湯泉神社

[ゆぜん神社]

那須町・大島708

境外社祭神[高龗神]

那須郡那須町大字大島708 ゆぜん様と呼ばれる。
祭神=大己貴命,譽田別命
配神=大山祇命,大雷神,稲倉魂命
元文元年1736年11月創建。大島村の総鎮守で,代々芦野家が崇敬した。
大正2年旧那須村の八幡宮,雷電社,稲荷神社,山神社二社を合祀。「大正二年1913五月十六日合併記念・奉納湯泉神社」社号標。
境外神社に祭神が「高龗神」の「雷神社」と稲倉魂命の「稲荷神社」がある。
参道の杉20本は樹齢450年を越える。
「元文元丙辰歳」1737「安永六丁酉歳」1777の石燈籠。
拝殿左手に石祠がずらり。「大正九年」「大正二年」
大正十三甲子年1924大黒天。
「合併記念杉五百本植付 大正三年五月」石碑。
飛んでいるような狛犬は大正十二年。「享和元酉天」1801の手水石。
本殿:神明造芦野石 例祭=9月15日
-------------2009/4月撮影古いカメラ低画質---------------
奉納湯泉神社
450年杉 湯泉神社
石祠群
合併記念杉五百本植付
飛ぶ狛犬
飛ぶ狛犬
大正十三甲子年1924大黒天 元文元丙辰歳」1737
安永六丁酉歳1777
享和元酉天1801手水石 奉納湯泉神社
奉納湯泉神社 大正二年1913
入口の石燈籠昭和八年1933
温泉神社

温泉神社

[おんせん神社]

那須町・寺子乙739

配神:[闇龗神]

那須郡那須町大字寺子乙739
主祭神=大己貴命 配神=闇龗命[くらおかみのみこと],倉稲魂命
黒磯の北東,那須チサンゴルフ場の北,田中小学校の手前。地図には「田中神社」で載っているので注意。
拝殿額は「温」か「湯」か崩しすぎて判別できないが「湯」だろう。ちょうど鳥居前で田植えをされている方に寺子乙の「温泉神社」であることを確認した。『栃木県神社誌』平成18年版に「温泉神社」で掲載。『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃刊,『下野掌覧』万延元年1860刊はすべて「湯泉大明神」で収録し「温泉」は皆無なのであてにならない。江戸期の収録者に温泉の音はなかった。
鳥居前の田の脇に「明治八年八月八日・田中小学校発祥の地・創立百周年記念・結社一同建之・昭和四十九年十一月十日」の石碑が建てられている。末広がりの八八八に鍋掛村日新館田中分校として創立,昭和16年には那須村田中国民学校,22年には那須村立田中小学校,29年の町村合併で那須町立田中小学校となる。
昭和49年1975に創立百周年を記念して沿革と歴代校長の名前を刻んだ石碑を建てている。現在学校はここから北西に400mのところに移転している。
旧田中小学校は温泉神社の西隣りに建てられた。校庭跡地は公園・公民館になっており,かなり太い桜が数本残されている。校門の左手からも竹やぶを抜けて神社に行ける。
田の方から入ると大正六年三月の鳥居。
その先左手に「神社合祀記念碑・大正三年五月二十九日遷宮・大正六年三月建設」
時庭温泉神社,落合温泉神社,岡久保温泉神社,上川温泉神社,後嶋橋温泉神社,下川温泉神社などが読める。すべて「温」字のようである。
『栃木県神社誌』昭和39年2月11日発行の記述によれば,大正二年6月21日に合併を願い出て大正三年5月29日に,那須村大字寺子道上にあった温泉神社を合祀した際に,その境内社であった「八龍神社」も合祀している。このとき祭神の「闇龗神」が寺子乙の温泉神社にやってくる。
このとき同時に,寺子字時庭,屋敷廻,スガイ沢,大字高久字榛木沢の温泉神社を合祀している。これらの主祭神はすべて大己貴命。
スガイ沢から倉稲魂命の稲荷神社,屋敷廻から大日孁貴の神明宮が境内社のまま移ってくる。
延宝六年1678創立。
本殿:神明造トタン葺 幣殿:トタン葺 拝殿:トタン葺 例祭10月5日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 寺子 杉本和泉
*『下野神社沿革誌』巻八-61丁 明治三十六年1903
那須郡那須村大字寺子鎭座 村社溫泉神社 祭神大己貴命 建物本社間口一尺四寸奥行二尺八寸 末社一社 氏子三十一戸 本社創建詳かならず 社域百五十坪字高野内にあり
右手は竹やぶ 合祀記念碑
合祀記念碑 合祀記念碑 大正六年1917鳥居
拝殿額
本殿
手水石 石祠群
旧校庭側から 旧校庭 田中小の歴史を刻んだ碑
かなり太い桜 写真の中心が入口 田中小発祥の地碑

 

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