安住神社

[やすずみ神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢2313[字宿]

祭神:神功皇后・表筒男命・中筒男命・底筒男命
境内社:天満宮・生子神社(天御中主尊)八雲神社(素盞嗚命)・星宮神社・琴平神社・バイク神社
合祀:星宮神社・浅間神社・大杉神社・厳島神社
巨大神社なのでkyonsightが付け加えることはあまりない。100年前の『下野神社沿革誌』と異なり,神社側では創建は昌泰二年899としている。境内地も現在は3026坪と3倍になっている。朱色の大鳥居は高さ12m船木の長さ10m。
詳細は[安住神社HP]を。
安住の名から宇都宮市あたりでも家やビルの新築の際に地鎮祭をこの神社に依頼する。また昔から神功皇后の御神徳から子授け安産の神社として知られ,お参りにくる夫婦が跡を絶たない。境内社の生子[うきこ]神社も子授けの神社として名高い。文政元年戊寅1818奉納の石鳥居があったが倒壊して今はない。10年ほど前は生子神社には木彫の御神体が祀られていたがいまは見えない所に祀られている。かわりというわけではないが,以前はなかったと記憶する子授け金精さまと,なかなか笑えるホトさまが神門手前に祀られており,夫婦でお祈りできるようになっている。ズバリ「男根に願いを込めて」と案内板に書かれていてほのぼのと負けそうな気分になる。
バイク神社はページの下の方をご覧ください。
平成以降全体的に整備され雰囲気が変化した神社である。
なお,芳賀町の下高根沢にも「安住神社」があり,そちらもかつての郷社で,巨大な岩がごろごろしていて参道の石敷も見事。静謐で落ち着いた雰囲気が味わえるのでぜひご参拝を。
例祭:10月17日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
塩谷郡 安住大明神 高根沢 新井権久
*『下野神社沿革誌』巻7-18丁(明治三十五年1902)
鹽谷郡北高根澤村大字上高根澤鎭座 村社 安住神社 祭神 表筒男命 中筒男命 底筒男命 神功皇后
建物本社間口九尺奥行二間銅葺 拜殿間口六間奥行三間 末社四社 石燈籠四基 華表二基 井戸舎一棟 氏子二百戸 社掌新井宥藏同村同大字住
本社創立は正嘉元年1257五月にして新井吉明國家鎭護の爲に勸請する所なり 後新井頼母の代寛文元年1661本社拜殿を造營し境内に杉檜の苗を植付る 正徳元年1711新井吉重の代末社四社を造營し寶暦四年1754向戸農戸里正阿久津半之助發願者となり本社拜殿造營す 明和五年1768神輿及ひ祭器等を調整す 抑本社は攝州住吉大神を遷祀せし社にして維新前は正一位安住大明神と稱せしか明治六年1873安住神社と改號し郷社に定められ同十年八月區劃改正と共に村社に列せらる 同十三年八月新井利文發起となり拜殿及ひ樓郭を造營す 社域一千十五坪平坦の地にして古樹森々として晝尚暗く幽邃にして雅致あり 祭日六月八九日/十月十七日には神輿渡御の式盛んにして頗る雑踏を極む
拝殿 那須烏山の島崎酒蔵奉納
朱鳥居方向
生子神社入口 生子[うきこ]神社 天満宮
享和三年1803石燈籠など 天満宮に大正八年1919狛犬 「育」の字つき
子宝[こだから]神社
作法 じょうぶな子が生れてきそうだ
子宝神社入口 手水舎 神門
金運につながるかも
緊迫狛犬解説 由緒書き
本来の一の鳥居 大鏡餅芝桜16/4/18撮影

「バイク神社」は朱色鳥居をくぐって右手の,お札や絵馬の販売所=御神札所の裏手に鎮座する。複数で同時に参拝できるように石宮がふたつ並んでいる。本殿にあがらなくても,こちらでお参りし,お祓いを受けられるようになっている。
本殿の神さまのうちの中筒男命[なかつつのおのみこと]を御祭神として,バイク・クルマの交通安全を祈願する。神主さんと巫女さんがバイクのお祓いをしてくれる。ご祈祷料をちゃんとおさめるとアイドル並の巫女さんと記念撮影ができるかも。巫女さんと一緒に愛車と撮影した写真が絵馬のかわりに多数,まあ千枚以上は貼ってある。高根沢にはHONDAがあるので,社員もたくさんお参りに来る。バイク神社を創立したおかげで自動車関係の広告料もごっそり入るようになっていて,HONDAはもとよりBMWのポスターまで鳥居脇の塀に貼られている。
なおすぐ裏手にある石燈籠は寛延四年1751の貴重品。
石宮二基
記念写真多数
お祓い風景 寛延四年1751石燈籠
石宮販売も 通常の絵馬 クルマ関係の広告
鳥居下 クルマ関係の広告多数
大正十四年1925旗杭 2007年撮影 2007年には鳥居があった
金井神社

