足利市川崎・岩井・大沼田・猿田・八椚・山川・常見・大久保・鵤木町の神社資料

天満宮

[てんまんぐう]

栃木県足利市・川崎町1934


主祭神:菅原道真公 配神:応神天皇・宇賀能御魂命・久那戸神・八衢毘古神・八衢毘女神 境内社:日枝大神・稲荷大神・浅間大神
田島,川崎,奥戸が開発されたとき建久元年1190三か村の総鎭守として創建。続いて田島には八幡神と稲荷神,奥戸には春日神が祀られた。
明治四十年1907八幡宮と稲荷社を合祀。大正五年1916に塞神社を合祀。
昭和五十年1975渡良瀬川改修にともない現在地に遷宮。
旧郷社であるが『鹿沼聞書・下野神名帳』には見当たらず,境内社の日枝大神と思しき山王権現が載っている。
例祭:4月第一日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 正一位 山王権現 川崎 薬王寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-26丁
毛野村大字川崎鎭座 郷社 天滿宮 祭神菅原道真朝臣命 祭日陰曆三月廿五日九月廿五日 建物本社間口一間六寸五分奥行五尺一寸 拜殿間口三間奥行二間半 饌殿間口五間奥行二間 神樂殿間口三間奥行三間 末社六社 鳥居一基 氏子百七十四戸總代三員 社司龜田多門仝郡吾妻村大字村上八十七番地住社掌小野寺龍丸仝郡仝村大字大久保五十六番地住
社傳に曰く勸請年月は遼遠にして詳かならすと雖も古昔は摂?社にして維新の際まて例幣使日光御參向には必す御立寄御拜禮奉納物等ありたる程なれは庶人の崇敬厚つきは勿論なりし故に明治五年郷社に列せられ仝六年一月小野寺氏奉仕せられしより氏子一同協議の上元村社日枝大神の神殿を移して當社の神殿に改造し大に壯觀を極む 明治九1876更に第四大區六小區の郷社となる 神威愈盛なり 是より先天保十一1840年四月鷲尾前大納言純卿例幣使として日光御社參の時本社に詣せられ奉納の短冊に「わか君は人をか〻美と見かくなる心くもらて千代もつかへむ」又仝十三年四月中山宰相中將忠能卿泰納の短冊に「萬代の初めを今日を祈りおきていま行末は神所知るらん」仝十四年四月綾小路宰相有長卿も本社へ參詣せられ歸途には立ち寄られすして急きたまふに梁田まて參られし途中如何なしけん駕籠の中に座して着用の冠を失ひたまひけれは大に不審の末神靈の御仕業と考へていたく恐れたまい直に本社へ代參を立てられ御詫ひこと申せしとそ其時奉納の歌に(幣の使にことしは徃行して此宿にいこいけれは「行かへり旅のねかひを天滿る神のめくみをやなたにそしる」とありて皆本社の寳物なり 郷社の列に加へられしも此等の爲なりといへは神徳の洪大なる貴み仰くへし 社域六百九十四坪にして川崎の中央街道に沿ひて平坦の地にあり周圍人家に接すと雖とも地内疎放にして淸洒後ろに田甫を扣へ又た常磐木の類壯殿に接して聳ゆるはいと神々しく感せらる 殊には老梅林をなして屈曲龍の雲に躍るか如きもの傲牙虎の伏する如きもの枝を接して相連る若し 黄鳥東風に睛を弄するの時此境に遊は〻氷骨玉肌錦を纏ひて芬香馥郁詩魂自ら▢脱せん

赤城神社

[あかぎ神社]

