足利市松田・粟谷・板倉・南大町・里矢場・新宿・藤本町の神社資料
松田神社
[まつだ神社]
栃木県足利市・松田町1276
主祭神:大己貴命 配神:菅原道真公・市杵嶋姫命・天照大神・大山祇命・軻遇突智命
神亀元年724から天平二十一年749の時期に字宮内に鎭座,永正十八年1521現在地に遷宮。享保五年1720日光二荒山神社より御分霊を勧請,両社大明神と称した。
明治四十年1907不明の無格社を合祀,明治四十三年1910天満宮を合祀。
例祭:4月10月第二日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 正一位 両社大明神 松田 村正
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-36丁
三和村大字松田鎭座 村社 松田神社 祭神大己貴命 建物本社間口一間半奥行二県 拜殿間口四間半奥行三間 末社四社 氏子三百十二戸 社掌長嶋覺三郎仝村大字板倉一一九番地住
本社創立年月詳ならす 社域二千三百二十二坪にして境内には老樹蓊欝として繁茂し景致頗る幽雅なり
八幡宮
[はちまんぐう]
栃木県足利市・松田町1878
主祭神:譽田別命 境内社:稲荷神社・雷電神社・熊野神社・榛名神社・西宮(恵比寿)神社・厳島神社・八坂神社
創建等不詳。本殿壁に東照宮造営に携わった工匠の作と伝わる彫刻。
明治四十年1907愛宕神社を合祀。
例祭:4月10月第四日曜日
琴平神社
[ことひら神社]
栃木県足利市・松田町227
主祭神:火産霊命?
創建等不詳。境内の御堂に虚空蔵尊が祀られている。Googleマップには虚空蔵菩薩堂で載っている。公民館風建物の方に「琴平神社」額が架かっている。
八坂神社
[やさか神社]
栃木県足利市・松田町420
主祭神:素盞嗚命
創建等不詳。境内に松一自治会館。
織姫神社
[おりひめ神社]
栃木県足利市・松田町669
主祭神:旗織姫命
創建等不詳。拜殿の後ろの空いた窓を通して玉垣に囲まれた本殿石宮を拝す。219松田葉鹿線の足利市三和運動公園の北。付近に三和公民館。219号線沿いに立派な石製入口標識。
境宮神社
[さかいみや神社]
栃木県足利市・松田町800
主祭神:?
創建等不詳。坂西北小学校の北東,足利松田郵便局手前に鎭座。
粟谷神社
[あわのや神社]
栃木県足利市・粟谷町1149
主祭神:大己貴命 配神:日本武命・大山祇命・素盞嗚命 境内社:織姫神社
創建年不詳,宇都宮大明神と称した。鳥居手前に足利紋織の祖金井繁之亟生誕の地看板。
境内社の織姫神社額は「機神宮」
例祭:10月第三日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 正一位 慈眼粟谷 粟谷 村正
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-37丁
三和村大字粟谷字丸山鎭座 村社 粟谷神社 祭神大巳貴命 祭日陰曆三月廿八日九月十九日 建物本社間口二間奥行一間四尺栃葺 雨覆三間四方瓦葺 拜殿間口五間奥行二間瓦葺 木華表一基 末社二社 石燈籠四基 社有財產田宅地山林合反別三町三反五畝歩地價金百三十八圓九十錢余 氏子九十八戸總代三員 社掌森山久良住所仝上
