鎮国
鎮国神社
[ちんこく神社]
栃木県大田原市・前田1073 まえた
いづな
飯縄山神社
[いづなやま神社]
栃木県大田原市・堀之内5/前田187
写真提供:いやし厨房火あぶりさん
主祭神:豊受姫命・級津彦命・倉稲魂命 境内社:熊野神社
文明三年1471那須資行が信州飯縄山より勧請。暴風雪霜に苦しめられた時代だった。昭和十三年1938飯綱山より現在地に遷宮。セレモニーホールくろばね会館の北,堀之内と前田の境界に。
例祭:5月5日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 愛宕大権現・飯縄大権現 並ニ前田村並ニ津田 光明寺
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-46丁
黒羽町大字前田鎭座 村社 飯網山神社 祭神豊受姫命 稻倉魂命 級長津彦命 建物 本社間口四尺奥行五尺 氏子五十五戸 社掌小泉檀造仝町仝大字住
本社創立不詳 社域二百四坪字飯縄山に在り
両社稲荷
真先寶壽両社稲荷神社
[まさき・ほうじゅ・りょうしゃいなり神社]
栃木県大田原市・前田981
主祭神:倉稲魂命・保食神
黒羽城跡公園内に鎭座。天正年間1573~92に大関家が築城した際に城守稲荷として浅草橋場の真崎稲荷を勧請。真先はもとは真崎の表記で[まっさき]と呼んでいたかもしれない。山岳修業の先導の意から転じて戦場の先駆けたらんことを祈願した。時を経て宝壽院の稲荷社を合祀して両稲荷大明神と称するようになった。維新前に「神社」に改号している。
嘉永六年1853と嘉永七年1854石燈籠に「稲荷両神社」,安政二年1855石燈籠に「両稲荷神社」
拝殿額は「稲荷社」,木製祠が左右に祀られている。昭和六十三年1988頃にも「両社稲荷大明神」表記を用いている。平成二十八か九年に覆屋を改築した。
例祭:旧暦初午日
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| 嘉永六年1853稲荷両神社 |
嘉永七年1854稲荷両神社 |
安政二年1855両稲荷神社 |
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| 以前の扉 |
稲荷社額 |
本殿二基 |
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平成元年社号標 |
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愛宕神社
[あたご神社]
栃木県大田原市・前田1198
主祭神:伊耶那美命・迦具土命
文字が読みにくかったのか天文二年1533か天正二年1574の創建という。烏山城主那須高資の勧請なら没年が天文二十年1551なので天正二年創建が妥当。884坪,愛宕山250mに鎭座。御帝山登山口になっている。
例祭:3月第四日曜日
『鹿沼聞書』につぎの飯縄山神社とともに記載され,津田村も併記されている。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 愛宕大権現・飯縄大権現 並ニ前田村並ニ津田 光明寺
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-45丁
黒羽町大字前田鎭座 村社 愛宕神社 祭神伊弉冊命 軻遇突智命 建物本社三間四方 氏子五十戸
本社創立年月不詳 社域八百十六坪愛宕山に在り
黒羽田町
八雲神社
[やくも神社]
栃木県大田原市・黒羽田町502
大豆田
湯泉神社
[ゆぜん神社]
栃木県大田原市・大豆田387-2 おおまめだ
黒羽神社
[くろばね神社]
栃木県大田原市・黒羽田町493
主祭神:英霊一九三八柱
明治二年1869創建,官祭黒羽招魂社。昭和十四年1939黒羽護国神社と改称。昭和二十三年1948黒羽神社と改称。
平成14年2002祈願大関氏御武運長榮所碑。
例祭:10月13日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-44丁
黒羽町大字黒羽田町字大宿鎭座 官祭招魂社 祭神黒羽藩士定価は氏亘理長雄以下二十四人靈 建物本社間口一間奥行五尺 拜殿間口三間奥行二間 石華表一基 高燈籠石積立一基 社務所間口二間奥行二間 社掌小泉檀造仝町大字前田住
本社は明治二年1869十二月九日の勸請にして黒羽藩知事従五位大關増勤及ひ仝藩士一同の創建なり 而して官祭人名のものは皆戊辰の役に戦死したるものなり 社域三百十三坪高燥の地に在りて甚た眺矚に富み遥に富峯に對し八朶梁芙蓉遁徳なく⾭天を街き白々玲瓏たり 西には黒髪の諸山を臨む 山勢秀抜にして翠色濃かに染むか如く近くは市街及ひ那珂川を俯瞰し脚を伸へて踏藉し得るか如し 境内には多く櫻樹ありて花時には萬花亂發し遠くより望めは霞の如く近けは瓔珞を綴るに似たり 實に此地の一勝地たり
大祭は侮年十月十三日を以て執行せり
鹿嶋神社
[かしま神社]
栃木県大田原市・八塩456
温泉神社
[おんせん神社]
栃木県大田原市・北野上1744
主祭神:大己貴命・少彦名命 境内社:神明宮・足尾神社
大同二年807創建の古社。久寿二年1155妖狐退治の伝説が伝わる社。
335坪。もと野上村。
