈一尺萱葺 瑞籬内宮縦三間半横三間半外宮縦三間半横八間 拜殿間口二間奥行二間 兩社同し筒粥殿間口三間奥行二間 神樂殿間口三間奥行三間 木鳥居各一基 末社十社 盥漱石高さ七尺五寸横八尺五分 郷社御厨神社石標一基 氏子四十二戸總代三員 社掌船田義明仝郡御厨村大字上澁垂六十七番地住
本社の由緒は文政十二年1829八月平田篤胤大人の謹述したる碑文にて明かなれはくたくたしく此に記さす 其碑文を左に採録す 噫尊むへし信すへし
[碑の図]
天照皇大神 豊受皇大神 兩社神明宮 此に左の文あり
[碑の文]
この二柱の大神の御神徳の廣く大きに御座すことは今更に云へくも非す 古は國々に御厨とて神領多かりしこと神風鈔また神領目録なとを見て知へし 即この處はしも同書ともに下野國に二宮梁田御厨とありて
絹布綿なと献れる御側にそ有ける故是を以て當昔より此領社を勸請して神明宮と稱し今に梁田十八箇村の總鎭守と稱し奉り此村を神明村と云ふこ〻に村長なる岩井田甚五右衛門福救は古の道に志深く其由を石文に記して建年と余に其事しるしこと請ふま〻ににかく記せる時は
 文政十二年八月なり  平鷺胤謹述男平篤眞書
當社境内は平地にして老杉矗立天に聳ひ最も蓊蔚せり 本社より東南は竹林を繞らし社域各別に(六百七十四坪六百二十七坪)して毎年陰曆正月十四日后六時より十五日前六時まて神職氏子一同參集して筒粥神事を行ひ以て諸作豊凶を定む 又仝曆二月一日前六時より八時迄社庭に於て古式の田植神事を行ひ頗る盛なり

稲荷神社

[いなり神社]

栃木県足利市・下渋垂町505

主祭神:保食命 配神:譽田別命・大日孁貴命・木花咲耶姫神
正応二年1289創建,天正年間1573~92に再建。
明治四十年1907字雷電の八幡宮を合祀。
昭和二十七年1952大改修。
例祭:10月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 正一位 稲荷大明神 下渋垂 自性院
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-19丁
梁田村大字下澁垂鎭座 舊梁田郡 村社 稻荷神社 祭神保食命 祭日二月初午日九月廿五日 建物本社五尺四方 拜殿間口三間奥行二間 末社一社 華表一基 氏子百六戸總代三員 社掌小堀英治大字仝五十七番地住
社傳に曰く本社の創立は本村開始の時豪家稻村家の地内に勸請せしものなりと云ふ 本村は古昔潮垂と云へし由にて又壚嶋ともいひならわせり 本社より五丁程隔り今も潮嶋あるを見れは澁は潮より脱化し來りしものならんか 然るに何時の代にか今の社地に遷座せしものなりと 享保年中宣旨を賜はり正一位を授けらる寛保三年十一月本社再建す 天保十二年十一月拜殿を再建す 社域四百六坪澁垂の西端に位し東方に點々たる村落を望み西御厨村に接す 他は渺茫として際涯なき御厨田甫を一渺の下に眺む 境地古松老杉參差として相接し淸閑の中一望廣濶爽涼の氣人に逼まる

雷電神社

[らいでん神社]

栃木県足利市・下渋垂町298


主祭神:大雷命 配神:大物主命・須佐之男命・木花咲耶姫命
天正十八年1590十月十八日創建。昭和十八年1943幣殿拝殿改築。
江戸中期に始った保多喜祭は明治期に途絶えていたが大正十四年1925に復活した。
例祭:5月10日保多喜祭

八幡宮

[はちまんぐう]