栃木県足利市・岩井町752

【Roku JiiさんYouTube】

主祭神:磐筒男命・磐筒女命 配神:菅原道真公・伊邪奈岐命・伊邪奈美命 境内社:金刀比羅神社
鎌倉初期の創建。天保十年1839渡良瀬川洪水を避けるため現在地に遷宮。
明治四十三年1910天満宮を,大正三年1914石神社,十二神社を合祀。昭和十四年1939境内社殿大幅に改築。
『栃木県神社誌』昭和39年版記載の住所は足利市勧農町岩井山752なので下の勸農字岩井山の赤城神社に比定される。
例祭:4月第二日曜日
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-27丁
毛野村大字勸農字岩井山鎭座 村社 亦城神社 祭神岩筒男命 岩筒女命 祭日陰曆三月十四日九月十九日 建物本社間口五尺奥行一間 拜殿間口三間半奥行二間 社寶古文書二通 氏子百余戸總代三員 社掌勸農秀學仝村大字仝四十五番地住
由緒沿革詳かならすと雖とも享保十八1733二月宜旨を賜り正一位を授けらる 本社は本大宇(勸農村)を離れて坤の方岩井山の頂きにあり(按するに本社は岩井村地中勸農村飛地に在り岩井村鎭守も赤城神社はあり傳いて往古南村一村にて當社か鎭守神なりしか分郷に際し岩井村にも分靈して別に一社を奉祀すといふ)花崗石の華表を潜くり石磴を登り拜殿に至る 夫より一間の石階を躋り本社あり 總彫物組物附にして輪奐美を盡せり 本社の後へ立て眸を放ては一帶の白布を敷きたる如く滾々として西に走れるものは渡良瀬川なり古へは此岩井山の麓を流れたるよしなれとも今は桑田砂石と變し座うろに淵瀬と變はる飛鳥川の故事を忍はる 之を隔て右手に足利街頭の炊煙を望み翠雲淡き處遥かに淺間山と對するを得へし 境内六百坪古樹蓊蔚として山水眞に明美の佳境なり

岩井には赤城神社がもう一社記録されている。境内が天保十年洪水で川になりそうだったので遷座したとあるのは上記岩井752の勧農岩井の記述と合致するので混乱する。現在社は未発見。本城は岩井の小字。
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-28丁
毛野村大字岩井鎭座 村社 赤城神社 祭神磐筒男命 建物本社本社間口三尺奥行一間 拜殿間口四間奥行二間 末社三社 氏子三十三戸
本社勸請詳ならす 往古は足利町横町堤下に鎭座ありしか天保十年境内川に變せんとせしより今の字本城に遷座せり 社域二百八坪を有す

大山祇神社神社

[おおやまつみ神社]

栃木県足利市・大沼田町2669

主祭神:大山祇命 配神:木花開耶姫命・軻遇突智命・菅原道真公・建御名方命・建御雷命・経津主命・大己貴命・大日孁貴命・宇気母知命 境内社:八坂神社・馬頭神社・天満宮・諏訪神社,子の権現
久安元年1145大坊山の頂上に山神社を創建して駒形大明神,大山祇大明神を祀った。
明治四十一年1908浅間神社,愛宕神社,天満宮,諏訪神社,駒形神社,子の権現,大日社,神明宮,駒之神社を,翌年天満宮を合祀。
昭和十年1935拝殿を新築。昭和四十年1965落雷で焼失,中腹に遷宮。昭和四十四年1969再建,昭和四十七年1972神楽殿再建。元の山頂の鎭座地に石製の奥宮を祀る。
例祭:4月第四日曜日 春秋の例祭に太々神楽奉納
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 大山祇大明神 大沼田 小野摂津
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-27丁
毛野村大字大沼田鎭座 村社 大山祇神社 祭神大山祇命 建物本社間口二間奥行四間 拜殿間口三間奥行二間 神樂殿一棟 末社三社 氏子百四十四戸 社掌小野雅樂仝大字住飯塚播種仝處住
本社は字大坊山の頂上に鎭し社域五千七百七十二坪古松蔚々森々たり 殊に奇しきは本社の飲用水なり 本社は高山の頂きにありて水路に乏しく本社の屋根より落る雨水を鉄の水盤に溜て四季ともに用ゆるなり 然れとも其水は暑中と雖も腐敗せす蟲も生せす淸水にして神水と稱し詣する人飲て渇を癒すと云ふ

上之宮神社

[かみのみや神社]