社傳に曰く勸請年月は遼遠にして詳かならすと雖とも慶長十一年1606丙午十二月徳川代官小林重郎右衛門檢地縄入の節鎭守社地として東西三十間南北二十八間三合三夕を除地とし本社に附せられ享保九年1724二月二十二日下野國足利郡粟谷村宇都宮大明神へ神位宗源宜旨を賜はり正一位を授けらるとありて往古は宇都宮大明神と稱せしか明治五年に粟谷神社と改稱す 亦本社拜殿の創建年月詳かならされと氏子金井仙右衛門仝繁之丞か願主となり天保十年1839丁亥八月拜殿再建す 弘化四年1847丁未九月本社修繕を加へり 時に和田仁右衛門金井繁之丞新藤久右衛門か發起となりて盡力せり 明治十六年十月本社及ひ拜殿を修繕せり時に社長和田新八郎副社長和田耕次郎か東奔西走盡力して成る 仝二十七年十月拜殿屋根瓦に改葺せしは氏子總代和田秋藏仝新八郎仝徳吉か奮▢該工事を興し社殿保存の目▢は勉めて力ありと云ふへし 社域八百五十三坪にして百有余階の石磴を登りて拜殿に達す 亦三十五級の磴を躋り本社に到る 境地は丘陵の中腹に位し社背は山岳屹峙し前は板倉の要害山に相對し社殿壯巌を極め古杉老松高く聳ひ神寂ひて古雅を帶ひ眺矚頗る佳なり且華表の前側に征淸軍人戰死者田部田利三郎の碑石あり
八幡宮
[はちまんぐう]
栃木県足利市・粟谷町1168
主祭神:譽田別命
創建等不詳。天池山を御神体とし簡素な拝殿は遥拝殿の役割を担い小さな石宮を祀る。長らく廃れていたが平成に入り秋祭を行うようになる。
鎮座地は特定できなかったが,足利霊園の付近。
例祭:10月第一日曜日
山神社
[さん神社]
栃木県足利市・粟谷町957-1
主祭神:大山祇命
創建等不詳。石段を上ると正方形の敷地の拜殿があり背面が開けられていて朱色トタン葺きの本殿を拝する形になっている。石製明神鳥居額に「山神社」。72坪。
例祭:4月第四日曜日
板倉神社
[いたくら神社]
栃木県足利市・板倉町436
主祭神:事代主命・大己貴命・味耜高彦根命 配神:機織姫命・木花咲耶姫神・大雷神・大山祇命
宝物に縄文中期の栃木県有形文化財の石棒。
拝殿額は「下野板倉村社・二荒大神」
例祭:4月15日 旧暦11月初午に神迎祭[おかえり],出雲から帰ってくる神々を村境に出迎えに行き奥宮にお祀りして注連を張る。12日目を神事明[しんじあき]。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
足利郡 正一位 慈眼大明神 板倉 法眼寺
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-36丁
三和村大字板倉鎭座 村社 板倉神社 祭神大己貴命 事代主命 田心姫命 祭日四月二十二日突起二十二日其他神事夜祭陰曆突起初午日神事明祭初日より十二日目
且諸呼建物*晶賛葺拜殿螂翌饂査葺 石華表一基 石燈籠十基 建物本社二間四方銅葺 拜殿間口五間奥行二間萱葺 石華表一基 石燈籠十基 制札一所 氏子百七十戸總代三員 社掌同上
創立は文永年間1264~75にして日光二荒山神社を遷座せしものにて往古より領主代々崇敬あり其領主を列擧すれは足利藩及ひ古河義氏を始め天正年間澁川氏慶長年間代官小林重郎左衛門元和年間永井右近太夫寛永年間土井大炊頭元録より高木主水正皆本社をして祈願社となす 元禄二年1689本社再建后宜旨を以て正一位を授けらる 社域千五十坪字宮山の半腹に位し境内には古松老樹森々と繁茂し幽邃にして頗る雅致あり
雷電神社
[らいでん神社]
栃木県足利市・板倉町1511
主祭神:別雷命・大雷神 配神:天児屋根命・経津主命・武甕槌命・比賣神・市杵嶋姫命
要害山頂に鎭座。板倉二郎義顕が物見の守護神として祀ったと伝わる。寛永十年1633修復。
明治四十二年1909春日神社,厳島神社を合祀。
昭和十五年1940社号標に「雷電神社」。
例祭:4月第一日曜日