栃木県足利市・福富町1815


主祭神:譽田別命 配神:木花咲耶姫之命・須佐之男命 境内社:内田稲荷神社
昔は創立不詳だったが『栃木県神社誌』平成18年版から永承六年1051源頼義が創建とされる。 例祭:4月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 八幡宮 猿田 遍照寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-19丁
梁田村大字福富南猿田鎭座 舊梁田郡 村社 八幡宮 祭神譽田別命 祭日三月十五日八月十五日 建物本社間口三尺三寸奥行二尺九寸栃葺 雨覆間口二間一尺五寸奥行二間二尺六寸瓦葺 拜殿間口二間一尺五寸二間一尺奥行瓦葺 石華表一基 石燈籠二基 洗手磐一個 末社七社 氏子三十戸 社掌船田義明住所仝前
本社創立年月日詳かならす 社域百七十一坪を有す

天満宮

[てんまんぐう]

栃木県足利市・福富町1248



主祭神:菅原道真公 配神:譽田別命・木花咲耶姫命
応永元年1394創立。現在の本殿は享保年間1716~36再建のもの。
境内の馬神社碑の台座に塩島村中とある。簗田御厨は伊勢神宮の神領で,その中心の塩嶋郷に農業守護神として当社が勧請された。塩嶋は江戸時代には塩島と表記され明治八年1875福富町の一部となった。『鹿沼聞書』にある円成院は隣りに現存する。
例祭:4月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 天満宮 塩島 円成院

鹿島神社

[かしま神社]

栃木県足利市・福富町849



主祭神:武甕槌命 配神:木花咲耶姫命・大己貴命
延文(北朝)三年1358創建。当時は生河郷,江戸期には小生obu川村。享保年間1716~36には鹿島大明神と称した。昭和四十二年1967に渡良瀬川改修工事に伴い福富町591から現在地に遷宮,本殿以外の建物を新築した。
40号線沿い『鹿沼聞書』にある普門寺の南裏に鎭座。
例祭:4月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 鹿島大明神 小生川 普門寺

金山神社

[かなやま神社]

栃木県足利市・福富町726-24


主祭神:推定・金山彦命
足利鉄工団地協同組合で祀ったか。

星宮神社

[ほしのみや神社]

栃木県足利市・梁田町495

写真提供:Roku Jiiさん

主祭神:天津日高彦火瓊瓊杵尊 配神:大物主命・須佐之男命・保食命・大山祇命
正徳五年1715虚空蔵尊を奉祭する。維新に際し星宮神社と改称。本殿は精緻な彩色彫刻で覆われている。享和二年1802本殿覆屋造営,明治十九年1886萱葺から瓦葺に改装。大正元年1912拝殿新築。
明治四十年1907天満宮,浅間神社,雷電神社,平田稲荷神社,十二社神社,三峯神社,八幡宮,豊川稲荷神社,八坂神社を合祀。
例祭:4月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 星宮大明神 梁田 成就院
合祀社が祀られている
地租改正絵馬 改築の経緯
豊川稲荷 金刀比羅宮か


▊山 邊 村 『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-19丁
本村は八幡堀込借宿朝倉田中の舊五村を合せーの自治區をなせしものにして其幅員東西三十町南北二十五町あり 地勢平坦にして北は渡良瀬川の長流に瀕し南に矢塲川を控ひ西は群馬縣上野國山田郡に接し渡良瀬川の支流其中間を流れ村民活潑にして農工を専務とす
古來の沿革に付ては往時は足利戸田氏及び旗下の所領たりしか明治維新の後栃木縣に屬し第四大區九小區に編入せられ一戸長役塲の所轄となり更に町村制實施に當り今の一村となれるものにして縣社ー社村社四社ありて其氏子戸數四百九十餘戸人口三千二百七十人許あり

八幡宮

[はちまんぐう]