栃木県足利市・猿田町1-14*


主祭神:伊邪奈岐命・伊邪奈美命・天照大神・木花開耶姫命・猿田彦命
鎌倉初期に足利義兼が創建。明治初年に文化年間1804~18創建の下之宮を合祀。大正十一年1922大幅改築。
例祭:4月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 伊弉諾伊弉冉尊 北猿田 乾坤山徳蔵寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-27丁
毛野村大字北猿田鎭座 村社 上の宮神社 祭神伊弉諾命 伊弉冊命 瓊瓊杵命 建物本社間口四尺三寸奥行三尺 拜殿間口三間奥行二間 末社六社 氏子百十戸
本社創立年月詳ならす 社域四百三十九坪を有す

天満宮

[てんまんぐう]

栃木県足利市・八椚町573 やつくぬぎ


主祭神:菅原道真公 配神:倉稲魂命・須佐之男命・磐裂神・根裂神・経津主命・天照皇大神
天明四年1784創建。
大正十一年1922仲田の稲荷神社を合祀。
昭和二十六年1951大改築。
昭和四十七年1972足利環状線開通にともない現在地に遷宮。
例祭:4月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 天満天神宮 八椚 蓮成寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-28丁
毛野村大字八ッ椚梅の森鎭座 村社 天滿宮 祭神菅原道實→眞靈 建物本社間口一間半奥行二間 拜殿間口三間奥行二間 末社一社 氏子七十戸
本社勸請年月詳ならす 再建は嘉永三1850にして社域六百四十七坪あり

白髭神社

[しらひげ神社]

栃木県足利市・山川町1076


主祭神:伊邪奈岐命・伊邪奈美命 建御雷男命・市杵嶋姫命・木花開耶姫命・大物主命
正徳四年1714に白川神祇伯より正一位の神階を賜ったことが分かっているがそれ以前は不詳であった。『栃木県神社誌』平成18年版に「古代に朝鮮からの渡来人が創建したと考えられる」と付け加えられた。栃木県ではとても珍しい説であると考えられる。
明治四十三年1910社殿すべてを大改築。
明治四十四年1911熊野神社を合祀,大正三年1914鹿島神社,厳島神社,浅間神社,琴平神社を合祀。
例祭:4月15日に近い日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 白髭大明神 山川 観音寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-28丁
毛野村大字山川鎭座 村社 白鬚神社 祭神伊弉諾命・伊弉冊命 建物本社本社間口 四尺五寸奥行三尺五寸 拜殿間口二間奥行四間 末社二社 氏子百六十五戸
本社創建年月詳ならす 社域七十七坪を有す

白瀧神社

[神社]

栃木県足利市・山川町546-1


主祭神:天棚機姫神[あめのたなばたひめ]
機織の盛んだった江戸後期の創建。明治三十三年1900大竹清園氏が現鎭座地を寄進。明治四十二年1909改築。大正十年1921本殿改築。昭和五十五年1980拝殿改築。
例祭:8月第一日曜日

星宮神社

[ほしのみや神社]

栃木県足利市・山川町243-1


主祭神:瓊瓊杵命 配神:天照皇大神 境内社:八坂神社
室町時代1336/8〜1573初期に鎌倉公方足利基氏が橋本郷を山河郷から分村し,現在の足利中心部にある鑁阿寺に寄進する。同時に虚空蔵尊を鑁阿寺東方守護神として祀ったことに始まる
天保年間1830~44に祭神を瓊瓊杵命に変えて星宮大明神と改称。
大正三年1914神明宮を合祀。
平成5年境内を整備して社殿を再建。
例祭:4月第三日曜日

星宮神社

[ほしのみや神社]

栃木県足利市・常見町1-25-6 つねみちょう


主祭神:瓊瓊杵命 配神:譽田別命・大産霊神・奥津毘古神・奥津比女神・宇賀能魂命 境内社:神明宮
鎌倉初期の創建。恒見小次郎が虚空蔵尊を祀ったことに始まる。文政五年1822神祇伯賀寿王より星宮大明神の神号を賜る。
明治四十二年1909八幡大神,三宝荒神,稲荷神社を合祀。
昭和三十七年1962焼失。葛生町牧の東宮神社本殿を譲り受け昭和四十三年1968に再建。昭和六十二年1987区画整理により現在地に遷宮。
例祭:4月第四日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 星宮大明神 常見 正善寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-28丁
毛野村大字常見鎭座 村社 星宮神社 祭神瓊々杵命 建物本社間口三尺三寸奥行五尺五寸 拜殿間口二間六尺奥行四間一尺 末社六社 氏子六十戸
本社勸請年月詳ならす 社域五百坪を有す

