大田原市・余瀬,蜂巣,檜木澤,黒羽向町、大豆田,寒井の神社資料

玉藻

玉藻稲荷神社

[たまもいなり神社]

栃木県大田原市・蜂巣709 はちす

主祭神:倉稲魂命・玉藻前神霊 境内社:玉藻社
建久四年1193源頼朝那須野狩のときの創建。久寿二年1155退治された九尾金毛の狐の霊を慰めるために頼朝が祠を建立。
明治三年1870焼失。五年再建。篠原稲荷神社玉藻稲荷ともいう。鏡ヶ池と骨塚がある。798坪。
今泉75にも玉藻の前稲荷大明神が鎮座する。
昭和五十四年1979旗杭。
朱塗りの一の鳥居は平成5年1993創建八百年記念に奉納された。
寛政十二庚申1800龍集四月吉祥日奉納の二の鳥居柱には妖狐退治の顛末がぎっしりと刻まれている。
「夫當社玉藻大明神者三國傳來乃野干(yakan=野獣>狐)也往古人皇七十六代近衛院之御宇化而成美女名謂玉藻▢中略…華表寄進大豆田村磯又右衛門▢▢」
拜殿前に昭和二十四年1949石燈籠。狐の狛犬は昭和五十九年1984奉納。
拜殿右手に昭和二十九年1954神社改築記念碑。
狐塚祠=玉藻社の鳥居柱に「奉納神殿鳥居平成九年1997八月吉日』とある。
元禄二年1689松尾芭蕉は当地を訪れ,
やがて人里に至れば、あたひを鞍つぼに結付て馬を返しぬ。黒羽の館代浄坊寺何がしの方に音信おとづる。思ひがけぬあるじの悦び、日夜語つゞけて、其弟桃翠など云が朝夕勤とぶらひ、自の家にも伴ひて、親属の方にもまねかれ日をふるまゝに、ひとひ郊外に逍遥して、犬追物の跡を一見し、那須の篠原わけて玉藻の前の古墳をとふ。それより八幡宮に詣…」
その縁により石段右手に芭蕉の句碑
まぐさおふ人を枝折しおりの夏野哉」
石鳥居左手は昭和五十年1975源実朝の歌碑
「もののふの矢並みつくろふ小手の上に あられたばしる那須の篠原しのはら
那須温泉神社の境内社に「九尾稲荷大明神」
例祭:旧暦初午日
入口 解説板
一の鳥居 二の鳥居
二の鳥居柱に文字多数  
実朝歌碑 実朝歌碑解説 芭蕉句碑
拜殿
新築記念額
改築記念碑
昭和五十九年1984狛犬 昭和二十四年1949石燈籠
鏡が池解説
狐塚祠鳥居 狐塚祠
狐塚祠鳥居柱 右手に鏡が池
トイレも完備 地図上方に犬追物跡
余瀬

直篦温泉神社

[すぐのゆぜん神社]

栃木県大田原市・余瀬371

主祭神:大己貴命・少彦名命
那須与一が弓の矢竹を産出した北金丸の直箆に報恩のため創建。享保年間に現在地に遷宮。直篦湯泉大明神と称した。
昭和五十八年1983建立の直箟家系圖石碑がある。
文政五壬午天1822石燈籠。
拝殿左手にすべて「文久元辛酉1861三月」奉納の石宮が多数並んでいる。約十基はあるか。
55坪。
すぐ東の四つ角に立つ「白旗城跡の説明看板」の絵図に「本直篦明神跡」が載っているが田んぼが広がるばかりで確認はできなかった。
例祭:2月10日
当社は大田原市デジタルアーカイブに載っている。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 直篦湯泉大明神 (空白)
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
直篦湯泉大明神 余瀬村鎮座 祭主直篦氏ナリ
風神
雷神
文政五壬午天1822石燈籠
平成25年2013歌碑
本殿右手
本殿左手
文久元辛酉1861三月
  直箟家系圖
  本直篦明神跡
加茂

加茂神社

[かも神社]