栃木県足利市・八幡町387-4


主祭神:譽田別命・大帯姫命・姫大神 境内社:八坂神社,稲荷神社,道祖神社,川込神社,日枝神社,天満宮,若宮八幡宮,山神社,三峯神社
当社は220年以上前の『鹿沼聞書・下野神名帳』と170年前の『下野国誌』に同名の神主県因幡が記録されていて,『下野国誌』は嘉永元年1848脱稿がはっきりしているので,年代不詳の『鹿沼聞書・下野神名帳』の成立時期の推定に重要な手がかりとなっている。
社伝は『下野神社沿革誌』に詳しい。
例祭:4月10日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 八幡 八幡 県因幡
*『下野国誌』嘉永元年1848脱稿 嘉永三年1850刊行 巻四
八幡郷 八幡宮 梁田郡八幡村にあり,圭田五十石別當神宮寺真言宗なり,神主縣因幡といふ,足利式部大輔吉國の建立まて足利家代々の産神なり,足利義兼朝臣,足利将軍尊氏卿に至りても代々再建ありしといへり
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-20丁
山邊村大字八幡字宮前鎭座 舊梁田郡 縣社 八幡宮 祭神譽田別命 大帶姫命 姫大神 祭日陰曆正月十六日三月十六日八月十六日  建物本社二間四方銅葺弘化四年1847八月再建 拜殿間口四間半奥行二間半瓦葺明和七1770三月再建 幣殿間口三間半奥行二間瓦葺再建仝上 神樂殿間口三間奥行三間 唐銅鳥居一基高一丈四尺寛政四年1792建設 末社七社 社務所間口六間奥行四間半瓦葺 社有財產田原野二町二反二十五歩  氏子六十五戸總代五員 社掌丸山榮舜仝村大字朝倉一九番地住
本社は天喜年中1053~58源義家の創立にして一國一社八幡宮と稱し明治五年郷社に定められ仝三十五年一月縣社に昇格せらる 社傳に曰く天喜年中源義家奥羽追討の勅令を蒙り奥州下向の際當地堀込地に陣營を設け戰勝祈願の爲め男山八幡宮を遷座し(其當時渡良瀬川は本社の地前を流れたれは新に橋を架し本社に請せしと以て今尚陣川橋の名あり又當地出陣の時荷物を越したる所を御荷越坂又借宿と云ふ地名又荷物を繼立たる驛家岡田家の奮跡今尚存せり)遂に賊を平け凱旋の功を奏し康平年中歸京の砌り當社に公自ら兵器を納めて報賽せり 後足利義國甲胃二領を献し武運長久を祈り若干の神田を寄附せられ爾來足利織田豊臣の諸公より代々社領を寄附せられ武將の帰依不淺 又文明八年八月長尾景長自ら筆を染めて境内社木伐採禁▢札を下賜せらる 元和七年1621十一月及慶安元年1648十月を以て徳川將軍より仝郡仝村地内に於て廿石の朱印地を賜はり神威盛にして衆庶の崇敬禰厚し 其頃は別當神宮寺執行として三家の社人(冨長冨増手▢)の外圓光坊妙義坊南林寶乗禅月の五坊燦然として備はり常に奉祀怠らさりしよしは祭典記録に明なり 而るに維新に際し別當神宮寺は復飾して平林緑と改名し縣氏と共に奉祀せしか明治五年の改正に方り兩氏退職し新弁正善祠官に補し奉仕中不幸にも社務所(舊別當寺)は祝融の災に罹り悉く鳥有に歸したれは同氏奮て再建を企謀せられしも事成すして遂に退任せり 祠掌船田義明兼務となり祭祀儼かなりと雖も宮殿▢破に傾きしより明治二十二年中信仰有志の寄附を募り神橋を花崗石にて改架し一國一社の標石をも建設し尋て仝廿六年氏子總代等奮勵して境内の雜木を願下け之を基本とし工事を起し拜殿幣殿神樂殿本社に繞らす 瑞籬等悉く修繕し尋て社務所を新築しける其費用總計一千貳百余圓の外起工以來の人夫は氏子一同の寄附に成れる仝二十七年工事竣工して茲に宮殿の結構輪奐たり是皆神矚及ひ氏子總代か奮て共衝に當り經營したる結果なりと謂はさるを得す仝二十八年九山氏社司に補任し悉く其職を盡す 社寶には旗竿(源義家奥羽追討用たるものにて長さ二間余)緋威黑皮威の甲胃 祭典記録(延文三年1358八月)一巻再建勸進化縁狀(大永三年1523八月十五日)一巻を藏す 社域二万一千六十六坪平坦にして大字八幡の中央にあり 街路に沿ふて蒼々たる常磐木の一むれを見る中に覆われたるは則本社なり 一▢の石階を越へて拜殿に到れは境地淸洒俗膓を洗ふ 東西南の三方は人家に接し北の一方山陵蜒々相連なる中に一間余の石あり面平かにして滑かなる事砥の如く形八咫の鏡に似たり故人呼んて鏡石と云ふ 又神池あり面積三百余坪水淸らかに心自ら澄む鏡石と相待って神明の畏さを覺ゆ 本社の東側には募化修放生會の碑ありて(寛延二年1749十一月)苔色巳にさめて文字朽鏨鮮やかに讀まるへからす往時は境内の四方に下馬札を建て前后に遠鳥居あり今は其舊跡を存するのみ