金井神社

[かない神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢4796-1

祭神:金山彦命・天目一箇命あまのめひとつのみこと 合祀:神明宮・稲荷神社・羽黒神社・加茂神社
御料牧場北東の田園地帯に鎮座。
「天目一箇神」は『日本書紀』第九段に登場する作金者かなだくみすなわち鍛治職で製鉄の神。溶鉱炉の火を見続けるため片目になってしまうことから名付けられた。[あめのまひとつめ]とも呼ばれたが現在の読みは[あまのめひとつ]が有力。金山彦は『日本書紀』第五段一書第四に出てくる鉱山の神。伊弉冉尊が火の軻遇突智を生むときに熱に苦しみ嘔吐した吐瀉物が製鉄の際の溶岩に似ていることから命名。
由緒不詳ながら天正年間1573-1592創建説が伝わる。明治四十三年1910に4社を合祀。
例祭:10月18日
拝殿内
 
平成22年手水舎
旧鳥居
本殿 流造トタン葺
大正十年1921改築記念
金井神社鎭座 平成19年旗杭 東から
大杉神社

大杉神社

[おおすぎ神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢177

安住神社の東南,五行川の西,158号線沿いに鎮座。西と南隣りは芳賀町。境内に石沼公民館。
覆屋内には神輿が納められている。黒くは何も見つからないので,詳細は不明。
額に「大杉大明神」とあり,江戸時代には鎮座していたと思われる。額の左に板書が三枚,右に二枚あり,一枚は「大杉神社」,左端が「鳥居建設・昭和26年1951」,ほかは読めない。
文久二年1862庚申塔。推読安政四年1857二十三夜塔。明治三十二年1899勝善神。馬頭観世音など。
よく見えない 内部に額と板書 石塔
石沼公民館
神明宮

神明宮

[しんめいぐう]

栃木県塩谷郡高根沢町栗ヶ島603[中ノ町]

祭神:大日孁貴命 配神:日本武命(旧白鳥神社祭神) 境内社:天満宮・稲荷神社 合祀:白鳥神社・八雲神社・琴平神社・浅間神社
元禄十四年1701十二月六日の創建。江戸期には天照皇大神と称した。明治四十五年1912一月31日に粟ケ島字白鳥の白鳥神社を合祀。
大正十四年1925改築,翌十五年竣工。平成4年1992境内社改築,平成7年1995拝殿・幣殿改築。
天満宮左手に「奉納太々神楽」記念碑,改築までの由緒を刻んだ大正十五年1926「改築記念」碑。
例祭:11月3日
*『鹿沼聞書・下野神名帳』1800年頃
塩谷郡  天照皇大神 粟ヶ島 地蔵院
*『下野神社沿革誌』明治三十五年1902刊 7巻20丁
鹽谷郡北高根澤村大字栗ヶ島鎭座 村社 神明宮 祭神 大日靈貴命 建物本社間口二間奥行一間四尺 拜殿間口二間半奥行一間四尺 末社一社 氏子四十三戸 本社創立不詳 社域四百廿七坪字中の町に在り
拝殿
天満宮 平成8年石鳥居
菅原道真公
公民館兼社務所
琴平神社

琴平神社

[ことひら神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢365-2[回谷]

安住神社の真東700m,個人のお宅の裏庭にあり氏神さまの雰囲気。近づくと石鳥居がある。
神社左手の朱色の社には「愛宕神社」と「太郎稲荷大明神」の神札。
神社右手の覆屋に石仏三体,台座に「向戸坪」となんとか石か辰。その右に馬力神,勝善神など三基。
琴平神社額
中央:勝善神 向戸坪の文字
愛宕,稲荷が読める 分かりにくいが
加茂神社

加茂神社

[かも神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢4001[字関口]

朱色の鳥居。鳥居の咲乃拝殿の位置にあるのは社務所または神庫で,その裏に2社鎮座する。右が加茂神社,左が金毘羅神社。加茂神社は中が見えない。
金毘羅神社の壁に大正十三年1924旗杭奉納の紀念板書。推読明治二十四年1891と明治四十二年1909の寄附人名板書。
西根東組氏子一同奉納の大正十三年甲子1924旗杭。
加茂神社額
二社並んでいる 右が加茂神社
金毘羅神社 読めない 大正十三年1924板書
明治四十二年1909
琴平神社額
大正十三年甲子 鳥居が見える 旗杭
稲荷神社

