智賀都神社

[ちかつ神社]

栃木県宇都宮市板戸町1244

祭神:大己貴神・田心姫命・味耜高彦根命 境内社:稲荷神社
往古より板戸鎭守として村の南端字柏木の西に鎮座したが,長和元年1013八月の鬼怒川大洪水により社殿流失し現在地に遷座。現在の社殿は文化元年1804造営。平成23年の智賀都神社建立千年記念碑に由緒が刻まれている。長和元年(1011)と書かれているが1013年だろう。
例祭:11月3日
板戸の北は塩谷郡に接し,『鹿沼聞書』では鹽谷郡と記録された。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』(1800年頃)
塩谷郡 正一位 智賀都大明神 板戸 光明院
*『下野神社沿革誌』巻6-43丁(明治三十六年1903)
芳賀郡清原村大字板戸字今泉鎭座 村社 智賀都神社 祭神 大己貴命 田心姫命 味耜高彦根命
建物本社一間四方 拝殿間口三間奥行二間 幣殿二間四方 盥漱盤舎間口二間奥行九尺 末社二社 華表一基 氏子七十九戸 社掌赤羽吉郎平
本社年月未た詳かならす 社殿壯麗にして境内百九十坪 老樹亭々として繁茂し就中社前の水盤巨大にして人目を惹く 其他二三の末社を擁して風色閑雅なり
右は明治三十年1897旧鳥居柱
旧手水石
本殿が少し見える 本殿木鼻
建立千年記念碑 文化十一年1814
境内社鳥居
稲荷神社

稲荷神社

[いなり神社]

栃木県宇都宮市板戸町1242

智賀都神社境内東部に鎮座。口伝によれば正徳四年1714創建。
平成22年「稲荷神社鳥居奉納碑」
例祭:二月初午
琴平神社

琴平神社

[ことひら神社]

栃木県宇都宮市板戸町1758

主祭神:大物主命 境内社:八坂神社
口伝によれば正徳年間1711-16の創建。
ここははたして琴平神社なのか謎が残る。『栃木県神社誌』の新版には明治期に消失して現在は石宮と書かれており,掲載の写真には石祠が2基,その間の小さな鞘堂の中に石祠のようなものが写っている。旧版には写真は載っていない。
しかし昭和39年の旧版では本殿は流造間口二尺奥行二尺0.4坪とあり,明治期の失火の記述もある。境内地はいずれも113坪と記録されている。祭神・境内社も合っている。新版に大谷石製鳥居とあるのは,現在の鳥居に相違ないようだ。
すると新版発行の平成17年以降に社殿を造営したのだろうか。見た目はもっと時代が経っているように見えるが。隙間から無理やりフラッシュを焚いてみると,猿田彦と思しき面と鳥居付きの神輿のようにも見える造形物が本殿の位置に写っていた。この奥に石宮があるのか,それともこの扉に絵が描かれ朱色に着色された建造物が旧版に記録された御本殿か。面と比べると間口二尺は合っているようだ。流造かどうかは確認できない。
ゼンリンの地図では1758番は欠番で,ここは1795番にあたるので,番地はほぼまちがいない。
社号はおろか,文字は一切見あたらない。
宮司さんは新版・旧版とも阿久津さんで,世代交代している。
この近くには新版・旧版に記録された社に該当するものは見つからず,付近の農家の方がご不在で確認できなかったので,保留のまま掲載しておきます。
例祭:旧10月10日
鳥居左手
大杉神社

大杉神社

[おおすぎ神社]

栃木県宇都宮市板戸町874

主祭神:大山祇命または大杉大明神
鬼怒川の東を走る408号線からさらに河川に近づいた堤防そばに鬼怒川に面して鎮座。河岸組集会所がとなりにある。その真裏に貫の落ちた石鳥居が立ち,石祠2基と庚申塔が大杉神社社殿を背に,鳥居方向を向いている。
背の高い藁座の大杉神社鳥居は,ちょうど鬼怒川河岸に向いている。
社殿の棟柱に「天長地久 昭和五十四年八月吉日」
板葺本殿と神輿が見える。
詳細不詳。
大杦大明神額
鳥居の先は鬼怒川
背後の竹やぶの向こうは鬼怒川
八坂神社

八坂神社

[やさか神社]

栃木県宇都宮市板戸町1712

主祭神:素盞嗚命
鬼怒川の東を走る408号線沿いに鎮座。駐車スペースがないので,少し南の太陽光発電施設前に停車して歩く。
上記の大杉神社同様,社殿は鬼怒川を向いている。鳥居は読みにくいが推定明治四十一年1908か。 詳細不詳。
右手の電柱の先に鎮座 中央の森に鎮座

 

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