金山

金山神社

[かなやま神社]

栃木県栃木市西方町金井1266

旧地名:上都賀郡・西方村大字金井
祭神:金山彦命
境内社:開水神社
道の駅西方の北西の田園地帯に鎮座。
刀鍛冶の氏神が発祥。西方二十四郷の領主遠江守が武器を製造させる目的で刀工大竹備前守次衛を招聘して御用刀鍛冶に任じた。その大竹が刃物・鉱山の神を邸内に祀ったことに始まり後に金井の守護神となった。
干支が読めないので特定できないが,宝永二年1705か三年の石鳥居。
昭和十二年1937旗杭。同年狛犬。
本殿裏手に多数の石塔。寛政十二年1800,万延元年1860庚申塔,嘉永五年1852十九夜,天保十四年1843仏塔など。
旗竿の脇の石宮左右は僧侶の墓標か。
境内左手に境内社の開水神社。
例祭:10月19日
昭和十二年1937狛犬
  宝永二年1705か三年
  本殿裏
  寛政十二年1800
天保十四年1843 開水神社
旗竿
境内脇の用水
豊年神社

豊年神社

[ほうねん神社]

栃木県栃木市西方町金井277-1

旧地名:上都賀郡・西方村大字金井
祭神:稲田姫命
思川と東武日光線にはさまれた例幣使街道沿いに鎭座。創建等不詳。
拝殿左手に文化十年1813癸酉三月建立の「觀音經誦讀碑」,下野國都賀郡に始まる長文が細字でびっしり刻んである。
例祭:10月3日

本殿 旧鳥居 旧鳥居
觀音經誦讀碑
右端に横山内[記]の字
琴平神社

琴平神社

[ことひら神社]

栃木県栃木市西方町金井1762-3

旧地名:上都賀郡・西方村大字金井
祭神:大物主命
思川と東武日光線にはさまれた例幣使街道沿いに鎭座。
和久井氏子一同奉納の平成十一年1999石鳥居。
拝殿内の記念額に「和久井鎭座・琴平神社拝殿新築・大正十五稔1926」,「琴平神社新築・平成十七年2005・氏子和久井一同」,昭和二十四年1949「琴平神社社木伐採修築記念」など。
「天保十?1839九月吉日」の石燈籠の亠に犬は亥のつもりだろうか?
左手に万延元年1860庚申塔,昭和十二年1937勝善神,文化十四丁丑年1817白雲山。
例祭:月日
新築の記録
左は読めないが連歌?   亠に犬?
白雲山など   例幣使街道
菅原神社

菅原神社

[平成に消滅]

栃木県栃木市西方町金井323

上記琴平神社のすぐ南,例幣使街道沿いに鎮座するはずだが発見できない。建治三年1277の鉄造薬師如来を収めたお堂があるというので歩いて向かってみると,東武日光線手前に石鳥居と石宮。しかし『栃木県神社誌』平成18年版掲載の写真とは異なる。この「明治二十五年1892九月吉日奉納氏子中」と刻まれた石宮はおたずねするも社号不明。個人の神社でもないらしい。
線路を越えるとすぐ右手に薬師如来座像のお堂がある。残念ながら中は見えない。
ここからまた徒歩で例幣使街道に戻る途中で,農作業中の方に菅原神社のありかをおたずねする。しばらくお話するうちに,100年くらいの梅の木があるはずなんですが,と話しを向けると,ああ,と思い出してくれました。
場所は薬師堂から例幣使街道に突き当たって右に折れてすぐ。すでに神社は消滅。木の花ホームの看板が立っている更地に鎭座した。おとなりの方にも確認した。
『栃木県神社誌』昭和39年版の記録を残しておく。
「桜町天皇の延享三年1746五月信徒相謀って菅公の神霊を祀って社殿を建てたと伝えられる。祭神菅原道真公。本殿木造トタン葺,間口一間,奥行一・五間一・五坪。鳥居一基石造。燈籠石造一基。境内地一九四・六坪。宮司金子伊予。役員船田喜一郎,早乙女力,佐藤睦郎。氏子八戸」
平成18年版では氏子四戸と変わっている。氏子の方も金井にお住いではなくなり手が行き届かなくなったため兼任であった近津神社の宮司さんにお願いして社を閉じた。
菅原神社があった 例幣使街道から 元境内から見た薬師堂標識
東武線が見える
重要文化財鐡造薬師如来坐像 鐡造薬師如来
昭和39年1964 例幣使街道沿い薬師堂標識
愛宕神社

愛宕神社

[あたご神社]

栃木県栃木市西方町金崎377

旧地名:上都賀郡・西方村大字金崎
祭神:火産霊命 境内社:羽黒山神社
慶長十八年1613創建。領主藤田能登守が鮎田播磨之助に新田開発を命じ,また,金崎宿乾の守護神として愛宕大權現を勧請。『栃木県神社誌』平成18年版には別当「千年院」とあり,『鹿沼聞書』には「千手院」で植字されている。金崎駅の北,稲荷神社の先に愛宕山千手院があるので「千手院」の可能性が高い。
昭和59年1984に西方村教育委員会・文化財保護委員会が建てた由緒看板には慶長十二年1607に鮎田某に命じて建立とある。
千手院の北250m,東武日光線をはさんで左手,上組集落センターのとなりに鎮座。
延享四丁卯天1747九月吉日奉納の石鳥居。明治四年1871狛犬,同年石燈籠。
境内左手に嘉永三年1850勝善神,明治三十九年1906軍馬紀年碑,大正九年1920庚申塔,昭和の馬力神十基,馬頭観世音が並んでいる。
  清酒姿で有名な西方町元の飯沼銘醸社長が拝殿額を奉納している。
境内社の羽黒山神社には朱色の鳥居,昭和35年1960旗杭。石宮は昭和十七年1942建立。
社殿入口の公民館前に大正八年1919旗杭,背の高い石柱には「従是北宇都宮領」,年代は見えない。
例祭:10月24日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
都賀郡 正一位 愛宕大權現 金崎 千手院
由緒
本殿
盛土になっている
延享四丁卯天1747
愛宕山
境内左手
羽黒山神社
公民館
従是北宇都宮領 境内脇を東武日光線
稲荷神社

一の通り稲荷神社

[いなり神社]

栃木県栃木市西方町金崎297-1

旧地名:上都賀郡・西方村大字金崎
祭神:倉稲魂命
ビルのとなりにある街中の神社,くわしいことは分からない。
東武日光線金崎駅のすぐ北に鎮座。その北に愛宕山千手院。
千手院は上記愛宕神社で触れたとおり。「千手院」が正しい。元文四年1739真言供養塔など多数の石塔・石像が並んでいる。
例祭:2月初午日
本殿
真言宗西方千手院
お札堂

 

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