保古神社

宇都宮市・下横倉町650
[ほこ神社] 配神[高龗神
主祭神:天御中主命 配神:高龗神[たかおかみのかみ]
日光街道宇都宮動物園の東を流れる田川から東に300mに長屋門の立派なお宅がある。この東隣りの山裾に鎮座。
「安政二歳卯十二月吉日」の明神鳥居。「政」の字が縦に「正+又」の形で刻んである。ほかに境内社の,明治に建てられた3基の鳥居が見える。
「明和九壬辰年九月吉日」1772の石燈籠。
本殿右手に「天明六丙午 雲?」1786の石燈籠。
「文化十一甲戌4月吉日 礒野氏」1814の石燈籠。
「嘉永六歳癸丑」1851の石燈籠。
「明治三十年酉十月吉日 若林氏」の石燈籠などが残されている。
左手の鳥居は推定「明治二十一年戊子十二月」,右手の2基は文字なし。額も読めない。
『栃木県神社誌』では境内社の貴船神社の祭神が「高龗神」 礒野さんのお話では,南の方の現在は田になっているところに貴船神社があった。農地改革で境内も開拓され,消滅する際に礒野さん宅の氏神であった保古神社に合祀された。「ほこ」はもと「鉾」で,縁起のいい「保古」に変わった。貴船の石塔その他一切残っていない。鳥居も誰かが買い取って持っていったとのこと。現在の境内社の鳥居も明治のもので無関係だが,たしかに合祀されているとのこと。
ここに田川の流れをおさめているのは高龗神である。
1848年ころから明治中頃まで,天棚をつくり,天祭を行っていた。
境内社のひとつは倉稲魂命の稲荷神社。
礒野さん宅は室町からの旧家で横倉守を名のり足利氏について京に遠征もした。長屋門は扉のついた本格的なもので,享保2年1717建造。屋根は銅に葺きなおしてあるとのこと。たしかに古い,そろそろ300年になる。
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本殿:権現造石葺
例祭:9月19日

保古神社の鳥居

保古神社


左手の境内社鳥居

右手の境内社鳥居






享保2年の長屋門 この右手裏に鎮座

進行方向突き当たりに鎮座



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