稲荷神社

[いなり神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢3983-27

金井神社の西800mの水田地帯に朱塗の両部鳥居。脇を流れる野元川は少し南で五行川に合流する。1キロ西に御料牧場。
石鳥居は二基あったが,大震災で一基は崩壊,もう一基は柱と笠木半分だけが残っている。
社号を示すものは何もない。付近のお宅を三軒回っておたずねするも判明せず。水田で作業中の方に聞いてみると,おいなりさんとのこと。鳥居の南に宇津救命丸の広大な森が広がっている。このあたりの田畑はもともと宇津救命丸の所有になるもので当社は宇津家の氏神さまである。どうりで鳥居三基を備えた神社であるにもかかわらず,どの資料にも載っていないわけだ。小生も氏神は紹介しないできたのだが,ここに限っては不思議に思われる方がいらっしゃるだろうから簡単にご案内を。
文化十五戊寅年1818石燈籠。天保三戊辰年1832の石燈籠には奉納者「宇津氏廣女」と刻まれている。ちなみに宇津氏は400年以上前から上高根沢に住んでいる。
鬼怒川より東に位置する高根沢は大震災の被害がひどかった。多数の社で石鳥居・石燈籠が倒壊してしまった。当社も2017年7月現在ご覧の通り。本殿脇には鳥居燈籠の残骸が積まれている。
なお宇津救命丸高根沢工場の前にある大きなお堂は薬師堂である。その少し東にある朱色の鳥居は上記の加茂神社。
両部鳥居
額があった 本殿
小さな狐 鳥居方向
石燈籠は二対あった
石燈籠三基
文化十五年1818 宇津氏廣女
石鳥居は二基あった 一本足になってしまった
鳥居残骸 石祠一基
本殿裏
宇津救命丸の森 脇に野元川
?神社

上高根沢の神社

[?神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢1912-2

金井神社と安住神社の中間,156号線沿いに鎮座。社号を示すものは何もない。かつては石燈籠が一対あった。
本殿左手の覆屋に石仏二体。
本殿 石燈籠
二基 南に田園
森があった
龍神社

龍神社

[りゅう神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢4860

金井神社のすぐ北,156号線沿い左手の小さな森に鎮座。 平成元年1989奉納の石鳥居。入口の句碑も平成元年。 社号を示すものは何もないが,「南無妙法蓮華経龍神鎮座護」と書かれた木札がみえる。鬼子母神の文字も。
南となりのお宅に「氏神」額の石鳥居と社があり,向かいの丸土地物産にも立派な社殿が見える。すぐ北の金井公民館向かいに石祠二基と萬延元年1860庚申塔。石祠に「龍神之大神御神璽」「▢松之大神御神璽」。このあたりでは少なくとも二か所で龍神を祀っている。
 
  龍神の文字
南から
道路から句碑が見える 鳥居は見えにくい
南隣りのお宅の氏神 丸栃物産の社 田の先に石祠
左手に公民館 龍神の文字
?神社

上高根沢の神社

[?神社]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢4032

野元川沿いの土手に鎮座。石祠側面に「大正十二年1923十月三十一日建立・宇津氏」とある。上記稲荷神社に記載した宇津救命丸の宇津氏である。工場のちょうど真東に鎮座。稲荷かもしれない。
「萬延元歳庚申1860青面金剛供養塔」。左端の青面金剛は道標になっていて,「右ハいたどみち」「左ハ▢う▢宿道」とある。もともとここにあったかは不明,整備して集められた可能性が高いが近いところにあった。
左から二番目の六つ手のお顔はもともとこうだった?
「高根澤西根東坪中」「慶応元年1865十九夜塔」などが読める。
石宮と五基 大正十二年・宇津氏 宇津救命丸の森
周囲は水田
青面金剛 道標
浦賀読めない 西根東坪中 慶応元年と萬延元歳
このお顔は? 読みにくい
野元川 野元川すぐ北に稲荷
『神社明細帳』(昭和十七年1942)には上高根沢字台ノ原に天日神社,字神原に厳島神社が記録されている。
おだきさん

おだきさん

[おだきさん]

栃木県塩谷郡高根沢町上高根沢1146

安住神社を右に見て64号線を東進し図書館を越えてコンビニ向かいに小さな森がある。道路からは何も見えないが近づくと鳥居がある。背の高い土台のある大きめの石祠が一基,地べたに四基,古いものではない。扉を開けてみたが何もなかった。見目家の水に因む祠堂と書かれている。
「うだきさん」については看板を。
  平成十四年2002建立
高根沢町指定文化財 おだきさん伝説
計五基
水は澄んでいる 広大な田園地帯

 

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