栃木県大田原市・余瀬331→415-2で よぜ


主祭神:加茂別雷命 配神:八龍神 境内社:温泉神社
延暦十三年794創建の古社。白旗城趾(本城山)に鎭座。写真の方角の山中に鎭座。病身には無理そうなので断念。
明治三十六年刊『下野神社沿革誌』は雷神社で記録。拝殿前の明治三十四年1901社号標に「村社雷神社」
平成19年2007「加茂神社のゆらい」板書に「通称を雷神様と称する」「余瀬331番地(白旗山)」。社伝は『下野神社沿革誌』の現代語訳。
石段途中右手に「加茂神社」社号標。
【余湖くんのホームページ】によると義経塚から登った本丸跡に愛宕神社がある。『下野神社沿革誌』の愛宕神社は白旗城趾の堀を隔てた南,義経塚との間と記録されているので加茂神社の南のこの拝殿のない愛宕神社でいいだろう。
例祭:2月第三日曜日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-41丁
川西町大字余瀬鎭座 村社 雷神社 祭神別雷命 祭日陰暦二月廿日九月廿日 建物本社間口二尺二寸奥行二尺 拜殿間口三間奥行二間 木鳥居一基 石燈籠二基 氏子三十六戸總代蓮實又重郎薄井仁平蓮實源吉 社掌津田四郎仝町仝大字住
社傳に曰く本社は人皇六十一代醐醐天良の御宇延暦十三年794の夏大旱魃にて禾苗枯死せんとす 民衆大に憂ひし時粟野行麿民衆の苦悶を救はんとして山城國加茂神社に詣て〻懇に祈願し御分靈を請ひて歸郷し粟野の西丘なる淸地に鎭して勸請し雨を祈るに天俄然として黑雲を生し一聲の怒雷轟然として大雨盆覆かへすか如くに降り來り禾苗勃然として起くぬ 衆大に喜ひ此れ靈驗の著しきを頌して宮殿を宏壯ならしめ粟野驛の總鎭守神と崇敬す 后永承六年1051鎭守府將軍源頼義其子義家奥州征討下向の時當粟野驛に對陣し軍兵を募り吉日を選みて本社に戦勝を祈り軍勢を率ひて西の丘に登り白旗を翻して魚鱗鶴翼の備をなせしと 此より西の丘を改て白旗山と稱す 又粟野驛の西側に白旗驛と云ひ東側を寄勢宿と云ふ(東側に軍勢を寄せ集めたるを以て名つけしと云ふ后勢を瀬と書り)同五年奥州平き歸途本社に報賽し神領ニ町歩を寄附せらる今に其田字を八幡田と稱すと 
后ち人皇八十一代高倉天皇の御世治承四年1180源義經二十騎を率ひ駿河に赴く路次當粟野驛に宿陣し往昔源頼義父子か奥州征討下向の砌軍勢を揃し地なるを聞出し白旗山に白旗を押立て我に従はんものは疾く來れと令を出して兵を募しに那須資隆の十男十郎爲隆弟與一宗隆等來り属へて君臣の契約をなし臣僚を引率し本社に詣て〻戦勝を祈願し側らに白旗観音を創立し一大塚を築きたり 今此塚を土人傳へて義經塚と云ふ 白旗観音の詠歌に「祈りおくしるしをここに白旗の山にーと度またかへりこん」云々
文治三年1187那須與一宗隆四國の八嶋の扇的の功にて那須に司たるを以て本社を崇敬し社領二十石を寄附せらる 后永禄三年1560黒羽藩主大關右衛門佐高増崇敬して社領二十石を附せらる 本社に藏せる寳物は粟野驛問屋某より奉納せし鰐口にして年號の字形あれとも磨滅して明かならす 次は久壽二年1155三浦介義明那須野狩の時本社に祈誓して野狐を射止めし弓の奉納あり 次は永録五年本村蓮實典惣の献する古鏡なり次は慶応三年1867本村落合欣一郎より奉納の太刀にして氏の祖先内匠忠治軍功に依り拜領せしものにて家寶として傳る處の淸景の名刀なり 次は雷神社由來記の古書なり 社域三百五坪にして白旗古城趾西百間を距る小丘にて高さ八十尺ありて數階の石磴を躋れは左右に石燈籠並列して丘上平坦にして稍廣闊なり 社殿の周園には古杉老壽蓊欝として天を蔽ひ晝尚暗く幽静にして自ら神威の儼たるを覺ゆ 殊に眺望に富み余瀬の八景一目に下瞰す 其名稱を擧れは八幡田の飛蛍、白旗山の秋月,直箆落雁、粟野夕烟,新築▢雪,廣前富士見,秋村の穂波,歸一の鐘等なり
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-42丁
同町大字余瀬鎭座 無格社 愛宕神社 祭神伊弉冊命 軻遇突智命 祭日陰暦二月二十四日 建物本社間口二尺奥行一尺八寸 鳥居一基 寶物神鏡一面享保三年1718蓮實與惣奉納*享禄三か? 由來記二巻 御像繪一輻 氏子十一戸 社掌津田四郎住所仝上
社傳に曰く本社創建は享禄三年1530六月二十四日にして蓮實與惣の勸請なり 抑本社勸請の由來を尋るに大永元年1521正月二十日白旗宿北方なる一民家より火を失し折しも烈風にて白旗余瀬の兩宿火災に羅り僅に残家ありしのみ 后仝三年極月八日又もや失火し兩驛大半類燒し驛民の困苦甚たし 又享禄二年1529八月二十日祝融の災ありて兩驛概ね灰燼となる 七ヶ年の内に前後三回驛民益々貧困に陥り朝夕炊煙の上る能はす遂に荒廢し徒に草叢萊の繁茂するを見る 災餘の光景寂寥たり 此時繹民の曰く期の如く火災の縷々起るは實に天の爲せる禍にて人の爲る所にあらす宜しく此時にあたり鎭火の神を祀りて祝融の災を除くへしと 議成り享禄三年1530二月十二日驛民蓮實與惣上京し同月廿八日京都愛宕山別當威徳院に着き勸請の事を議し御分靈を乞へ請け歸郷し兩驛の中央に祠を立て勸請し繹民彌尊信して大正院源久を以て奉仕せしむ 此によりて火災頓に其跡を絶ち驛民榮ひ人足り炊煙豊に白旗の山腹を包み歓聲洋々として湧か如くに至る 后天正三年1575大關右衛門佐高増黒羽城に移るや白旗南城趾を本社境内地に寄附し社頒二十石を附せらる 故に驛民宮殿を改築し本社を奉遷す 別當大正院は勸請年月より十五世奉仕せしか明治八年より津田四郎社務を掌る 社地東西廿ー間五分南北三十三問面積七百十坪高さ八十尺ありて東は断崖直下し西には市塲川淙々として其麓を流れ南は堀切を隔て〻義經塚に至る 北は空壕を越へて白旗本城跡と相對す 境内には老杉森々として蓊蔚し馬塲の左右には櫻樹を植へて春は萬櫻亂發し艶雪香雲凝つて流れす風色焉然として掬すへし
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃には余瀬に天神が二社載っているが不明。
那須郡 天神宮 白旗山 大正院
那須郡 天神宮 余瀬 大正院
丹姓

