足利市奥戸・西場・稲岡・駒場・多田木・寺岡町の神社資料
春日神社
[かすが神社]
栃木県足利市・奥戸町505
主祭神:天児屋根命・経津主命・武甕槌命・比売命
元禄以前の創建。
例祭:4月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 正一位 春日大明神 奥戸 茂木相模
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-31丁
富田村大字奥戸鎭座 村社 春日神社 祭神天兒屋根命 經津主命 武甕槌命 比賣命 祭日三月九月十五日 建物本社間口四尺奥行五尺栃葺 拜殿間口三間奥行二間半瓦葺 幣殿九尺四方瓦葺 鳥居一基 氏子百三十八戸 社掌茂木佐内仝村大字仝百十番地住
社傳に曰く勸請年月遼遠にして詳かならすと雖とも今の社掌茂木氏の祖茂木若狭守正重元禄十二年1699四月本社の祠官たりしこと裁許状に明なれは古社たること疑ひなし されと茂木家火災に罹りて舊記古書等を失ひ又嘉永六年1853七月二十五日雷火のため本社拜殿共燒失せしより棟札等も失せしにより不分明なりし所以なり 地頭土井大炊頭ょり除地畠二反歩を寄附ありしも明治五年上地となる 延享元年六月宜旨を賜はり正一位を授けらる 后嘉永八年九月本村里正小林友右衛門大に盡力して拜殿を再建し明治五年氏子一同の力を以つて本社再建し其の社殿今存せり 社域四百八十坪にして本大字西北部に在り 四境空濶概ね田甫に接し前後に渡艮瀬川の堤防を扣へ境地狭隘社殿構造壯麗杉風徐ろに袂を次いて潚洒自ら襟懐を淸ふするに足る
稲荷神社
[いなり神社]
栃木県足利市・西場町639
主祭神:倉稲魂命 配神:譽田別命・可甘直手命umashimade
神社の後ろの西場城は当社を創建した成実が築城。現在の本殿は元禄十四年1701造営のもの。幣殿拝殿は昭和十二年1937建立。
例祭:4月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
安蘇郡 正一位 稲荷大明神 西場 村
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-31丁
富田村大字西塲鎭座 村社 稻荷神社 祭神稻倉魂命 建物本社間口三尺奥行五尺 拜殿間口四間奥行二間 神樂殿一棟 末社一社 氏子七十二戸
本社は西塲太郎成實の創立にして建仁二年1202九月九日仝郡田沼稻荷神社を遷座す后正徳三年正一位を授けらる 社域一千百五十九坪を有せり
阿夫利神社
[あふり神社]
栃木県足利市・西場町1084
主祭神:石凝姥命
文化年間1804~18に大小山に創建,石尊宮と称した。
足利には他に名草上町に阿夫利神社が鎮座する。
例祭:7月28日
大小山仙間神社
[だいしょうやませんげん神社]
栃木県足利市・西場町1084
主祭神:山王大神
上記阿夫利神社から大小山頂上に向かう途中に鎮座。
平成6年1994建立の右手石標に「大小山祈祷道場」とある。山岳修業の場に先人の高徳三霊を祀ったと推測する。詳細は不明。
八幡神社
[はちまん神社]
栃木県足利市・稲岡町523
主祭神:譽田別命 配神:軻遇突智命 境内社:愛宕神社・天満宮・金毘羅大権現(大物主命)・白山神社
領主赤坂隠岐守が慶長元年1596に勧請。明治以前は八幡宮と称した。
例祭:4月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
安蘇郡 八幡宮 稲岡 村人
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-31丁
富田村大字稻岡鎭座 村社 八幡神社 祭神譽田別命 建物本社四尺四方 拜殿間口三間半奥行二間半 神樂殿間口三間奥行二間半 末社七社 氏子百四十戸
本社創立年月不詳 明治三年三月九日祝融の災に罹り社寶古書類灰燼に歸せり 翌四年八月氏子の盡力により再建す 社域六百七十六坪神尾部前の地に鎭す
白山神社
[はくさん神社]
栃木県足利市・稲岡町699
主祭神:白山比咩命
詳細不詳。
雷電神社
[らいでん神社]
栃木県足利市・稲岡町313
主祭神:大雷命
詳細不詳。
熊野神社
[くまの神社]
栃木県足利市・迫間町793 はさまちょう
主祭神:伊弉諾命・伊弉冊命
室町時代1336/8〜1573の創建。天文二年1533造営。天正七年1579焼失,年を経て元文三年1738拝殿新築。寛政十年1798本殿造営。現在の社殿は昭和五年1930建立のもの。
例祭:4月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 熊野三社大権現 迫間 村正