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-37丁
三和村大字板倉字要害山鎭座 無格社 雷電神社 祭神別雷命 大雷命 祭日四月九月十日 建物本社間口四尺奥行三尺 拜殿間口二間奥行一間半 饌殿間口三間奥行四尺 神樂殿間口五間奥行三間 華表二基 社務所淸祀館と云ふ間口六間半奥行二間半高さ四丈五尺にして四階造二回は學室三階を長榮閣と稱し信徒參集の席となし四階を社務取扱となす 制札一所 信徒百八十戸總代三員 社掌長嶋覺三郎住所仝上
本社は八幡太郎源義家の三男式部大輔義國の孫足利宮内卿泰氏二男板倉次郎義顕此地へ(今の要害山物見の地なり)物見鎭護として崇祀す 天正年間澁川氏崇敬后寛永年中領主土井大炊頭本社再建高木主水正より年々祭饌料として米一石六斗を献納せらる 又寛永年中1624~44領主古河城殿中へ落雷せしに不思議にも火鉢の中へ壓ちて怪我なかりし故偏に神の擁護なりとて其火鉢を本社々地に埋め篤く信仰せり 嘗つて神威の著るしき人の知る所なり されは今の社掌長嶋氏之れか講社を結ふ遠近に信徒多く盆々盛大に赴くといふ
因に云ふ土井大炊頭か埋めをきし火鉢隣村喜福寺といへる禪寺ありしか其寺の小僧彼の火鉢を堀り出たし將さに山を降らんとする時晴天なりしも一天忽ち墨を流すか如き雲起り沛然として雨は盆を傾くるか如く雷さへ鳴れはためきて恐しなんと言ふ圤?りなし豪氣の小僧之れに恐れす遂に火鉢を得て去れる云々と今に其火鉢は同寺にありて雷火鉢と呼て什器の一なり
本社境地は直立三百尺周圍六百四十問断崖絶壁仰けは松杉の風賴を聞くへし伏して松田川の淸流を掬すへし 本大字中央より午未の方に在り巍然として峙つもの此れ即ち要害山なり 本社は此の霹頭にあり規模宏麗ならすと雖とも高雅幽淒神寂ひたるさまのいと貴ふとき心地す 東南北の三方は近く田甫を扣へ西南遥に赤城吾妻淺間春名伊香保妙義秩父金山等の巒峯蜿々起伏すると視る 某の方翠雲巒畳々山深き邊嶄然として雲表に聳ゆるものは日光山なり 北の方庚申山を隔て餓然天を突くものは岩代の磐梯山なり 飜つて眸を轉せす兩毛武の野渺々として徐むろに淡霞を求め渡良瀬川の一韋帶水を踰へて滾々たる利根の大流平塚より古河に走るの間白帆片々暭々たる斜陽に映し金鴉柄を急へて明滅たるを覗き幽かに芙蓉峯の白皚々たる情景に到すへし 嗚呼山を樂み眺望佳にして浩然の氣を養ふ風光の美之に過くるものあらん 山麓奇松の下怪岩の上に一基の碑あり天保年中領主高木主水正の建設したるものにて銘に曰く「勸むれは貧にかつ慎めは禍にかつ」十二世主水正源朝臣正明書とあり 其他寺門良文撰立原某書及ひ芳川逸撰大竹培書岡田威士の記にして生方寛の筆に成れるものあり
雷神社
[いかづち神社]
栃木県足利市・板倉町1035
主祭神:大雷神
創建等不詳。要害山の北側の田園地帯に鎭座。本殿彫刻。
例祭:3月と11月の最終日曜日
雷電神社
[らいでん神社]
栃木県足利市・板倉町1685
主祭神:大雷神
要害山の北東にある山の中腹に鎭座。
白山神社
[はくさん神社]
栃木県足利市・板倉町1182
主祭神:白山比咩命
例祭:月日
六之丞八幡宮
[はちまんぐう]
栃木県足利市・板倉町1706
主祭神:堀江六之丞
山腹に鎭座。寛延三年1750に処刑された一揆の主導者堀江六之丞を祀る。入口の道路沿いに石宮と庚申塔三基。すぐ東に雷電神社。
富士嶽神社
[ふじだけ神社]
栃木県足利市・板倉町178
主祭神:木花開耶姫命
石鳥居,石段。小ぶりの石宮が祀られている。
産泰神社
[さんたい神社]
栃木県足利市・板倉町964
主祭神:?