四所神社

[ししょ神社]

栃木県足利市・朝倉町3-34-20


主祭神:大日孁貴命・大己貴命・足仲彦命・市杵島姫命 境内社:富士山嶽神社・二荒山神社
承保三年1076伊勢神宮の神領朝倉郷に創建。南北朝時代に菊池氏が香椎宮・宗像神社,安土桃山に亀井氏が出雲大社を勧請,計四神を祀って四所大明神と称した。文化四年1807,弘化四年1847に社殿再建。
石鳥居額に「四所大明神」
明神山古墳群に鎮座。
例祭:10月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 正一位 四所大明神 朝倉 藤左衛▢
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-21丁
山邊村大字朝倉字明神山鎭座 舊梁田郡 村社 四所神社 祭神 大日孁貴命 大己貴命 市杵嶋姫命 足仲彥命 祭日三月二十日六月十五日九月二十九日 建物本社間口一間二尺奥行一間三尺栃葺 雨覆間口二間半奥行三間萱葺 拜殿間口三間奥行二間瓦葺 石木華表二基 社有財產田畠四反四畝廿二歩山林二反六畝四歩 氏子九十六戸總代三員 社掌丸山榮舜仝村大字仝一九番地住
社傳に曰く本社は朝倉山万法院にて代々別當職を奉し〻か文政十一年1828三月二十日祝融の災に罹りしに依り由緒書并に古書類等燒失せり惜むしと云ふへし只寛政年間に建設せし石の華表に正一位四所大明神の扁額と木造の鳥居に正一位の扁額有のみ 弘化四年1847に宮殿を再建せり 其建築には村吏及ひ氏子九山久平龜井定次郎丸山儀平丸山團次郎仝仁平早川利平丸山文吉半田豊藏早川彌十郎松葉▢藏半田新七仝安兵衛田中金藏等力を効して成功せり 社域千九百九十六坪にして本大字朝倉の西端に位し字明神山の半腹にあり高九十尺餘ー名加籠山と稱ふ人此山に登りて足を踏めは恰も鼓を打つ如き音を聞く故に其名あり 本社は東向きにして末社に富士淺間神社及ひ二荒山神社あり 境地は岩石峨々として峙ち千年の苔滑かに松杉繁茂し稀に異鳥の聲を聞く 恨むらくは維新の際古樹大木を伐採したゐとて老木なきは物足らね心地すれと風致顛る幽邃なり 南に上毛の山田の沃士を見全郡内一眸の間にあり試に晴光の朝岩石の上に踞して手を翳せは西より南に利根の大流明鏡の如く白帆片々明滅の間に飛禽の落つるを望むへし仰いて快活の氣を吸ひ伏して此明美を掬す實に百年の毒を延すに足らんか

天満宮

[てんまんぐう]

栃木県足利市・朝倉町426-3


主祭神:菅原道真公 配神:倉稲魂命
天明四年1784創建。天明の大飢饉を経て雷神として道真公を祀った。
大正十一年1922稲荷神社を合祀。
昭和四十七年1972環状線開通のため現在地に遷宮。
例祭:11月第三日曜日

八雲神社

[やぐも神社]