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-32丁
富田村大字迫間字本郷鎭座 村社 熊野神社 祭神 建物本社四尺四方 氏子四十四戸
本社創立不詳 社域九百五十七坪淸洒の地に在り
三柱神社
[みはしら神社]
栃木県足利市・駒場町486
主祭神:大己貴命・事代主命・須世理姫命 配神:示現太郎大神 境内社:稲荷神社・義照神社
社伝は『下野神社沿革誌』と多少異なり,天文年間1532~55に駒形大明神を祀り,寛文年間1661~73に日光権現を勧請して延宝八年1680から日光三社大権現と称した。1キロ南の多田木町の三柱神社と同様の縁起であるのは両村の領主宮原氏の創建になるためである。
明治四十〜四十一年1907-8に社名不明の無格社を合祀。
拝殿の格天井に百人一首の歌と歌人の絵が描かれている。
例祭:10月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 日光三社大権現 駒場 竜蔵院
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-32丁
富田村大字駒塲鎭座 村社 三柱神社 祭神大己貴命 須勢理姫命 事代主命 建物本社一間四方 拜殿間口三間半奥行二間 雨覆間口二間半奥行五間 末社十一社 氏子八十八戸
本社は宝永五1708の創立にして日光三社大權現を奉遷す 社域千九十五坪なり
三柱神社
[みはしら神社]
栃木県足利市・多田木町576 ただきちょう
主祭神:大己貴命・事代主命・須世理姫命 配神:示現太郎大神・姫宮大神
社伝は『下野神社沿革誌』と多少異なり,天文年間1532~55に示現太郎大明神と姫宮大明神の二社を祀り,寛文年間1661~73に日光権現を勧請して延宝八年1680から日光三社大権現と称した。1キロ北の駒場町の三柱神社と同様の縁起であるのは両村の領主宮原氏の創建になるためである。
例祭:10月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 日光三社大権現 多田木 慈現寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-32丁
富田村大字多田木鎭座 村社 三柱神社 祭神大己貴命 須勢理姫命 事代主命 建物本社間口五尺奥行四尺 拜殿間口三間一尺奥行二間 末社一社 氏子七十戸
本社は宝永五1708の創立にして日光三社大權現を遷祀す 社域七百六十三坪を有す
二柱神社
[ふたはしら神社]
栃木県足利市・多田木町1086
主祭神:伊弉諾命・伊弉冊命 境内社:西宮神社(事代主命)
文化年間1804~18に常陸国筑波山神社より勧請と伝わる。通称の「筑波山神社」額が拝殿に掛けられている。
大正十三年1924に境内社であった筑波山神社と付近の諏訪神社を合祀して現在地に遷宮,ニ柱神社と改称した。現在の社殿は昭和五十四年1979造営。
例祭:旧暦1月14日
両社神社
[りょうしゃ神社]
栃木県足利市・寺岡町510
主祭神:大己貴命・事代主命 配神:新田義貞霊 境内社:雷電神社・八坂神社
昔は創建不詳だったが『栃木県神社誌』平成18年版から元慶元年877創建とされた。
明治四十二年1909雷電神社,愛宕神社を合祀。
平成4年に大幅改築。
例祭:3月15日に近い日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
安蘇郡 正一位 両社大明神 寺岡 神宮寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-32丁
富田村大字寺岡鎭座 村社 兩社神社 祭神大己貴命 事代主命 建物本社四尺四方 拜殿間口三間奥行二間 末社一社 氏子百十八戸
本社創立詳ならす 社域八百二十六坪あり
▊富 田 村 『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-30丁
本村は奥戸,迫間,駒塲,寺岡,西塲,稻岡,多田木の舊七村を合せ一の自治區をなす 其幅員東西二十五町南北二里あり地形狭長にして縣道及び里道ありて各村に連結し地勢稍々平坦にて西に山脉を擁し東には旗川ありて其間自ら一區を畫せり 古來沿革に付ては旗下及ひ公家の所領に屬し明治維新後に至り栃木縣に屬し第四大區六小區に編入せられ各村に戸長役塲を置き後分合して二戸長役塲とし次て町村制實施に當り一合して一村となす 本村には村社七社ありて其氏子戸數六百七十余戸人口四千三百八十余人あり