明治二十八年1895石燈籠。朱塗りの両部鳥居。昭和三年1928旗杭。
例祭:10月9日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-45丁
黒羽町大字北野上鎭座 村社 溫泉神社 祭神大己貴命 少彦名命 祭日陰暦正月七日
建物本社一間四方 拜殿間口三間奥行二間杉皮葺 木鳥居一基 氏子百四十三戸總代五員 社掌小室古石仝村仝大字住
社傳に日く本社は大同二年807の創立にして後 近衛天皇の御宇久壽二年1155那須野狩の時三浦介常胤上總介廣常等本社に新願し屢靈驗ありしを以て宮殿を造營す 後那須家代々の斬願所となる 后又伊王野次郎左衛門資永次に資勝資宗資信まて代々永錢八十文を寄附せらる 永禄八年1565九月大關右衛門大夫淸増再脩を加へ拜殿を造營し永錢七十六文を寄附せられ后又十三石の除地を附せられ毎年正月七日黒羽藩主躬自ら參向ありし社なりしか文久三年1863大關領地改革の事ありて除地没収せらる 社域三百二十六坪黒羽より大子街道の北側宇田澤の高丘に在り 石の神橋(明治三十四年氏子益子巳之吉寄附)を渡り十五階の石磴を躋り木の大鳥居あり 又廿五階上りて拜殿に致れは宮殿結構にして古色藹然たり 境内には老杉及ひ眞榊御用松の古木亭々と高く聳ひ神寂ひ幽邃にして頗る雅致あり
日枝神社
[ひえ神社]
栃木県大田原市・北野上3532
主祭神:大山咋命
黒羽城内に鎭座したが応永十五年1408三月北野上に遷宮。
大正元年の大修理を経て昭和二十八年1953拜殿新築。
明治六年1873次の社を合祀:
熊野神社,蛭児神社,稲荷神社,神明社,八幡神社,温泉神社,愛宕神社,雷神社
祭日:11月第二日曜日
溫泉神社
[おんせん神社]
栃木県大田原市・北野上 引橋
主祭神:大己貴命・少彦名命
昭和十一年1936旗杭。
綾織神社
[あやおり神社]
栃木県大田原市・北滝1818
主祭神:豊玉彦命・豊魂姫命 配神:大山咋命・不動明王・山廼諸神
持統天皇687〜の頃,館野宝賢が娘の絹布織技術向上のために御手谷の高い山に綾織姫大明神を勧請したと伝わる。似たような伝説は足利など他の地域にも伝わっている。那須絹は当村発祥。284坪。
御亭山[こてやさん]に間口三尺奥行五尺の石宮が祀られている。
例祭:5月第三日曜日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-47丁
黒羽町大字北瀧御手谷鎭座 無格社 綾織神社 祭神豊玉彦命 豊玉姫命 祭日四月八日八月八日 建物本社石寶殿 鳥居一基 氏子七十五戸總代三員 社掌瀧本政雄住所仝上
社傳に曰く本社は持統天皇の御宇此里に館野實賢と云ふ長者あり 其子女に綾姫と云ふありて機業裁縫に熱く心を傾けるを以て父實賢か子女の其道の熟逹を祈んか爲めに御手谷乃高山に綾織姫大明神を勸請し倍々宗信するにより子女能く機縫養蠶に上達し綾絹を織り出し〻かは其名近郷に高く遠近の子女皆教を受けて其業を擴むと云ふ 往昔余に那須絹と稱せしは此里に始むと云々 今に機縫養蠶家は信仰して毎年四月八日より八月八日まて詣するもの麕集す 本社は北瀧の東端字御手谷の山にありて社域九十六坪高丘の地にして本社の前に綾織池の舊跡あり古昔は水漫々たる湖水にて上下に二瀑布ありしを以て上下瀧村と稱せしと云ふ 而るに延寶二年1674の秋暴雨にて山崩れ湖水漲り出て今は小なる池(池地九十坪)を存するのみ 因に云ふ舘野長者は數世を經て舘野御前の代に至り康平年中安部頼時に荷擔せしを以て源頼義に亡ほされ今に其舘跡を字舘野御前と稱す 且上瀧下瀧兩村を合併し明治維新の始めに北瀧村と號す 后明治廿二年中一の自治區に入り黒羽町とはなれり
温泉神社
[ゆぜん神社]
栃木県大田原市・北滝1139
主祭神:大己貴命・少彦名命 配神:大己貴命・少彦名命
永正元年1504創建。現在は慶雲年間704~708説より新しい時代を採用している。
大膳院は修験道。明治三年1870に「温泉神社」と改称するが読みは[ゆぜん]を残した。
『栃木県神社誌』旧版では「湯泉大明神」,平成18年版では旧社号を「前」字で「湯前大明神」にしているが,御前様の連想から通称の湯前様になり社号記載の際に湯前になったのかもしれない。
明治四十四年1911黒羽北滝下滝にあった湯泉神社を合祀,祭神と配神が重なっているのはこのため。
例祭:11月23日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-45丁
黒羽町大字北瀧宮本鎭座 村社 溫泉神社 祭神大己貴命 少彦名命 祭日九月十九日
建物本社間口三尺奥行三尺板葺 拜殿間口三間奥行二間萱葺 木鳥居一基 石燈籠二基 氏子七十五戸總代深澤和吉川上淺一郎大沼金太 社掌瀧本政雄大字仝七十五番地住
本社創立は慶雲年中にして舘野良眞の勸請なりと云々
維新前は溫泉大明神と稻し大膳院にて代々奉仕せしも明治三年四月復飾し瀧本彈馬と改め本社に奉務せしむ 社域二百二十坪高燥の地にして石磴二十階躋れは淸洒たる境に古杉及ひ槻の老樹蓊蔚にて周圍二拾余尺ありて枝四方に蔓延し其幾百年を經たるを知らすと云へし故に古社にして神威の尊さを知るのみ
八雲
八雲神社
[やくも神社]
栃木県大田原市・北滝1187
主祭神:素盞嗚命
上記温泉神社の北西,那珂川を見下ろす県道27号線沿いに鎭座。
昭和五十五年1980旗杭。
例祭:?
