主祭神:大己貴命・少彦名命 境内社:水源神社
元禄年間1688~1704に那須湯本より御分霊を勧請して創建。『下野神社沿革誌』に東関根の「温泉神社」で記録されているのが当社。255坪でほぼおなじ社域。
ゼンリン地図では鶏鳥神社,Google地図では「温泉神社」で載っていたことがある。『栃木県神社誌』平成18年版には「温泉神社」で記録されている。
2025年8月18日に土地の方に確認したところ,半世紀以上前の子どものころから「にわとりおんせんじんじゃ」とふたつ続けて呼んでいる。雨の日など今より大きかった社殿に入って遊んでいたとのこと。おとなたちも社殿に集まって酒など飲んでいた。三島の那須野が原博物館に収蔵された絵馬も記憶なさっておられた。現在掲げられている板絵は後年大田原の方の奉納によるもので,民俗文化財とは別物だが表情と動きがいい。
栃木県では鶏鳥神社は「荷渡」「二渡」の系統でkeichoでなく[ニワトリ]と呼ぶ。疑問の方は
こちらをご覧ください。土地の方もはっきりと[ニワトリ]とおっしゃっておられました。
入口の一組目の石燈籠は「天保十1839己亥年九月吉祥日常夜燈」
入口から二組目の「天保十二辛丑年1841八月吉祥日」石燈籠に「奉納
温泉大明神」と刻まれている。
拝殿前左手の「天保七丙申年1836四月吉祥日」石燈籠に「奉納
鷄鳥大權現」と彫られている。
右手の「天保五年1834甲午天・四月大吉辰」石燈籠に「鷄鳥大權現寶燈」とあり,「奉納」の字がない。
「大明神」と「大権現」が天保のほぼ同年代に使い分けられている。また,江戸期に「湯泉」でなく「温泉」の文字が使われていたことの証拠になる燈籠の一。
鳥居・拝殿額を掲げるとすれば「鶏鳥神社/温泉神社」と併記するところだろう。
覆屋内右手の宮に陶製ニワトリ狛犬が奉納されているので,こちらが鶏鳥神社,すると左手の祠が温泉神社か。ほとんどウリふたつの木製祠。
「弘化二天1845火防安全石塔」
「弘化四年1847未五月・山神」
入口左端は「明和六丑天1769庚申供養塔」,中央は「文政六未年1823二十三夜塔」,右端は殆ど読めないが「明治七甲戌年1874大山阿夫利神」,台座に井口村,槻沢村の文字。
【西那須野田園空間博物館】サテライトに紹介されているのが当社。
【鶏鳥神社の絵馬】有形民俗文化財で紹介されている。(けいちょうじんじゃのえま)とルビが振ってあるが[にわとりじんじゃのえま]が正しい。
例祭:旧暦9月19日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-75丁
狩野村大字東關根鎭座 村社 溫泉神社 祭神大己貴命少彦名命
建物本社間口二尺七寸奥行一尺七寸 拜殿間口九尺奥行二間半 氏子十戸
本社創立不詳 社域二百五十八坪字河原に在り