高尾神社

[たかお神社]

塩谷町・肘内628

使用文字[尾]

主祭神:高龗神

旧地名:塩谷郡塩谷村肘内神の前618
主祭神:高龗神,鷄鳥大神 配神:猿田彦命,天津瓊々杵命
境内社:琴平神社(大物主命),愛宕神社(火産霊之命),山神社(大山祇命),湯殿山神社(大山祇命),天神社(菅原道真公)
祭神は高も闇もつかない「龗神」で『栃木県神社誌』旧版に掲載されていたが,新版では高龗神で落ち着いた。
鬼怒橋の北の広大な田園地帯に鎮座。はるか東に新幹線が見える。
日光連山・高原山・那須連峰が一望できるすばらしいシチュエーション。
拝殿内に見える文字は「高尾神社」
きちんと手入れされていて,御神木の杉にも結界が張られ,竹竿の幣がきっちりと結わえ付けられている。
境内社に「文化八辛未年1811肘内村」の文字。大久保の地名情報で探したのだが,肘内が正しいことになる。もちろん神社名鑑記載の「時内」は誤植。
昭和14年の迫力のある狛犬。
*『下野神社沿革史』7巻27丁(明治36年1903刊)
鹽谷郡大宮村大字肘内鎭座 村社 高尾神社
祭神 高龗神 建物本社間口二尺七寸奥行四尺三寸 末社一社 氏子二十四戸・総代員 社掌 本社は字神の前に在りて社域六百七十一坪を有す

高尾神社 男体山が見える
後方に高原山 広大な田園地帯
石祠2基 御神木
整然と祀られている
文化八年1811 肘内村
大宮神社

大宮神社

[おおみや神社]

塩谷町・大宮2325

旧社名:[高龗大明神]

主祭神:軻遇突智命 配神:倉稲魂命
境内社:八坂神社(素戔嗚命),琴平神社(大物主命),愛宕神社(火産霊命)
なんと,ここは元々は「高龗大明神」であった。昭和48年の看板には「大宮神社 通称高龗大明神」と書かれている。拝殿額も「正一位大宮高龗大明神」,文字はどちらも「雨+龍」
明治5年に宿東字斗藤にあった軻遇突智命を祭神とする「大宮神社」を合祀して,明治9年に大宮に改称している。
羽黒山の北約2キロ,大宮小学校と塩屋高校の間に鎮座。きちんと手入れされた瀟洒な神社である。
拝殿左手の立派な境内社は八坂神社と加波山神社。拝殿と本殿が備わっている。
愛宕山,庚申の左の石祠の中に「秋葉・金毘羅・石尊大権現」の石版が収められている。
「男體山・湯殿山塔 文政七甲申十二月吉日」1824
「石尊山 天保十五辰年六月吉日」1844(大山祇神に関わる。塩谷町玉生の石尊山は標高481m)
「琴平山 安政四丁巳歳十月」1857
「甲子塔 元治元乙丑」1865
鳥居手前の「しだれ桜」は空洞になっているが葉は青々と茂っている。推定170年。新版では330年。
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本殿:宮造欅材柿葺高欄付 本殿上置:銅葺 拝殿:入母屋造トタン葺
例祭:11月第一日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
塩谷郡 高尾大明神 大宮 東性寺
*『下野神社沿革史』7巻26丁(明治36年1903刊)
鹽谷郡大宮村大字大宮鎭座 村社 大宮神社 祭神 火產靈命 建物本社間口二間奥行二間半 木鳥居一基 石燈籠二基 石こま犬二基 氏子七十二戸
本社創立詳ならす社域五百七十三坪字上町に位し境内平坦の地にして老梅櫻及ひ青桐の巨木あり花時には士女詣てゝ衣香扇影相接し此地の勝地なり 側に前神官渡邊貢の碑あり
正一位大宮高龗大明神
八坂神社・加波山神社
大宮神社 右:愛宕山 金毘羅山
男軆山・湯殿山
桜の古樹
星宮神社

星宮神社

[ほしのみや神社]

塩谷町・大久保934

貴船神社祭神[淤加美神]

旧地名:塩谷郡塩谷村大久保字橋の上934
主祭神:磐裂神,根裂神,経津主命
境内社:貴船神社(祭神:淤加美神)八坂神社(素戔嗚命)湯殿神社(大山祇神)琴平神社(大物主命)
羽黒山の北,「ふれあいの里しおや」のある上平橋を渡ってその先を右折で62号線に入る。1300m進んで左手。鬼怒川から北に約700mくらい。もう少し東に進むと肘内の高尾神社がある。
拝殿左手奥に境内社が4社祀られている。このうちの左から2番目の石祠が貴船神社。「昭和六十一年三月吉日建之」と彫られている。
社名札表記は「木船神社璽」と木を使用。この祭神が淤加美神である(『栃木県神社誌』旧版には3文字で「加美神」,この本は他にも誤植多数なので淤脱字)。
その右が稲荷神社,右端が湯殿神社。左端が大杉神社。
拝殿右手には社名不明の石祠5基と木製の社が1社。石祠の右側面にそれぞれ「嘉永元戊申六月吉日」1848,「一九六三年一月建替 元八坂神社敷地ヨリ廻社」「昭和三十八年一月建替」「安政四年巳八月吉日」1857の文字が刻んである。西暦は始めて拝見したが,分かりやすい。木製の社にはこれも西暦で「一九六三年壱月修理 星宮神社」の棟札が収められていたが,社名は不明。
鳥居右手に「宝永二乙酉暦九月吉日」の旧鳥居柱が残され,となりに昭和63年12月の「完成記念」碑が立っている。
ゴルフ場造成の際にジュンによりなされた町への寄附を使って本殿,拝殿,金比羅神社屋根,水屋,鳥居を建て替えたと書かれている。
「明治四十二年己酉二月 星宮神社改築寄附連名」碑があり,それ以来の大改築になる。
「大正拾五年三月拾三日 奉納 水屋」碑も建てられている。この碑には後から「手」字が書き加えられている。手水屋にしたかったのだろう。  拝殿左手に大正15年の「金比羅神社 御神輿再築記念碑」と金比羅神社。したがって大正15年にも小改築が行われたことが分かる。
昭和三年の狛犬。
境内右端の石碑に「移轉記念 大正元年十一月十三日西坪ヨリ宅地移転 昭和七年十一月吉日」これが不明。
元の金山神社境内地を明治九年に本社境内官有地に改めたとの記述が見えるのだが,その約40年後の宅地移転とは?
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本殿:宮造杮葺 拝殿:入母屋造銅葺
例祭:12月13日 3月13日に近い日曜日の春祭に東護神社の風見の神楽を奉納
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
塩谷郡  星宮大明神 大久保 鈴木豊前
*『下野掌覧』万延元年1860 塩谷郡之部
星宮神社 大久保村鎮座 祭主鈴木氏ナリ
*『下野神社沿革誌』七巻26丁 明治三十五年1902
鹽谷郡大宮村大字大久保鎭座 村社 星宮神社 祭神 天御中主命 經津主命 武甕槌命 祭日十一月十三日
建物本社五尺四方 雨覆間口一間半奥行二間 拜殿間口二間半奥行二間 石鳥居一基 石燈籠三基 末社一社 氏子四十四戸 社掌同村同大字住
本社創建年月詳ならす 社域三百四十四坪を有す
左は金比羅神社,その右奥に 境内社4社 左から2番目が貴船神社
木船と書かれている 拝殿右手に
西暦表記 旧鳥居柱
星宮神社
鳥居の中は羽黒山

 

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