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八雲神社 |
暗くて見えない |
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| 那珂川左岸 |
切株 |
昭和五十五年旗杭 |
片田
温泉神社
[おんせん神社]
栃木県大田原市・片田1065
主祭神:大国主命・少彦名命
文治元年1185創建。天文十三年1544黒羽藩主大関宗増逝去したのでその木像を彫って社脇に安置,後に厨子も作ったが明治二十三年1890木像を残して全焼,大正四年1915現在地に再建遷宮。443坪。
例祭:4月第一日曜日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-46丁
黒羽町大字片田鎭座 村社 溫泉神社 祭神大己貴命 少彦名命
建物本社間口三尺五寸奥行二尺二寸 拜殿間口三間奥行二間 氏子二十四戸
本社創立年月不詳 社域三百九十九坪平坦の地にして字根岸に在り
温泉神社
[おんせん神社]
栃木県大田原市・片田1676
主祭神:大己貴命・少彦名命
文治二年1186黒羽藩主大関家が創建。339坪。
例祭:4月第一日曜日
湯泉神社
[ゆぜん神社]
栃木県大田原市・片田1488
主祭神:大己貴命・少彦名命
仁治年間1240~43亀山城主片田氏が創建。慶長八年1603落城の後は黒羽藩主大関家が崇敬。200坪。
例祭:10月27日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
那須郡 湯泉大明神 山田 郡司伊予 →山田は明治九年片田村に
*『下野掌覧』万延元年1860 那須郡之部
湯泉大明神 山田村鎮座 祭主郡子氏ナリ
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-46丁
黒羽町大字片田鎭座 村社 湯泉神社 祭神大己貴命 少彦名命
建物本社間口五尺奥行一間二尺五寸 末社四社 氏子二十二戸
本社は勸請不詳 社域百二十六坪字寺山に在り
金毘羅神社
[こんぴら神社]
栃木県大田原市・片田992
主祭神:大物主神・崇徳天皇
隣りに曹洞宗萬亀山金秀寺。
龜山城の北。
宝暦二壬申年1752青面金剛明王,馬頭観世音など多数。
岩室神社
[いわむろ神社]
栃木県大田原市・堀之内470
主祭神:大己貴命・少彦名命 境内社:神武天皇社
創建年等不詳。明治六年1873三嶋神社・稲荷神社・星宮神社・日枝神社を合祀して「岩室神社」と改称。
昭和五十四年1979石鳥居。
例祭:11月第二日曜日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-46丁
黒羽町大字堀野内鎭座 村社 岩室神社 祭神大己貴命 少彦名命
建物本社間口二尺奥行三尺三寸 末社四社 氏子四十七戸
本社は往時領主大關氏より祭祀料として年々米七斗つ〻寄附せられ領主崇敬の社たりしか廢藩と〻もに止めらる 社域百五十七坪字岩谷に在り
生駒神社
[いこま神社]
栃木県大田原市・亀久1147 かめひさ
主祭神:大宜津毘売命 境内社:稲荷神社
例祭:月日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻八-46丁
黒羽町大字龜久鎭座 村社 生駒神社 祭神大宜津比賣命 建物本社間口二尺奥行二尺に寸 拜殿間口三間奥行二間 木鳥居一基 石燈籠二基 氏子三十八戸
本社創立は寛政八年1796にして衆庶崇敬の社にあり 毎年二月初午日には多くの馬參詣ありて境内に群集す 社域三百六十三坪高燥の地にあり
日光神社
[にっこう神社]
栃木県大田原市・亀久223
主祭神:源家康朝臣 境外社:加茂神社
天保十二年1841創建。
例祭:3月第二日曜日
鷲子神社
[とりのこ神社]
栃木県大田原市・矢倉322