丹姓明神

[たんしょうみょうじん]

栃木県大田原市・余瀬65 よぜ

祭神:大関弥五郎増次の霊
白旗城主大関弥五郎増次は,天文十一年1542十二月二十日大田原備前守資清に襲撃され,石井沢に戦死。怨霊となって祟られないよう鎮魂のために増次の霊を小祠に祀った。荒廃がすすんでいるが,まだ自立している。
『鹿沼聞書・下野神名帳』に「丹生大明神」で載っている。

すぐ東となりの修験光明寺跡に松尾芭蕉句碑。 「夏山に足駄を拝むかどでかな ばせを」
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 丹生大明神 余瀬 (空白)
傷みが激しい
修験光明寺跡標識 入ってすぐに芭蕉句碑 首途哉が漢字で

余瀬には以下が記録されたが現在社不明。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 稲荷大明神 余瀬
湯泉神社

湯泉神社

[ゆぜん神社]

栃木県大田原市・寒井1425 さぶい

主祭神:大己貴命・少彦名命
創立不詳。享保年間1716~36に焼失。寛政四年1792黒羽藩主大関増栄が再建。32坪。
寒井は大野村と称した。旧地名大野室と推定。江戸期の資料二つの大室も大野室だろう。
大正六年1917石鳥居をくぐり太鼓橋を渡り,杉の参道を行くと拜殿前に「宝永四丁亥暦1707」石燈籠。下部の「所願成就祈処」の左右に村主と施主の名。「奉寄進石燈爐」の続きが読めない。320年になろうとする貴重品。
拜殿内にかろうじて「湯泉神社」額が見える。
大きな本殿右手に石宮。
大正六年1917十月十九日石鳥居寄附連名碑。
大正十二年1923十月十九日湯泉神社社号標。
例祭:10月19日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 寒井 碓井大和
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
湯泉大明神 寒井村鎮座 祭主碓井氏ナリ
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-41-42丁
同町大字寒井鎭座 村社 湯泉神社 祭神大己貴命 少彦名命 建物本社間口四尺二寸奥行四尺二寸 拜殿間口二間奥行三間 華表一基 末社三社 氏子五十四戸 社掌大野浪江仝村仝大字住
本牡創立遼遠にして詳かならす 后寛政四年1792三月十二日再建 社域三百三十八坪平坦の地にありて境内には古樹亭々と高く聳ひ神寂ひて頗る雅致あり
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 大室 藤橋対馬
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
湯泉大明神 大室村鎮座 祭主藤橋氏ナリ

