部屋村 *『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 四巻-48丁
本村は部屋,緑川,新波,帶刀新田,西前原,蛭沼,富吉,中根,石川新田の舊九村よりなれり 幅員東西凡一里南北一里二十除町にして部屋新波は巴波川の左右に聚り其他の部落は部屋の西北に散在し地勞一圓平坦にして南は赤麻沼に瀕し東は巴波川を帶ひ西北は多く平林を控ひ自然の一區域をなせり 風俗概ね質朴にして農業に従事し部屋新波は巴波は巴波川河岸に沿ひ商業を營むもの少なからす 又西前原帶刀石川の三大字は漁業をなすものあり
舊各村沿革に付ては往時は共に古河藩領邑にありしか維新後第四大區四小區となり後又一戸長役塲の管する所となり次て町村制實施に當り今の一村となりぬ
本村には村社十社氏子戸數七百七十戸人口四千八百六十余人を有す
八幡宮
八幡宮
[はちまんぐう]
栃木県栃木市藤岡町中根330
天満
天満宮
[てんまんぐう]
栃木県栃木市藤岡町新波1387 にっぱ
天満宮
天満宮
[てんまんぐう]
栃木市・藤岡町・緑川479-1
配神:[高龗神]
主祭神:菅原道真公 配神:高龗神・五十猛命
旧地名:下都賀郡藤岡町大字緑川 部屋村
巴波川右岸の田園地帯に鎮座。
昭和元年の石鳥居に「十二所神社合社八十周年記念」とある。
社殿も昭和元年に新築され,記念碑が建てられている。
詳細は不明だが『栃木県神社誌』新版の巻末付録p.1086に配神「高龗神」と記録されている。『鹿沼聞書』に緑川の八竜大明神が記録されている。この祭神の可能性がある。
年代不詳の石祠が2基。いずれかが高龗神社なのかもしれない。
例祭:10月25日に近い土日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 八竜大明神 緑川 村正
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻四-50丁
下都賀郡部屋村大字緑川鎭座 村社 天満宮 祭神 菅原道真公
建物本社一間四方 拜殿間口二間奥行三間 末社三社 氏子三十四戸
本社創建年月詳かならす 社域四百七十二坪 字十二所に在り
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参道両側に稲 |
新しい鳥居 |
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背後から |
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左手に1基 |
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東側にもう1基 |
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帯刀神社
帯刀神社
[たてわき神社]
栃木市・藤岡町・帯刀66-3
配神[高龗神]
主祭神:素戔嗚命
配神:高龗神[たかおかみのかみ]ほか水速女命,大日孁貴命,誉田別命,菅原道真公,弁財天神
旧地名:下都賀郡藤岡町大字帯刀 部屋村
巴波川の土手のすぐ東。栃木市内を流れる巴波川よりはるかに川幅が広くなり,土手も高い。最初,鬼怒川と勘違いしたほどである。
500mほど北東に石川の八幡宮。
大正二年1913の「村社帯刀神社」社号標。大正三年1914の石燈籠。石の神明鳥居は昭和43年。
明治44年に水神社と神明宮を合祀し八坂神社を経て,帯刀神社と改称。
本殿:権現造瓦葺 幣殿:流造瓦葺 例祭:7月第4土曜
『鹿沼聞書』に帯刀の八幡宮が記録されている。帯刀神社配神の譽田別命の八幡宮と推定する。
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 八幡宮 帯刀 光明寺
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 巻四-49丁
下都賀郡部屋村大字帯刀新田鎭座 村社 水神社 祭神 水速女命
建物本社間口二尺九寸奥行二尺八寸 氏子二十七戸
本社創建不詳 社域三百九坪を有し字須の古屋に在り
住吉神社
[すみよし神社]
栃木県栃木市藤岡町富吉1540
祭神:上筒男命・中筒男命・底筒男命・息長帯姫命 配神:伊弉諾命・伊弉冊命・菅原道真公・倉稲魂命
旧地名:下都賀郡藤岡町大字富吉 部屋村
慶長年中1596~1615摂津住吉神社より御分霊を勧請して創建。文化六年1809改築,昭和25年1950拝殿改築。
例祭:11月19日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 正一位 住吉大明神 富吉 石塚氏
*『下野掌覧』万延元年1860 都賀郡之部