石鳥居,石燈籠,石段。巨大な夫婦岩がある。
▊三 和 村『下野神社沿革誌』明治三十五年1902 巻一-36丁
本村は板倉粟谷及ひ松田の舊三村を合せ一の自治區となせしものにして其幅員東西一里十五町南北三里あり 地勢險夷相半し松田川中央を貫流し東に行道山の山脈連亘して東北の間に起伏し西南の兩面田野饒に開くを見る 村民は概して篤厚にして敬神の志厚く農工に勤勉し且山間には樵夫の業を取るもの少なからす 古來の沿革に付ては往時は丹南藩及ひ足利の領地にして各所屬を異にせしか明治維新後共に栃木縣に屬し第四大區八小區に編入せられ次て一戸長役塲の所轄となり後町村制實施に及ひ更に合せて一村をなすに至りしものとす
本村には村社三社及ひ有名の無格社一社ありて氏子戸數六百十余戸人口四千百九十余人を有す
***以下は昭和35年1960に群馬県矢場川から足利市に編入されたので『下野神社沿革誌』には記録されなかった。
神明宮
[しんめいぐう]
栃木県足利市・南大町277
主祭神:大日孁貴命・豊受姫命 配神:弥都波能売命(罔象女神) 境内社:諏訪神社・八坂神社・稲荷神社・愛宕神社・雷電神社・厳島神社
もと群馬県矢場川村大町。平成24年の石芋伝説の看板が建てられており,「芋の森神明宮」建立とあり,拝殿額が「芋森神社」で奉納されているのでGoogle地図に芋森神社で載せられたが,「神明宮」である。社号標は「村社神明宮」
平成元年芋森神明宮改修記念碑。
和泉神社
[いずみ神社]
栃木県足利市・南大町179
詳細不詳。
もと群馬県矢場川村大町。矢場川右岸,アキレス工場の西。
神明
神明宮
[しんめいぐう]
栃木県足利市・里矢場町2022
主祭神:大日孁貴命・豊受姫命 境内社:浅間神社・熊野神社・鹿島宮・菅原神社・稲荷神社・八坂神社・三峯神社
本社創立不詳。明治三十三年1900御影石鳥居。
安永二年1773湯殿山大権現。文久四甲子年1864石宮。昭和九年1934石燈籠。
正徳元年1711額に「虚空蔵」とあり,江戸末の弘化四年1847には「星宮社」と称し,ついで,暗すぎてうまく撮れなかったが,拜殿内額の「上野三光森神社」となり,明治後半に「神明宮」と改称した。
社殿の彫刻,額などについては矢場川地区文化財協会が2021年に立てた看板に詳しい。2014年に撮影に行ったのでここには載せていないが,Googleの投稿写真で読むことができる。
もと群馬県矢場川村矢場の里矢場地区。里矢場小学校の北。北に明林寺。昭和38年1963ころの氏子数100戸。
 |
 |
 |
| |
|
|
 |
 |
 |
| |
|
上野三光森神社 |
 |
 |
 |
| |
|
|
 |
 |
 |
| 文久四甲子年1864 |
|
時安永二1773 |
 |
 |
 |
| |
|
|
八坂
八坂神社
[やさか神社]
栃木県足利市・新宿町1169 あらじゅく
主祭神:須佐之男命 境内社:菅原神社・諏訪神社
もと群馬県矢場川村矢場の新宿地区。例幣使街道北側。
新宿Arajuku町自治会館となり。木の立て札に「例幣使道分間絵図に牛頭天王と記載されている。嘉永元年1848二月に尾州愛知県津島の牛頭天王社より勧請したといわれる」
昭和26年1951茅葺拝殿を瓦葺に改築。大正十三年1924御影石鳥居。
明治二年1869石祠の左の自然石に寛政三年1791の文字。
社号標下部に「西太田伊勢埼道・東佐野福居道」道標。
「新宿共有金支出橋堰改築記念碑」
昭和38年1963ころの氏子数60戸。
 |
 |
 |
| |
|
|
 |
 |
 |
| |
祝改築奉納大?居 昭和?年 |
|
 |
 |
 |
| |
|
|
 |
 |
 |
|
寛政三年1791 |
2014撮影 |
 |
 |
 |
| 道標になっている |
新宿共有金支出橋堰改築記念碑 |
石祠の文字 |
姫稲荷神社
[ひめいなり神社]
栃木県足利市・藤本町91
主祭神:大日孁貴命・豊受姫命 弥都波能売命(罔象女神) 諏訪・八坂・稲荷・愛宕・厳島神社
もと群馬県矢場川村矢場の藤本地区。矢場川右岸。川向うに島田の天満宮。