寒井には以下が記録されたが現在社不明。矢絙は矢組と推定。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 己正明神 矢絙村* 藤橋対馬
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
巳王大明神 矢組村鎮座 祭主藤橋氏ナリ
大正六年1917石鳥居 太鼓橋 倒木
宝永四暦1707石燈籠 奉寄進石燈爐なんとか
宝永四丁亥暦1707 湯泉神社額
本殿 本殿右手
旗竿
大正六年1917石鳥居寄附連名碑 鳥居方向
大正十二年1923社号標奉納碑 鎮座の杜 旗杭
三島神社

三嶋神社

[みしま神社]

栃木県大田原市・寒井1643


主祭神:大山祇命・大己貴命・少彦名命 配神:大物主命・保食神 境内社:稲荷神社
天応年間781~782に当地を開拓した中納言藤原房磨が,大木の元に薬師如来を奉祭し大野村と称した。大野室の薬師さまと呼ばれる。
明治六年1873那珂川の3つの島,三嶋淵から御神体を勧請したところから三嶋神社と改称。480坪。
大正十五年1926「奉納三嶋神社・熊野神社・稲荷神社」石塔と鳥居額は「嶋」字,昭和九年1934碑は「島」字。混在している。
石鳥居柱に「昭和五十年1975三月之改修」,大震災で倒壊,翌年三月改修。
拜殿右手前の昭和二十六年1951手水石まわりに古い石燈籠が並ぶ。「貞享五戊辰年1688」「元禄十五壬午年1702」「天保七丙歳1836」
昭和九年1934六月蓮實長撰文の「神殿改築記念碑」に
傳へ言ふ藤原鎌足の後裔房磨と稱する者僧道鏡と妤く爲に推されて中納言に進む而して道鏡の下野に貶せらるゝや房磨亦斥けられて美州大野郷に隠れる…居を構へ農を營む…其本貫を取りて大野室と稱す…境内の大銀杏は大同二年807三島明神創建の神木として栽うる所なりと言ふ一見以て其由来の古きを證すべし聊か所傳を叙して之が縁起となす
すると昭和九年に記録され,現在に続く銀杏は樹齢からすると1200歳だが推定400歳とされているので数世代後のものとなる。
大野室の銀杏,樹齢400年,高さ30m,目通り7m。
境内に社務所兼寒井北部自治公民館
例祭:4月8日 風神祭:9月1日
三嶋神社額 右が大野室のイチョウ
巨大だ
大イチョウ解説 太鼓橋と拜殿
立派な造営
本殿 保存されているイチョウ解説 昭和九年1934神殿改築記念碑
かなりの古樹だった 拜殿右手
昭和二十六年1951手水石 奉納三嶋神社 貞享五年1688
元禄十五年1702 天保七年1836 本殿右手裏
境内右手奥に稲荷神社
稲荷神社鳥居 稲荷神社本殿 熊野・三嶋・稲荷神社
昭和五十九年1984
太鼓橋 社務所兼寒井北部自治公民館
入口鳥居方向 入口に大野室のイチョウ標識

湯泉神社

[ゆぜん神社]

栃木県大田原市・寒井163 鮎ケ瀬

主祭神:大己貴命・大己貴命・少彦名命
寛保三年1743創建。文化七年1810現在地に遷宮。
昭和三十一年1956鳶久神社を合祀。平成九年1997本殿新築,97坪。
例祭:10月9日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 大室 藤橋対馬
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
湯泉大明神 大室村鎮座 祭主藤橋氏ナリ

「大室」は「大野室」か?『角川地名大辞典』にはいずれも載っていない。明治六年1873に改称した寒井の三嶋神社の御神木が「大野室の銀杏」と呼ばれるが,もとは薬師如来なので『下野掌覧』記載の湯泉神社ではなさそう。とりあえず社号一致でここに記録しておきます。

妙見神社

[みようけん神社]

栃木県大田原市・寒井245

主祭神:天之御中主神
境内に寒井南部公民館

湯泉神社

[ゆぜん神社]