栃木県足利市・田中町193


主祭神:素盞嗚命 境内社:三峯神社・厳島神社
昔は創建不詳だったが『栃木県神社誌』平成18年版から貞観十年868創建とされた。当社の解説では通五丁目と緑町の八雲神社も同年創建としている。
牛頭天王から八雲神社に改称したのは明治二年1869。明治四十二年1909天満宮,阿夫利神社を合祀。平成9年に本殿彫刻の彩色を補修。
例祭:4月25日に近い日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 正一位 牛頭大明神 田中 医王寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-21丁
山邊村大字田中鎭座 村社 八雲神社 祭神素盞嗚命 建物本社四尺四方 拜殿間口三間奥行一間半 雨覆一間四方 末社二社 氏子八十四戸 社掌井下田忠明御厨村住
本社勸請年月詳かならす 社域千四百十七坪を有す

浅間神社 上浅間

[あさま神社おとこせんげん・かみせんげん]

栃木県足利市・田中町230


主祭神:木花咲耶毘賣命
天喜二年1054足利成行が両崖山の足利城築城にあたり勧請。足利富士と尊崇される。高いほうの山に鎮座する社を上社の男浅間,低いほ方の下社を女浅間と呼ぶ。東武伊勢崎線鉄道敷設などの近代化で上社の参道が失われ荒廃したが現在は二方向から上れる。鮮やかな朱塗りの本殿は昭和十年1935改築。渡良瀬橋南の山頂に鎭座。
例祭:6月1日 1356坪

浅間神社 下浅間

[あさま神社おんなせんげん・しもせんげん]

栃木県足利市・田中町240



主祭神:木花咲耶毘賣命
天喜二年1054足利成行が足利城築城にあたり勧請。足利富士と尊崇される。高いほうの山に鎮座する社を上社の男浅間,低いほ方の下社を女浅間と呼ぶ。鉄道敷設などの近代化で上下社の往来が困難になり上社は荒廃した。現在の下社本殿は昭和十年1935改築。平成7年本殿改築。渡良瀬橋の三差路に鎭座。
例祭:6月1日 ペタンコ祭 262坪

八坂神社

[やさか神社]

栃木県足利市・借宿町412

主祭神:素盞嗚男命 境内社:稲荷・古峯神社
源義家の二男足利義国が仁平元年1151創建。安永七年1778改築。昭和十年1935本殿雨覆改築,幣殿拝殿新築。
例祭:7月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 牛頭天王 狩野 村人
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-21丁
山邊村大宇借宿鎭座 村社 八坂神社 祭神素盞嗚命 建物本社間口四尺奥行五尺 拜殿間口二間奥行二間半 末社三社 氏子五十三戸 社掌丸山舜榮住所仝上
本社創立不詳 社域百七十九坪を有す

白山神社

[しらやま神社]

栃木県足利市・堀込町2252


主祭神:伊耶那美命・伊耶那岐命
寛永十二年1635加賀白山比咩神社より勧請して創建。白山大権現と称した。
明治四十年1907厳島神社二社,琴平神社,天満宮,八幡宮,大店伯神社を合祀。明治四十二年1909稲荷神社を合祀。
石鳥居と木製両部鳥居。堀込氏子奉納の明治二十三年1890旗杭。「奉獻石尊宮」碑。
例祭:10月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
梁田郡 正一位 白山大権現 堀込 村正
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-22丁
山邊村大字堀込鎭座 村社 白山神社 祭神伊郎那美命 建物本社間口一間半奥行二間半 拜殿間口四間奥行二間 社掌井下田忠明住所仝上
社域六百十九坪を有し境内淸洒に在り

石上神社

[いしかみ神社]

栃木県足利市・西新井町3236



主祭神:石凝登賣命(→石凝姥命) 境内社:雷電神社・八坂神社
依代として信仰された神石のところに天正七年1579須永某が祠を建てて創建。元禄年間1688~1704に氏子が伊勢参宮の帰途,大和の石上神宮より御分霊を勧請,石神を石上に変えて改称した。
明治三十九年1906稲荷神社を,四十年天満宮,疱瘡神社を合祀。
旧山辺町堀込字西新井。
例祭:4月第二日曜日

神明宮

[しんめいぐう]

栃木県足利市・中川町3749


主祭神:大日孁貴命
渡良瀬川右岸,隣りは群馬県で,境内地が県境になっている。
旧山辺町堀込字中川
例祭:4月第一日曜日 10月第三日曜日

 

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