日光鹿島神社

[にっこうかしま神社]

栃木県足利市・大久保町1317


主祭神:事代主命・建御雷男命 配神:石凝姥命・天照大神・建御名方命・軻遇突智命・菅原道真公・宇賀能魂命・木花開耶姫命・大山祇命・久那戸神 境内社:八坂神社・十二所神社・織姫神社・塞神社(八衢比古神,八衢比女神,久那戸神)・三峯神社
鎌倉初期に日光大権現を勧請。永禄四年1561鹿島大明神と菅原道真公を合せて奉祀。天満宮,諏訪神社,神明宮も大窪郷内に祀られた。
延宝七年1679再建,延享二年1745もういちど再建。
明治四十一年1908天満宮,飯蔵神社,愛宕神社,伊勢大神社,諏訪神社,神明宮,上浅間神社,下浅間神社,山神社,石上井神社,小山神社を合祀。
騎斉安貞画の嘉永二年1849本殿天井板絵は足利市重要文化財。
例祭:4月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 日光三社大権現 大久保 竜光寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-28丁
毛野村大字大久保字岡鎭座 村社 日光/鹿嶋神社 祭神事代主命 建御雷男命 建物本社 間口五尺七寸奥行四尺七寸 神樂殿一棟 末社四社 華表一基 氏子百三十三戸 社掌小野寺仝村仝大字住
本社創立年月詳ならすとも延寶七1679四月の再建にして尚延享二1745十一月再築す 社域千四百三十七坪高燥の地にありて社樹蔚々蒼々として景觀頗る幽邃なり 境内に前社掌小野寺龍丸先生の碑あり

八社神社

[はっしゃ神社]

栃木県足利市・鵤木町377 いかるぎ


主祭神:事代主命・菅原道真公・建御名方命・須佐之男命・譽田別命・豊城入彦命・宇賀魂命・大宮比賣命 境内社:雷電宮・白山神社
鎌倉時代1192〜1333に鵤木鎭守として日光大権現を祀った。応仁二年1468には隣接地に白山神社を勧請。正保年中1644-48近隣の八社を合併して八社大神と改称。別の説では寛延二年1749に日光権現を八社大明神に改称したと伝わる。
昭和二十二年1947大洪水で社殿流失,時を経て昭和五十七年1982再建。
例祭:4月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 八社大明神 鵤木 浄光寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-28丁
毛野村大字鵤木白山鐵座 村社 八社神社 祭神須佐之男命 建御名方命 言→事代主命 菅原道眞靈 建物本社本社間口三間奥行四間 末社三社 氏子五十四戸
本社は八所に鎭座ありしを正保年中1644-48一社に合祀して八社大神と尊稱す 文化二年祝融の災に罹り本社灰燼に歸す 后今の本殿に改築す 社域六百五十六坪を有す
▊毛 野 村 『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-26丁
本村は川崎,勸農,岩井,常見,大久保,八椚,鵤木,山川,北猿田の舊十村を合併して一自治區をなせしものにして幅員東西二里南北一里十八町ありて縣道里道開通して各村に連絡せり 地勢南は渡良瀬川の長流を以て限り三方は山岳相連りて起伏重畳し内部は稍々平衍なり 村民質朴にして農業に勤勉し且つ敬神の志風あり 本村には郷社一社及ひ村社九社ありて其氏子戸數七百餘戸人口四千三百九十餘人あり 往時は十余名の旗下釆地に屬し各村所領を異にせしか明治維新後に至り共に栃木縣に屬し第四大區一小區に編入せられ次て各村戸長役塲を分離し明治十六年以來二戸長役塲を置き終りに町村制實施以來更に相合して一村となる

 

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