栃木県大田原市・大豆田387-2 おおまめだ

主祭神:大己貴命・少彦名命 配神:火産霊命・菊理毘賣命
川西(大豆田)の開拓者の磯豊為が祖先を祀るために鬼一大明神を創建。保延三年1137村名が大豆田村と定まる。応永四年1397には温泉大明神と改称,村民7戸の崇敬を受ける。
明治四十年1907,愛宕神社を合祀。 昭和四年1929,白山神社を合祀。
境内左手の樹齢650年のアカガシは「おおたわら令和の名木選」に選定されている。湯泉神社社叢は栃木県指定天然記念物。714坪。
例祭:10月9日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 大豆田 直篦出羽

高岩神社

[たかいわ神社]

栃木県大田原市・黒羽向町207 くろばねむこうまち


主祭神:伊弉諾命・伊弉冊命・大山祇命・火産霊命 配神:武甕槌命・磐裂命・根裂命・経津主命
天文三年1534字石井沢に創建,熊野神社と称した。明治三年1870,三嶋神社,愛宕神社と合併し,現在地に遷宮して高岩神社と改称。
168坪だった境内地は昭和三十一年1956に1646坪に拡大した。
安政四丁巳年1857石燈籠。文化十五年1818二十三夜塔。昭和八年1933と昭和九年1934石鳥居。昭和三年1928御神燈と旗杭。
例祭:7月第三または第四日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 熊野大権現・宗像大明神 石井沢 碓井大和
那須郡 三島大明神 石井沢 碓井大和
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
三嶌大明神 石井澤村鎮座 祭主碓井氏ナリ
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-42丁
川西町大字黒羽向町鎭座 村社 高岩神社 祭神伊弉諾命‏ 伊弉冊命 建物本社間口一間三尺奥行二間 末社九社 氏子二百三十三戸
本社は天文三年1534三月字石井澤に勸請せしか濫觴にして明治三年1870今の境地に移遷す 社域百六十八坪平坦の地にして字上町に在り

湯泉神社

[ゆぜん神社]

栃木県大田原市・檜木沢515 ひのきざわ


主祭神:大己貴命・少彦名命
文安三年1446創建。
大正五年1916愛宕神社を合祀。
昭和二十五年1950境内地は446坪に拡大。
昭和三十一年1956石鳥居。明治三十三年1900石燈籠。
天保五年1834「秋葉山・白雲山・雨降山」,文久三亥年1863「十九夜」
例祭:10月19日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 檜沢 △石門
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-42丁
同町大字檜木澤鎭座 村社 湯泉神社 祭神大己貴命 少彦名命 建物本社間口三尺九寸奥行四尺八寸 氏子四十一戸
本社は文安年中1444~49の創立なりと口碑に傳はれり 社域百二十六坪字上の臺に在り
多賀

多賀神社

[たが神社]

栃木県大田原市・蜂巣790


主祭神:伊弉諾命・伊弉冊命 配神:大己貴命・少彦名命・大日孁貴命・菅原道真公 境内社:愛宕神社・八雲社・疱瘡神社
建久二年1191創建。文政十二年1829再建。
明治三十年1897本殿拝殿改築。
明治三十年1897,多賀神社とともに三社祭礼を行っていた字堀之内の湯泉神社,字天神林の天満宮を,また光丸山神社を合祀。230坪。
例祭:10月19日
▊川 西 町  *『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-40丁
本町は黒羽町、大豆田,余瀬,蜂巣,檜木澤及ひ寒井の舊一町五村を合せ一の自治區となせしものにて其輻員東西二十町南北一里十八町を有せり 地勢挾長にして頗る平坦山岳なく東方一帯那珂川を控ひ黒羽町と相對し西南北の三面は平野田園遠く開け黒羽向町は商家櫛比し大豆田檜木澤寒井は關街道に沿ひて相連れり 黒羽向町は商業に他は農耕を業とし頗る勤勉の風あり
古來の沿革に付ては往時は共に黒羽滞の所領にして維新后栃木縣に属し第三大區七小區となり后三戸長役塲に分れ次て町村制に當り現時の一町となりぬ
本村には村社六社無格社一社ありて戸數四百七十戸人口三千二百余人を有す

大田原の神社は小生間質性肺炎を患い,経済的・体力的に回れそうもありませんので,下調べだけにとどめます。ご勘弁ください。

 

 大田原市の神社目次へ 
 ページトップ