正一位 住吉大明神 富吉村鎮座 祭主石塚氏ナリ
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 四巻-48丁
下都賀郡部屋村大字富吉鎭座 村社 住吉神社 祭神 中筒男命 表筒男命 底筒男命 息長足姫命 建物本社一間四尺奥行六尺 拝殿間口三間奥行二間 末社二社 氏子六十五戸
本社は慶長年間1596~1615の創立にして攝津國住吉神社を奉遷し衆庶崇敬の社にして明治五年1872郷社に列せられ後仝拾年八月行政區劃の改正により村社に列せらる 社域六百三十三坪平坦の地に位し社殿壯麗にして雅致あり
稲荷
稲荷神社
[いなり神社]
栃木県栃木市藤岡町富吉
祭神:倉稲魂命
境内社:
旧地名:下都賀郡藤岡町大字富吉 部屋村
『下野神社沿革誌』に記載されているが現在社不明。
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 四巻-48丁
下都賀郡部屋村大字富吉鎭座 村社 稻荷神社 祭神 稻倉魂命 建物本社間口一間奥行二間 拝殿間口三間奥行二間 氏子十二戸
本社勸請年月不詳 社域五百二十六坪字鐙に鎭す
稲荷
稲荷神社
[いなり神社]
栃木県栃木市藤岡町西前原481
祭神:倉稲魂命
旧地名:下都賀郡藤岡町大字西前原字鐙 部屋村
創建不詳。
例祭:11月第四日曜日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 稲荷大明神 前原鐙 新田 鐙は堤防の意,鐙新田はもと部屋村
稲荷
稲荷神社
[いなり神社]
栃木県栃木市藤岡町西前原90
祭神:倉稲魂命
旧地名:下都賀郡藤岡町大字西前原 部屋村
創建不詳。
例祭:11月第四日曜日
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 四巻-49丁
下都賀郡部屋村大字都賀鎭座 村社 稻荷神社 祭神 倉稲魂命 建物本社二尺四方 拝殿間口三間奥行二間 雨覆間口一間奥行九尺 氏子十八戸
本社創立不詳 社域百六坪字西に在り
八幡宮
八幡神社
[はちまん神社]
栃木県栃木市藤岡町石川481
祭神:譽田別命
旧地名:下都賀郡藤岡町大字石川新田 部屋村
創建不詳。享保二年1717に古河の土井利厚が領地視察の際,源義家を祀ることを命じる。八幡宮と称した。
例祭:11月23日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 八幡宮 石川 正福寺
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 四巻-49丁
下都賀郡部屋村大字石川新田鎭座 村社 八幡宮 祭神 譽田別命 建物本社一間四方 拝殿間口四間奥行二間 末社一社 氏子五十三戸
本社創建年月不祥 社域六十七坪を有し字天沼に在り
八幡宮
八幡神社
[はちまん神社]
栃木県栃木市藤岡町部屋1217
祭神:譽田別命
境内社:二荒山神社
旧地名:下都賀郡藤岡町大字部屋 部屋村
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例祭:11月15日 祭典の前に納幣祭
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 宇佐八幡宮 部屋 法蓮院
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 四巻-49丁
下都賀郡部屋村大字部屋鎭座 村社 八幡宮 祭神 譽田別命 建物本社間口五尺奥行四尺 拝殿間口四間四尺奥行二間 末社一社 氏子二百六十五戸
本社は慶長年中1596~1615の創立にして豊前の宇佐八幡宮を奉遷し勸請すと云々 社域七百七十八坪にして字宮沖に在り
神倉神社
神倉神社
[かんのくら神社]
栃木県栃木市藤岡町蛭沼1596
祭神:水速女命 配神:倉稲魂命・伊弉諾命・大日靈貴命・十二社神・大杉神・市杵嶋姫命・菅原道真公・竜神
境内社:愛宕神社
旧地名:下都賀郡藤岡町大字蛭沼 部屋村
神護景雲元年767創建の古社。熊野権現中ノ嶽より龍造大権現・国津観世音・八蛇姫像を勧請,水速女命と尊称して崇敬した。「龍造大権現」は『鹿沼聞書・下野神名帳』に「竜蔵大権現」と記録されている。
例祭:旧暦11月15日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 竜蔵大権現 蛭沼 薬王寺
*『下野神社沿革誌』明治三十六年1903 四巻-49丁
下都賀郡部屋大字蛭沼鎭座 村社 神倉神社 祭神 水速女命 建物本社間口九尺奥行二間 拝殿間口三間奥行二間 末社一社 氏子百十六戸
本社創立不詳 社域一千四百八十八坪を有し字神倉に在り